プロ野球・福岡ソフトバンクホークス(以下、SB)は今年1月、本拠地のみずほペイペイドーム福岡にあるコカ・コーラシートに、2025年シーズンから防球ネットを設置すると発表した。
同シートは1塁側、3塁側のファウルゾーンにせり出す形で設置されており、球団HPでは「グラウンドと同じ高さで、選手に一番近いシート」「他では体験できない野手と同じ気分で一球一球に集中できる観戦エリア」と説明している。

昨年4月2日の千葉ロッテマリーンズ戦では、9回表にSBの柳田悠岐外野手が、1塁側に飛んだ打球をコカ・コーラシートのフェンスを飛び越えキャッチ。2-0と僅差の試合であっただけに、勝利に貢献するプレーとなった。
このようにグラウンドや選手との近さから、好プレーや珍プレーを引き出す‟現場”でもあったコカ・コーラシートだが、選手側から防球ネットの設置を求める声があがっていたという。
複数のスポーツメディアによると、昨シーズン首位打者と最高出塁率を獲得したSBの近藤健介外野手は契約更改後の会見で「臨場感がなくなるかもしれないですが、安全面も考えてほしい」「選手も不安なくやりたい」とコメント。同じくSBの緒方理貢外野手も、契約更改の場で球団側にネット設置を提案したことを明かしていた。
SB側は防球ネットを設置した理由について、こうした選手側の要望を踏まえつつ、観客の安全と、選手が全力でプレーできる環境づくりを目指した結果と説明している。

東京ドームなど、現在もネットなしの“砂かぶり席”運用

しかし、プロ野球界全体を見渡すと、グラウンドに近く、ネットのない“砂かぶり席”を運用している球場はほかにもあり、たとえば、読売ジャイアンツの本拠地である東京ドームでは、「エキサイティングシート」という名称で、ネットのない席を設置。
オリックス・バファローズの本拠地・京セラドーム大阪などにも同様の席があり、観客の安全への配慮と、臨場感のバランスをどこまで取るのかは、各球団・球場で判断が分かれているようだ。

「選手や打球」と「観客」が衝突したときの、責任の所在とは?

では、もしプロ野球の試合中、選手や打球と観客が衝突してしまった場合、誰が責任を負うのだろうか。野球観戦が趣味だという海嶋文章弁護士に話を聞いた。
「打球や折れたバット、捕球しようとした選手が、観客と接触してしまった際の責任の所在を判断する場合、誰にどのような落ち度があったのかが問題になります。
打球や折れたバットがどこに飛んでいくのかを、選手が予見することは難しく、また、通常のプレーの過程で選手が観客と接触したとしても、選手の落ち度は認められないケースが多いと思います。
そのため、責任の所在が具体的に問題となるのは、選手が所属している球団や、球場を管理している管理者でしょう」(海嶋弁護士)
実際、過去にはファウルボールが観客に接触し、観客側が球団や球場管理者に対し損害賠償を求め、裁判で争われた事例が複数ある。
被害者への損害賠償が認められるかは事案によって異なるが、認められた事例で有名なのは、当時日本ハムファイターズの本拠地だった札幌ドームでファウルボールが観客女性に直撃し、失明したケースだ。

この裁判では球団側が、被害女性へ約3357万円の損害賠償を支払うよう命じられている( 札幌高裁 平成28年5月20日判決 )。
「札幌ドームの事件の裁判では、球場の設備が『通常有するべき安全性は備えていた』と判断され、球場管理者の責任は認められませんでした。
しかし、球団については、観客への注意喚起を行うなどの安全対策が不十分であったとして責任が認められています」(同前)

「ヘルメット着用」などの対策、法的な評価は…?

先述したエキサイティングシートなどの“砂かぶり席”では、臨場感を重視する一方で、ヘルメットの着用を義務付けたり、未就学児の観戦を制限したりするなどの対策が講じられている。
こうした球団・球場側の安全対策について、海嶋弁護士は次のように評価する。
「球団・球場側が、ヘルメットの備え付けや着用の呼びかけ、未就学児の観戦を不可にするなどの対策を採っていた場合、仮に事故が起こったとしても、『球場が通常有するべき安全性を備えている』『必要な安全配慮義務を尽くした』と判断される事情になり得るでしょう。
もっとも、ネットが存在しない“砂かぶり席”の場合、通常の席よりも相対的に危険性が高いため、より高度の注意喚起が求められるものと考えられますから、上記の対応では不十分と判断される可能性もあり得ます」
また、これらの対策を万が一観客が無視し、その上で事故が起こってしまった場合の責任については以下のように解説した。
「そのような場合、観客側にも落ち度があったとして、過失相殺が認められるか、そもそも観客が自ら危険を引き受けたものとして、球団や球場管理者の責任が否定される可能性があります」(海嶋弁護士)

「どの程度の危険が存在するのか周知徹底を」

安全への配慮はもちろん重要だが、他方でプロ野球の白熱した試合を“最前線”で観戦したいというニーズがあるのも確かだ。
X(旧Twittter)上でも、先述したコカ・コーラシートの防球ネット設置を巡って「安全面を考えたら確かに仕方がない」といった声がある一方、「臨場感があって面白かった」「危険承知で迫力を楽しむ席なのに」とネットのないシートを惜しむ声も見受けられた。
では、球団・球場側はプロ野球観戦の醍醐味(だいごみ)の一つである臨場感と、安全対策のバランスをどう取っていくべきなのだろうか。
海嶋弁護士は「球団・球場側が、観客のニーズにあわせて多様な観戦シートを設置しており、一律での判断はできない」と指摘しつつ、こう述べる。
「前述の裁判でも、野球観戦において臨場感を求める観客が存在することが前提となりました。
そのうえで、臨場感という観点を『通常有するべき安全性』を備えているかを判断するうえでの考慮要素とし、また、観客がどの程度の危険を受け入れていたかも、考慮要素にされました。
ですから、球団・球場側には観戦シートごとに、臨場感を得られるかわりにどの程度の危険が存在するのかを周知徹底し、顧客が観戦シートを選択できる状況を用意しておくことが求められます」
一方、SBの広報担当者に取材したところ、今後の観戦体験について、次のようにコメントした。

「これまで、コカ・コーラシートで観戦されたお客さまには、ホークス勝利時のヒーローインタビュー選手による勝利のハイタッチが大変好評でした。
この勝利のハイタッチを継続できるよう、防球ネットは可動式とする方針で確定しています」
今年のプロ野球は3月28日に開幕。現地で観戦する際には各球団・球場の注意項目や観戦ルールに目を通し、打球の行方に注意しつつ楽しみたい。


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