【M&Aリブート】NEC 国内市場ほぼ独占のパソコンメーカーが挑んだ「脱ハード」への道

テレビ、半導体、パソコン、携帯電話…現在では輸入品が当たり前となっているエレクトロニクス製品も、かつては国産製品が高い競争力を誇っていた。中でもNEC(日本電気)<6701>は国内パソコンのデファクトスタンダード(事実上の標準)を押さえていた。

だが、現在の同社は「パソコンメーカー」ではない。官公庁向けITシステムや通信ソフト、防衛・安全保障、海底ケーブル、生体認証など、国家インフラを支えるデジタル企業へと変貌している。その変化を支えたのがM&Aだった。

「ものづくりNEC」の崩壊

NECは1899年、日本初の外資系合弁企業として設立された。通信機器メーカーとして出発し、戦後はコンピューターや半導体へ進出。高度経済成長とともに巨大化し、日本を代表する総合エレクトロニクス企業となった。とりわけ同社の名を知らしめたのが、パソコン事業だった。

1980年代の第1次パソコンブームに乗り、同社の「PC-9800シリーズ」は国内市場で圧倒的なシェアを握り、日本のオフィスや学校を席巻。国内パソコン市場では、同シリーズ向けに開発されたソフトウエアが事実上の標準となり、他社製パソコンでは動作しないケースも多かったのだ。

NEC専用仕様のハードウエアとソフトウエア資産が強固な囲い込みを生み、同社は国内パソコン市場で不動の地位を築き、「日本のIBM」とも呼ばれた。

NECは日本のPC文化そのものを形成した企業と言っても過言ではない。だが、その成功体験は90年代に入ると急速に崩壊する。その先駆けとなったのが、IBM日本法人が開発した日本語表示仕様「DOS/V」と、IBM PC/AT互換機の普及だった。

当時は国内パソコンメーカーだけでなく、米アップルなども独自のOSやアーキテクチャーで顧客を囲い込んでいた。

立ちはだかった「世界標準」

これに国内のパソコンメーカーも飛びつく。「世界標準」に乗り換えることで、「日本標準」だったNEC専用仕様のプレッシャーから脱することにしたのだ。DOS/VとIBM PC/AT互換機の普及によって、パソコンは世界共通仕様へと急速に向かっていく。

さらに1995年にマイクロソフトのOS「ウィンドウズ95」が爆発的に普及したことで、日本専用仕様だったパソコン市場は世界標準へ移行した。これによりパソコンは差別化の難しいコモディティー商品へ変化していく。

専用仕様が不要になったことでパソコン開発とマーケティングは容易となり、新規参入が増加。2000年代に入ると中国や台湾メーカーによる低価格攻勢が始まり、ハードウエア事業の利益率は急低下する。

一方でNECは、成長市場だった携帯電話端末事業を拡大し、大手キャリア(移動体通信事業者)が相次いで採用した。だが、それも長くは続かなかった。2010年代に入るとスマートフォン時代が到来。

NECは携帯電話端末で国内有力メーカーだったが、アップルの「iPhone」と米グーグルが主導するAndroid勢の台頭に対応できなかった。PC-9800シリーズ同様、国内市場に最適化した、いわゆる「ガラケー」戦略が裏目に出たのである。



かつて日本企業が強みとしていた「高品質なハードウエア大量生産」は、グローバル競争下で急速に優位性を失っていった。影響はパソコンに続く主力製品だった半導体や携帯電話端末に波及していく。

【M&Aリブート】NEC 国内市場ほぼ独占のパソコンメーカーが挑んだ「脱ハード」への道
NECフリップ式携帯電話
かつて一時代を築いた「折りたたみのNEC」のルーツといえるフリップ式携帯電話端末 ※写真は海外モデル(Photology1971 / shutterstock.com)

売却から始まった「脱ハード」戦略

NECの事業改革は、「買収」よりも先に「売却」から始まった。同社が最初に直面した大きな課題が半導体事業だった。NECは1980年代には世界有数の半導体メーカーだったが、巨額投資競争に耐えられなくなっていく。2000年代に入ると、半導体事業は分離・再編が進められた。

その流れの中で、NECも半導体事業の分離・再編を進める。NECエレクトロニクスは2010年、ルネサステクノロジと統合し、現在のルネサスエレクトロニクス<6723>へつながっていく。

NECの「看板製品」だったパソコン事業でも、大胆な決断を下す。2011年、NECは香港Lenovo Group(レノボ・グループ)と合弁会社「Lenovo NEC Holdings」を設立。NECパーソナルコンピュータ事業を実質的にレノボ傘下へ移した。かつて国内市場をほぼ独占したPC事業を、海外企業と統合したのである。これは当時の国内エレクトロニクス業界にとって象徴的な出来事だった。



NECはさらに、携帯電話関連事業も整理していく。2010年にカシオ計算機<6952>との携帯電話端末製造子会社を統合。だが、スマートフォン競争で巻き返すことはできず、最終的にNECは携帯電話端末市場から事実上撤退した。2013年には携帯電話販売を手がけるNECモバイリング<9430>を丸紅<8002>がTOBで買収。販売網も手放した。

2020年にNECディスプレイソリューションズをシャープ<6753>に売却し、ディスプレー事業も切り離された。2021年には電源・電子負荷装置などを手がける高砂製作所をアンリツ<6754>へ譲渡、2022年には電子機器開発・製造受託のNECエンベデッドプロダクツをメイコー<6787>へ売却するなど、ハードウエア事業からの撤退を進める。

NECが進めたのは、「世界市場で勝てないハード事業」の整理だった。かつてのNECは、自前主義によってあらゆる電子機器を抱える巨大企業だった。しかし、それらを維持することは同社にとって大きなリスクになっていた。

通信機器メーカーから「通信ソフト会社」へ

NECの変化を象徴した最初のM&Aが、2008年の米Netcracker Technology(ネットクラッカー・テクノロジー)買収だった。Netcrackerは通信会社向けの運用ソフトであるOSS(通信インフラ、ネットワーク、サービスを監視・管理する運用支援システム)やBSS(通信事業者の顧客対応やビジネスプロセス全般を管理するビジネス支援システム)を開発する企業だ。

この買収は単なる海外進出ではなかった。

NECはそれまで通信機器メーカーとして、基地局や交換機など「通信ハード」を主力としてきた。しかし通信業界では、ネットワーク仮想化やソフトウエア制御が急速に進み始めていた。通信の価値が「ハード」から「ソフト」へ移り始めていたのである。

Netcracker買収によってNECは通信事業者向けソフトへ本格参入し、従来の通信ハード中心の事業構造から、ソフトウエアやサービスの比率を高める方向へ舵を切った。

現在ではNetcrackerはNECの通信向けソフト戦略の中核企業となっており、5G(第5世代移動体通信)やOpen RAN分野でも、NECの通信ソフト戦略を支える重要な役割を担っている。

最近では2025年10月に、テレコム・ブロードバンド事業者向け顧客管理や請求・課金などの顧客対応システムを手がける米CSG Systems Internationalを約4447億円で買収。BSSに加えて同事業者向けのカスタマーエクスペリエンス(CX)やペイメント(決済)関連のソフトウエア事業でも強みを持つ。

北欧企業を買収し、「デジタル政府」へ進出

NECのM&A戦略が大きく加速したのは2018年だった。同年12月にデンマークのIT大手KMD Holding ApSを約1360億円で買収する。KMDは北欧の行政・自治体システムに強みを持つ。

税務、福祉、行政手続きなどをデジタル化する公共IT企業であり、NECはこの買収によって「デジタル政府」分野へ本格進出する。この案件の重要性は、日本企業が単なるシステム受託ではなく、「行政SaaS(インターネット経由で必要な機能を利用するクラウドサービス)」の技術とノウハウを獲得した点にある。

従来の企業の情報システムにおいて、企画・設計・開発・運用・保守までを一貫して請け負うSI(システムインテグレーション)企業は、個別受託開発を受注するケースが多かった。

一方、KMDはサブスクリプション(継続課金)型の公共ソフトウエアを展開しており、NECは継続的に安定収益が得られるストック型収益モデルを手に入れた。

これに先行して、同年1月には英国を中心に中央政府や地方政府、警察など公共分野向けのソフトウエア事業やサービス事業を展開する英Northgate Public Services(ノースゲート・パブリック・サービス)を約713億円で買収した。NECは欧州で公共DX(デジタルトランスフォーメーション)事業を拡大。「企業向けIT会社」から「国家・自治体インフラ企業」へと事業領域を広げた。

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NEC本社ビル
東京都港区のNEC本社ビル(yu_photo / shutterstock.com)

アバロックを取得して金融ITに参入

2020年当時、NEC最大級のM&Aだったのは、約2360億円を投じたスイス金融ソフト大手Avaloq(アバロック)の買収だった。同社は銀行や富裕層向け資産管理システムを展開する欧州屈指のフィンテック企業だ。この買収で、金融DX分野へ本格参入する。

NECは国内の官公庁や通信分野には強みを持っていたが、金融システム市場では存在感が薄かった。買収によって、デジタルバンキングや資産管理システム、金融SaaS、BPaaS(業務受託型クラウド)など国際金融ITサービスを提供できる体制を整える。

一連の買収により、NECはデータやソフトウエア、継続課金型ビジネスへ軸足を移した。従来の受託開発中心モデルから、グローバルIT企業に近い収益構造を模索している。

NECは日立になれるのか

ハードからソフトへ大胆に舵を切ったNECの事業組み直しは、日本の総合電機の中でも大胆な部類に入る。現在の同社は、通信向けソフトや金融IT、行政DX、生体認証、海底ケーブル、防衛・安全保障を軸とするデジタルインフラ企業へ変わりつつある。

ただ、同様の大改革で「勝ち組」と評される日立製作所<6501>と比較すると、違いも大きい。

日立は大規模売却と超大型買収によって、「社会インフラ×デジタル企業」への変身を一気に進めた。日立は鉄道をはじめとする社会インフラ事業でのハードを残した一方、NECはよりIT・ソフト寄りの方向へシフトしている。

そのためNECは依然として日本のSI業界特有の「人月商売」依存が強く、米SaaS企業のような超高利益率モデルの達成は道半ばだ。利益率が伸びにくい官公庁案件への依存度も高く、収益性でも海外のIT大手の水準には届いていない。

NECの売上高営業利益率は近年5%台から10%台へ改善している。ただ、MicrosoftやAdobeの30~40%台と比べると依然として低水準にある。背景にあるのがビジネスモデルの違いだ。

【M&Aリブート】NEC 国内市場ほぼ独占のパソコンメーカーが挑んだ「脱ハード」への道
NECと海外SaaS企業の売上高営業利益率比較


NECの主力事業となっている官公庁・自治体向けシステムは、大規模カスタマイズ案件が多い。例えば住民情報システムや税務システムでは、自治体ごとに仕様が異なり、個別開発や運用保守に大量の技術者を投入する必要がある。

「脱SI」が成長のカギに

結果として日本のSI業界では、現在でも「人を増やして売上を伸ばす」構造が色濃く残る。実際、日本の大型IT案件では数百~数千人規模のエンジニアが常駐するケースも珍しくない。日本では依然として個別受託型の開発が多く、標準化されたソフトウエアを大量販売するSaaS型モデルへの移行が進みにくい。

これに対し、米SaaS企業は一度開発したソフトウエアを世界中へ横展開することで利益率を高めている。例えばServiceNowは企業向け業務管理ソフトをクラウド経由で提供しており、顧客ごとの大規模個別開発は比較的少ない。Adobeも「Creative Cloud」によって継続課金型モデルへ切り替え、高収益化を実現した。

NECもKMDやアバロックの買収によって、行政SaaSや金融ソフトを獲得し、ストック型収益を増やそうとしている。ただ、現在の収益の中心は依然として国内SIや官公庁案件であり、国際展開型SaaS企業のような資本効率の高いビジネスモデルへのシフトはまだ途上にある。ビジネスモデルをSIからSaaSへ乗り換えるのが、NEC最大の経営課題だろう。

今後のNECのM&A戦略は?

NECは2021年以降もハードウエア関連子会社の売却を進め、ソフトウエア・サービス比率を高めてきた。今後は「脱ハード」のための事業転換型ではなく、既存のソフトウエア領域を強化するボルトオン型のM&Aへ移る可能性が高い。

対象となるのは、AI(人工知能)やサイバーセキュリティー、防衛テック、データ解析、クラウド運用、ネットワークソフト関連の企業だろう。

特に安全保障分野では、日本政府の防衛予算拡大が追い風となっている。サイバー防衛や安全保障通信インフラの重要性が高まる中、NECの存在感はさらに強まる可能性がある。

Open RANや次世代の6G(第6世代移動体通信)関連で、日本政府もNECを戦略企業として位置づけている。

つまりNECのM&Aは今後、単なる企業成長戦略ではなく、日本の産業政策や経済安全保障と結びついたものになる可能性が高い。かつて国内市場を席巻したパソコンメーカーは、M&Aによって国家インフラ企業へ姿を変えようとしている。

【M&Aリブート】NEC 国内市場ほぼ独占のパソコンメーカーが挑んだ「脱ハード」への道
NECのM&A年表(2008年以降)

文:糸永正行編集委員

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