
静岡県西部を拠点に、鉄道・バスなどの運輸事業からスーパー、百貨店、不動産、自動車販売、介護、旅行など「総合生活産業」として多角的な事業を展開する遠州鉄道株式会社。同社は2025年6月、岩手県盛岡市を拠点とする保険代理店、有限会社マインドファミリーコーポレーションを子会社化した。
従業員を想う福利厚生から始まった保険事業、独自の戦略で全国へ

ー貴社の事業内容、特徴や強みを教えてください。
平野:当社は社名に「鉄道」とありますが、鉄道やバスといった運輸事業から始まった会社です。2023年に創立80周年を迎えましたが、早くから「総合生活産業」を掲げ、静岡県西部、いわゆる遠州地域に根差したサービスを多角的に展開してきました。スーパーや百貨店、自動車販売、旅行、タクシーなど、地域の皆様の暮らしに関わる様々な事業を手掛けているのが特徴です。
その中でウェルネス事業に属する保険代理業は、今年でちょうど50周年を迎えます。その始まりは、従業員への福利厚生でした。1970年代、採用したばかりの若いバスガイドさんが白血病で若くして亡くなるという、大変痛ましい出来事がありました。
当時、会社には従業員ががんになった際に手助けをする手立てがなく、ご家族も大変なご苦労をされたと聞いています。何かできることはないかと考えていた矢先、1974年にアフラックが日本で初めてがん保険の販売を開始したという新聞記事を目にした当時の担当者が、「これだ」と代理店登録に動いたのがきっかけです。
当初は従業員のためのものでしたが、1980年代に入り、当時の経営陣が「この保険は従業員だけでなく、世の中の人のためになるし、事業性も高い」と判断し、本格的に外部へ販売していく方針を打ち出しました。

ーどのように事業を拡大されたのでしょうか。
平野:二つの特徴的な戦略がありました。一つは、地元の「遠州鉄道」という信頼を活かした法人営業です。この地域には大手メーカーの工場が多く、その関連会社の従業員の皆様に「遠鉄のガン保険です」という形でご案内していきました。すると、「うちの会社は他にも工場や営業所があるよ」といったお話から、まだあまり普及していなかった「がん保険」を、様々な地域のお客様にご案内していくようになりました。
もう一つは、当社のバス旅行「バンビツアー」のネットワークを活用した戦略です。浜松の人はバス旅行が好きな文化がありまして、当社のバンビツアーは山陰や東北までバスで行くような長距離ツアーも催行するほど人気でした。そこで、ツアーで提携している全国各地の旅館やドライブイン、お土産屋さんに営業に行ったのです。この関係性を生かした営業が、今も全国に保険契約者様が数多くいる要因です。
こうした経緯で、保険事業だけは創業の地である浜松を越えて、全国にお客様がいるという、当社の中でも少し特殊な事業に成長しました。
顧客本位の姿勢が決め手に。東北エリアのサービス向上を目指す

ー今回のM&Aを検討されたきっかけと経緯を教えてください。
平野:全国に広がったお客様へのフォローを手厚くするため、私たちは10年ほど前から主要都市に営業所を開設する戦略を進めてきました。名古屋、東京、大阪と拠点を増やしてきましたが、東北エリアにはまだ拠点がなく、浜松から社員が3泊4日や4泊5日で出張して対応している状況でした。これではお客様をお待たせしてしまいますし、何かあった時にすぐ駆けつけることができません。そこで、東北エリアにも拠点を設けたいと考えるようになりました。
マインドファミリーコーポレーション様(以下、マインドファミリー)は、我々と同じアフラックの代理店であり、東北エリアで一定の顧客基盤をお持ちでした。それが最初のきっかけです。

ーお相手に求める条件はどのようなことでしたか。
平野:私たちが大切にしているのは、ご契約いただいたお客様へのアフターフォローです。保険は入って終わりではなく、お客様のライフステージの変化に合わせて最適な保障をご提供し続けることが重要だと考えています。
近年はこのご契約者様へのアフターフォローが重要視されるようになってきましたが、私たちは長年にわたり、お客様へ定期的に保障内容をご案内する活動に力を入れてきました。
マインドファミリーの経営者の方とお話する中で、同じように既存のお客様を非常に大切にされている姿勢が伝わってきました。
ートップ面談の印象を教えてください。
平野:先方の社長はご年齢の面から、会社の将来を真剣に考えていらっしゃいました。後継者問題に加え、従業員の雇用やお客様へのサービスをどう維持していくかという点に強い想いをお持ちでした。私たちからは、遠州鉄道の安定した経営基盤のもとで、従業員の皆様の雇用を守り、これまで以上にお客様へのサービスを充実させていくことをお約束しました。誠実にお互いの考えを話し合うことができ、非常に良い面談だったと思います。
組織的な営業体制でシナジーを創出。さらなる全国展開へ

ーどのようなシナジーを見込んでのご決断だったのでしょうか。
平野:最大のシナジーは、東北エリアにおけるお客様、ご契約者様へのサービス向上です。これまでは浜松からの出張対応でしたが、盛岡に拠点ができたことで、より迅速できめ細やかなフォローが可能になります。
加藤:加えて、当社の組織的な営業体制を導入できることも大きなメリットです。当社では、電話でアポイントを取得するコールセンター部門と、実際にお客様を訪問する営業部門を完全に分業しています。営業担当は保険の提案に専念できるため、非常に効率的です。マインドファミリーの皆様は、これまでご自身でアポイントから訪問まで全て行っていたそうなので、この仕組みを活用いただくことで、より多くのお客様と接する時間を創出できると考えています。
ー具体的な協業内容や今後の展望についてご教示いただけますでしょうか。
加藤:まず、マインドファミリーから移籍していただいた4名の社員の方々と、浜松本社からの異動者2名で、合計6名の営業体制で東北営業所をスタートさせます。当面は2人1組のチーム制を組み、当社の営業スタイルやコンプライアンス、ペーパーレス化された事務手続きなどをOJTで学んでいただきます。マインドファミリーの皆様は非常に優秀で、保険の知識も豊富ですので、すぐに力を発揮していただけると確信しています。
平野:将来的には、この盛岡の拠点をベースに、東北全域の既存顧客のフォローと新規開拓を進めていきます。また、他のエリアへの展開も引き続き検討していきます。
成長戦略としてのM&A、大切なのは「足りないピースを補う」視点

ー成長戦略におけるM&Aについてどのようにお考えですか?
磯部:当社はこれまでもM&Aを積極的に活用してきましたが、今回の遠方の事業におけるM&Aは初めてのケースでした。当社の成長戦略において、自前で育てる部分と、M&Aによって時間やノウハウを獲得する部分を柔軟に使い分けていくことが重要だと考えています。特に、今回のように地理的な拡大や、専門的な人材の確保においては、M&Aは非常に有効な手段です。
ー貴社のM&A戦略をご教示いただけますでしょうか。
磯部:基本的には、当社の事業ポートフォリオの中で、足りないピースを補完してくれるようなお相手を求めています。今回のケースで言えば、東北エリアの拠点と、地域に精通した人材がまさにそれでした。単に規模を拡大するだけでなく、当社の企業文化や事業方針に共感していただけるかどうかが、最も重要な判断基準になります。