自身の学歴詐称問題に関連し、有印私文書偽造罪、地方自治法違反などの罪で在宅起訴された静岡県伊東市の田久保真紀前市長が、静岡地裁に「公判前整理手続」を請求したことが明らかになっている。
関係者によれば、田久保前市長は検察側の主張や証拠を把握する目的で、起訴直後にこの手続きを請求したとされる。
一部で「往生際悪い」「時間稼ぎではないか」との声も上がっているが、弁護人は「認められれば証拠を幅広く見た上で対応を進められる」と話している。
そもそも、この公判前整理手続とは、どのような制度なのか。また、被告人側がこれを請求する背景にはどのような事情があるのか。刑事弁護の専門家で、刑事訴訟法に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

公判前整理手続とは何か

公判前整理手続は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認められるときに、最初の公判期日の前に、裁判官、検察官、弁護人が参加して行われる(刑事訴訟法316条の2)。
事件の争点を明確にしたうえで、争点を立証するために必要な証拠は何か、それをどのように調べるかなどを検討し、判決までのスケジュールを立てる。
具体的には、おおむね以下のような流れで進行する。
1. 検察官が、立証予定の証拠を弁護側に開示する
2. 弁護側は証拠を検討し、必要に応じて追加の証拠開示を求める
3. 検察官と弁護人がそれぞれの主張を明らかにし、事件の争点を整理する
4. 争点に関連する証拠を絞り込み、公判での取り調べ方法を決定する
5. 公判の日程など審理計画を立てる

これにより、短い期間で争点に集中した充実した審理が可能になるとされている。

被告人側の最大のメリットは「証拠開示」

岡本弁護士は、被告人側にとって、公判前整理手続の最大のメリットは、検察官側に証拠の開示を求めることができる点だと指摘する。
岡本弁護士:「検察官は、被告人の有罪を立証するために用いる証拠しか裁判所に提出しようとしません。
被告人に対して有利な証拠を検察官が有していたとしても、検察官から開示を受けた弁護人側から証拠請求をしなければ、そのような有利な証拠が裁判で用いられることはないのです。
任意で検察官に証拠開示を求めることも可能ですが、あくまで任意の手続にとどまります。
公判前整理手続に付されることで、弁護人側は裁判所に対し、検察官に証拠を開示するよう命じることを求めることができるようになるのです」

「時間稼ぎ」との批判は失当

田久保前市長の請求に対し、一部で「時間稼ぎ」といった批判も散見される。しかし、このような指摘について、岡本弁護士は「失当」と断言する。
岡本弁護士:「公訴事実を否認する場合、弁護活動のため不可欠なのが、検察官が用いる証拠の信用性を判断するにあたり、検察官側の証拠を手広く確認することです。

そもそも、捜査機関が収集した証拠は公的な資源であり、捜査機関に独占されるべきものではありません。本来、公判前整理手続に付されなくても、全面的に証拠は開示されるべきだと考えます。
これまで、被告人に有利な証拠が隠されることによって、冤罪が発生してきたという側面もあります」

被告人は「裁判の長期化」のデメリットを負う

一方で、公判前整理手続が行われることにはデメリットもある。それは、審理期間が長引くという点だ。
岡本弁護士:「実務上の肌感覚としては、公判前整理手続を行わない場合よりも、時間が数か月間は長くかかってしまうという印象です。
実際に、令和6年(2024年)度の司法統計年報(刑事編)では、地方裁判所の第一審の平均審理期間が3.9月であるのに対し、公判前整理手続に付された事件では14.9月となっています。
この数字には裁判員裁判が含まれているので、期間が長くなる傾向があります。しかし、それを差し引いても、相当程度、審理期間は長くなると考えられます」
審理期間が長引くことは、被告人側にとっても、身柄拘束の有無を問わず、大きな不利益になると指摘する。
岡本弁護士:「特に深刻なのは、被告人が勾留されている場合です。
しかし、田久保前市長のように在宅起訴の場合でも、被告人として刑事裁判にかけられ、刑罰を受けるリスクを抱えていること自体が、大きな精神的負担になるはずです。通常は、刑事裁判を一日も早く終わらせたいという気持ちになるのではないでしょうか」

田久保氏の請求は基本的に「認められるべき」

裁判所が事件を公判前整理手続に付することができるのは、刑事訴訟法では「充実した審理を迅速に行うため必要があると認めるとき」である。実務上、この要件をみたすのはどのような場合か。
岡本弁護士:「事案が複雑で関係者が多いほど、公判前整理手続に付される可能性が高まりますが、それだけではありません。

被告人や弁護人としては、証拠開示を受けることに大きなメリットがある手続ですから、証拠開示の必要性や、弁護人による弁護活動を充実させるために必要だと認められる場合には、事案が極めて複雑といえる事案でなくても、公判前整理手続に付することが認められているように思います」
では、田久保前市長の事件についてはどうか。岡本弁護士は、「現時点で詳細な事実関係や証拠関係が明らかにされていないので断言はできないが」としつつも、次のように述べる。
岡本弁護士:「一般論として、弁護人や被告人が罪を争う場合、基本的に何らかの争点が必ず発生しています。そして、その争点が重要かどうかは、検察官からの証拠の開示を受けて精査しなければ判断できません。
したがって、弁護人や被告人が公判前整理手続に付す旨を請求したならば、その内容によほど合理性が乏しい場合を除き、基本的には請求を認めるべきだと考えます」
今後、静岡地裁がどのような判断を下すのかが注目される。


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