今秋、東北地方を中心に、住民に不安をもたらしたクマの大量出没。秋田県では、県知事の要請を受けて自衛隊も出動し、秋田市に駐屯する陸上自衛隊第21普通科連隊が11月5日から同30日までの約1か月間、活動にあたった。

同連隊が行った「民生支援」とは、どのような活動なのか。クマによる人的被害を収束させるうえでどのような役割を果たしたのか。関係者らに取材した。(ライター・榎園哲哉)

秋田県内の出没1万3000件を超える

環境省は12月5日、今年4~11月のクマによる被害者数が全国で230人に上ったと発表した。4~10月のツキノワグマの出没件数3万6814件とともに、過去最多となっている。
都道府県別の被害者数は、東北地方が多く、特に秋田県は66人と最多。岩手県38名、福島県24人と続く。
秋田県自然保護課の担当者は、「被害者数は2023年度が62件70人で過去最多だが、今年度(66人)はそれに次ぐ人数となっている。被害件数は年によって変動があるが、今年は多い状況だ」と話す。
同県が運用する「クマダス(ツキノワグマ等情報マップシステム)」による出没(目撃)の確認件数も、今年は1万3168件(11月30日時点)に上っているという。
こうした深刻な状況を受け、鈴木健太秋田県知事は10月28日、東京・市ヶ谷の防衛省を訪れ、小泉進次郎防衛大臣に緊急支援を要望した。
これを受け、秋田県と北東北3県(青森、岩手、秋田各県)を管轄する陸上自衛隊第9師団(司令部・青森市)との間で、クマ被害防止の活動を支援するための「協力協定書」が締結された。

自衛隊の「民生支援」の一環として作業担う

陸上幕僚監部(東京・市ヶ谷)の広報室担当者によると、第9師団隷下の第21普通科連隊が担った業務は、「民生支援」と呼ばれる活動だ。
自衛隊は、国防のために行う「防衛出動」を「主たる任務」とし、警察機関のみで対処困難な場合に行う「治安出動」や、2024年1月に起きた石川・能登半島地震でも行った「災害派遣」などを「従たる任務」とする。
これら二つの任務を合わせて、「本来任務」と呼ぶ。
一方、「本来任務」とは別に、「付随的な業務」も担っている。地方自治体や関係機関などからの要請に基づいて各種協力を行う「民生支援」と呼ばれる活動などがこれにあたる。
同活動は、沖縄県を中心に全国で行われる「不発弾などの処理」や、地域との交流のために基地・駐屯地を解放する「地元との交流」など幅広い。「運動競技会に対する協力」もそのうちの一つで、2021年の東京オリンピックでは、国旗掲揚などを担った。
今回のクマ被害防止の支援は、この「民生支援」の一環として自衛隊法100条(※)の「土木工事等の受託」の枠組みで実施された。
※防衛大臣は、自衛隊の訓練の目的に適合する場合には、国、地方自治体その他政令で定めるものの土木工事、通信工事その他政令で定める事業の施行の委託を受け、及びこれを実施することができる。

県内ほぼ半数の市町村で延べ924人が活動

今回の「民生支援」で派遣された第21普通科連隊が担った業務は、①箱わなの運搬、②箱わなの設置・見回りに伴う猟友会等の輸送、③駆除(殺処分)後のクマを運搬・埋設のための掘開(くっかい)、④情報収集、の四つだ。
活動に際しては入念な準備が行われた。
陸幕広報室担当者によると、個人の装備としては、鉄帽、防弾チョッキ(背面にプレート入り)、ゴーグル、クマスプレーなど。部隊の装備としては、防護盾、ネットランチャー、さらに陸上自衛隊が体育・訓練として行う銃剣道で用いる木銃(長さ166センチの打突具)を携行した。
「自治体の職員、猟友会等との意思疎通を重視し、安全に関する教育や箱わな運搬等の事前訓練を実施して準備の万全を図った」(同担当者)
11月5日~30日の約1か月間で、第21普通科連隊が活動した自治体数は秋田市、鹿角市、大館市など12市町村に及ぶ。活動した隊員数は延べ924人。
活動実績は、①箱わなの運搬141基、②駆除後のクマの運搬9頭、③埋没のための掘開1回、となった。
陸幕広報室担当者は、「部隊と自治体、猟友会が緊密に連携しつつ、安全に活動することができた」と振り返る。
また、第21普通科連隊長の清田裕幸1等陸佐は、部隊としての初めての活動を終え、「県民の皆様の安全、安心に寄与でき、加えて、従事した隊員が被害を受けることなく任務を完遂できた。このたびの活動が県民の皆様が秋田駐屯地、第21普通科連隊の活動に理解を深めていただける機会となれば、この上ない喜びです」と語った。

「目撃件数はかなり減ってきている」

秋田県の鈴木知事は、自衛隊の活動に対し県HPに談話を掲載し、謝意を示した。
この中で知事は、「国防という重要な任務がある中で、県民のクマ被害防止のため、特殊な業務に多大なるご尽力をいただいた自衛隊の皆様をはじめ、関係各位に心から感謝申し上げます」と述べた。
さらに、「自衛隊組織における皆様の確かな調整力と実行力により、不足していたマンパワーを的確に補っていただき、効果的な活動に貢献していただいたことは、誠に心強い支えとなりました」とつづっている。
自衛隊の緊急的な支援活動、さらに冬季の到来によって、秋田県内でのクマの出没、人的被害は落ち着きつつあるようだ。
環境省HPによると、一般的にクマは11月下旬から12月にかけて冬眠に入り、3月から5月頃に活動を始めるとされる。
鈴木県知事は、YouTubeでもメッセージを発信。「例年12月以降は人身被害は発生していません。県内での目撃件数もかなり減ってきています。
ぜひ安心して秋田にお越しください」と呼び掛けている。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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