レーシングカーよりも運転が難しかった!
過激なタイトルだが、乗ってアクセルをひと吹かしした瞬間にそう思わざるを得ないほど過激な性能を発揮するクルマも多く存在する。
レーシングドライバーである僕が経験したなかで「これは!」と絶句したのは、まずは「ジオット キャスピタ」だ。レース界では有名なレーシングカーコンストラクターである「童夢」が服飾メーカー「ワコール」社との共同企画で開発と製作をした国産スーパーカーだ。
シャシー構造もカーボンモノコックを駆使し、レーシングカーとしても通用しそうなほどの設計が施されていた。なにより搭載エンジンが凄い。企画ではスバルとイタリアのモトーリモデルニ社が開発するF1用3.5リッター水平対向12気筒エンジンを搭載するとされた。
しかしエンジンの開発が遅れ、試作車に搭載されていたのは当時F1界でF1チーム用に市販され実際に使用されていた英国・ジャッド社製のF1用3.5リッターV型10気筒エンジンだったのだ。とくに一般道走行用にデチューンされたわけではなく、レース仕様のものが、ほぼそのまま搭載されていた。そのためエンジンの始動もドライバー一人では不可能で、メカニックが始動させる。
F1レースでは12000回転を常用域としていてアイドリングは4000回転。止まっていたらみるみるオーバーヒートしてしまう。トランスミッションもF1レース用そのものの6速で、重いクラッチを操作する。問題はローギア(1速)でも4000回転でエンストしないように5000回転を超えてドライブすると速度は60km/h以上となり、一般道では速度違反になってしまう。

結局量産されることはなく、ナンバーを所得したのはこの試験車1台だったと思うが、童夢とワコール社の奇想天外な企画力が生み出したモンスターカーだった。
ジオット キャスピタは極端な例だが、もっと身近にもレーシングドライバーをも震え上がらせる走行性能を発揮してしまうクルマはたくさんある。
初心者が乗ったら「とんでもないことになる」クルマも!?
最初に恐怖に近いパフォーマンスを体感したのはポルシェ911ターボの997型だ。PDK(ポルシェ・ドッペル・クップリング)を搭載し、電子制御のローンチスタートシステムを搭載していた。ローンチコントロールを装備するモデルはいくつかあったが、使用するとコンピューターに履歴が残り補償の対象外になってしまうなど「お飾り」的な装備であるケースがほとんどだったが、997ターボでは何度でも、いつでも、必要に応じてご自由にご使用下さい、という安定動作が特徴だった。そこで試乗車で試してみたのだ。
ローンチを作動させてアクセル全開からブレーキを解除。すると4輪駆動の強烈なGで身体がシートバックにめり込むほどの加速が発揮された。身体が後方にのけ反り思わずステアリングから手が離れそうになるほど。ローンチを使用するときはレースのスタート時と同等の用心と心構えが必要だと思った。

テスラ・モデルSが国内に登場した時はさらに強烈だった。ローンチコントロールなどを作動させる必要もない。ただアクセルを踏みつければ、誰でも簡単に0-100km/h発進加速3秒以下の加速Gを引き出せる。こんな獰猛な動力性能を街中に放っていいのかと不安さえ覚えた。数々のレーシングカーを乗りこなしてきた僕でさえそう思うのだ。免許取り立てのユーザーが試したらとんでもないことになるのではないかと心配した。

ポルシェ911ターボもテスラ・モデルSもシャシー性能が素晴らしく直進安定性が高次元で確保されていたのでアクセルを放せばただちに通常走行状態に戻ることができる。すなわち安全の確保には操縦するドライバーの理性が何より問われることになる。
今や500馬力オーバーは当たり前。1000馬力で最高速400km/hなんてモンスターカーも登場している。それらを操るには正しく恐れて理性を最大限に働かせなければならないだろう。遵法精神論だけではなく、しっかりとした理性コントロールの教育が必要だ。
速度無制限のアウトバーンがあるドイツ。メルセデスAMG社などは通常標準装備されている250km/hで作動する速度リミッターを解除するために「AMGドライビングアカデミー」の受講を義務化している。受講して高速走行の体験とリスクマネージメントを学び、理性を正す講義を受ける。その修了証がないとリミッター解除できないのだ。日本でもメーカーだけでなく政府機関もそうしたドライバー教育を行わないと、無制限に高まるクルマの高性能化に対し、ユーザーの理性コントロールが追いつかなくなっていると危惧している。