地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル

ストライク<6196>は7月30日、浜松市のCo-startup Space & Community「FUSE」で「第44回 S venture Lab.」を開催した。今回は「地方から世界へ 初音ミクから学ぶ、会社に革新を起こす事業連携とは」をテーマに、クリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)代表取締役の伊藤博之氏、ヤマハ<7951>執行役員新規事業開発部長の北瀬聖光氏、同研究開発統括部主席技師の剣持秀紀氏が登壇。

札幌のスタートアップと浜松の大手楽器メーカーが生み出した世界的ムーブメントの舞台裏を語った。

ヤマハとクリプトン、出会いのきっかけは着メロ

クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏は、1995年のインターネット黎明期に札幌で起業した経緯を振り返る。「インターネットがちょうど出始めの頃で、これはもう世界を変えるだろうと衝撃を受けた。地方にいながらして世界中に発信できる、これがすごい強みだと思った」と語る。

同社は当初「音の商社」として、効果音や楽器のフレーズ、楽器ソフトウェアの販売を専業にしていた。転機となったのは2001年頃、「着メロ」(携帯電話の着信メロディー、2000年前後に隆盛を迎えた)ビジネスの立ち上がりだった。「着メロのチップ半導体を製造するメーカーがヤマハさんで、そこでヤマハさんとの最初の接点ができた」。

「VOCALOID」誕生秘話

地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル
VOCALOID開発に関わったヤマハの剣持秀紀氏
VOCALOID開発に関わったヤマハの剣持秀紀氏(右)

ヤマハでは1997年から歌声合成の研究開発が始まっていた。剣持秀紀氏によると、2000年2月1日に当時の重役にプレゼンし、翌日から本格的な開発がスタートした。「(スペイン)バルセロナのポンペウ・ファブラ大学との共同研究として進めた」という。

2年間のプロトタイピングを経て、2002年7月24日にクリプトン・フューチャー・メディアでデモを実施。「伊藤社長にすごく気に入っていただいて、そこから一緒にこれを世に出しましょうということになった」と剣持氏は当時を振り返る。

興味深いのは、剣持氏が残していた出張報告書だ。「本当に嬉しくてしょうがないみたいな感じが伝わってくる」内容で、両社の運命的な出会いの瞬間が記録されている。

ボーカロイド、危うく「海老芋」になるところだった

地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル
海老芋
旧豊岡村名産「海老芋」starry sky/shutterstock.com

開発の舞台となったヤマハの豊岡工場での興味深いエピソードも明かされた。剣持氏によると、ボーカロイドという名前が決まる前、地元の特産品にちなんだ命名案があったという。「豊岡村(今の磐田市)名産が海老芋と呼ばれるまがったお芋で、『Ebeamo』(エビーモ)でどうかと思ってプロジェクトの重役に提案したが、商標調査に引っかかった」と振り返る。

もしこの名前が通っていれば、現在世界中で愛される歌声合成技術が「海老芋」と呼ばれていた可能性があった。地方の特産品から着想を得るという発想は、まさに地域に根ざした開発環境ならではのエピソードといえる。

【参考情報】▼ボーカロイドとは

本来の定義は、ヤマハ株式会社が2003年に開発した、歌詞とメロディー(楽譜情報)を入力するだけで楽曲のボーカルパートを制作できる歌声合成技術および、その応用ソフトウェアの名称・呼称。今では歌声合成ソフトウェア(VOCALOID以外の技術を用いた同種のソフトウェアを含む)を使用した楽曲全般が「ボカロ曲」と呼称されており、音楽シーンにおいては「ボーカロイド」が一つのジャンル名として用いられることがある。※「VOCALOID(ボーカロイド)」および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です

歌声合成ソフトウェアにキャラクターを付けた革新的発想

2007年8月31日に発売された「初音ミク」の最大の特徴は、歌声合成ソフトウェアにキャラクターを付けたことだった。この発想の背景について伊藤氏は「ニコニコ動画というサービスがあって、そこで投稿されるだろうと。動画共有サイトで使いやすいものを考えた時に、キャラクターが必要なんじゃないかと考えた」と説明する。

実は2004年にも「MEIKO」というキャラクターイラスト付きの歌声合成ソフトウェアを発表していたが、当時はまだ動画共有サイトの登場前で大きなヒットにはなっていなかった。その「MEIKO」が動画共有サイトの登場後に再び売れ始め、初音ミクの方向性に影響を与えた。初音ミクの音源にはプロの歌手ではなく声優(藤田咲さん)を採用。試行錯誤を繰り返しながら、「初音ミク」というバーチャルシンガーの造形を完成させた。

独占せず、オープンに。多くのクリエイターが輩出

さらに重要だったのは、著作権に対するオープンな姿勢だった。ボーカロイドや初音ミクは、法律上は「楽器」だ。「楽器を演奏するときに、いちいち『ヤマハ製のピアノで曲を作っていいですか』と確認しないように、初音ミクも自由にクリエイターが作りたいものを作れるようにした方が良いものが出てくるだろう」と伊藤氏は語る。

この戦略は大成功を収め、多くの人が初音ミクなどの「ボカロ」をつかって曲を発表。ネット上に多くの「ボカロP」と呼ばれる作曲家が生まれ、米津玄師さん(当時「ハチ」名義で活動)など第一線で活躍する人を多く輩出した。ボカロ曲の動画を作る人、イメージに合わせたイラストを描く人などにもすそ野が拡がり、イラストレーターや漫画家として活躍する人も多い。

また、ボカロ曲を人間が歌う「歌い手」と呼ばれる人たちも登場。Adoさんのように顔出ししないまま活躍するという、新たな流れも生んだ。カラオケでも「ボカロ」というジャンルが確立されるほど、一般的な音楽カテゴリーとして定着している。

大企業とスタートアップの理想的な協業モデル

地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル
ヤマハ執行役員新規事業開発部長 北瀬聖光氏
ヤマハ執行役員新規事業開発部長 北瀬聖光氏

ヤマハから見たクリプトンとの協業の理由について、剣持氏は「自社の事業部門が受け取らなかったというのが正直なところ」と率直に語る。しかし結果的に外部パートナーと組んだことで「ヤマハではない発想で、音声合成技術にキャラクターを当てるなんてのは、全然思いつかなかった。1+1が2以上、5とか10になった」という。

北瀬聖光氏は、この協業の成功要因を分析する。「技術力があると思っている会社ほど売るのは下手。スタートアップの方が顧客のことを真剣に見ているし、欲しいというニーズへの感度が高い」と指摘する。

地方から世界へ発信

地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル
クリプトンの伊藤氏
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏

初音ミクの成功は、地方発のイノベーションの可能性を示している。伊藤氏は「インターネットは分散型の仕組みなので、地方にいながら世界中に発信できる。コンピューターとソフトウェアがあれば、北海道でも九州でも、浜松でも、自分の家でスタジオを作って世界に向けて曲を作れる」と語る。

剣持氏も「豊岡工場という、すごく眺めがいい環境で開発していた。そういう環境で集中して開発できたのも良かった」と地方での開発環境の利点を挙げる。

北瀬氏は「世界から見たら日本こそが地方。デジタル事業になってくると、資本がなくても世界に羽ばたける。地方だからこその独自性という可能性がある」と地方発イノベーションの可能性を強調した。

成功の秘訣は「楽しむこと」と「スピード感」

地方発の奇跡的コラボレーション、初音ミクが生み出した新たなイノベーションモデル
佐々木渉氏
初音ミクの開発を主導した佐々木渉氏が客席から登壇した

登壇者が共通して挙げた成功要因は「楽しむこと」だった。剣持氏は「一緒の方向を見て、ビジョンを共有することが重要。自分も面白がって、好きになることが幸せだった」と振り返る。

また、イベントの終盤には初音ミクの開発担当者佐々木渉氏が客席から登壇。「悩んで作ったというより、2007年の7月から8月という短い期間で集中して、アイデアを形にできた。勢いで出さないとこういうのはなかなか実現しない」とスピード感の重要性を強調した。

伊藤氏は最後に「楽しむことがすごく大切。初音ミクという遊びのようなものが実は世界を変える。AIやロボティクスなど、日本が強かった分野とサブカルチャーのクリエイター、エンジニアが組み合わさることで、日本から新しいことが生まれてくる」と今後への期待を語った。

札幌のスタートアップと浜松の老舗メーカーという異色の組み合わせが生み出した初音ミクの成功は、地方発のオープンイノベーションの新たなモデルケースとして、多くの示唆を与えている。

第二部: 地域発スタートアップ3社がピッチ

第二部では、静岡県にゆかりのあるスタートアップ3社がピッチを行った。

単眼カメラで3Dモーションキャプチャーを実現

株式会社SPLYZAの土井寛之氏は、単眼カメラで3次元モーションキャプチャーを可能にする「SPLYZA Motion」を紹介した。従来のモーションキャプチャーは「カメラ10台以上を設置して、体にマーカーをたくさんつけて、準備に非常に時間がかかり、金額も高い」という課題があったが、同社の技術では「体のランドマークも50か所以上、脊椎や骨盤、腕や足のねじれもわかる」ため、医療やスポーツの現場で気軽に利用できる。

指先の振動でヒューマンエラーをゼロに

ロボセンサー技研株式会社の大村 昌良氏は、指先の振動を検知してヒューマンエラーを防ぐ触感センサーを発表した。「ゴム製の手袋からブルートゥースで触感の振動を送り、AIで判定して、1000分の1秒で今やった作業がOKかどうかを瞬時に判定する」技術で、自動車製造ラインでの活用を想定している。

大型X線カメラで医療・工業検査を革新

株式会社ANSeeN 小池 昭史 氏は、静岡大学工学部発の半導体技術を活用した大型X線カメラを紹介した。従来困難だった「高精細や少ない線量での撮影」を可能にし、「ロボット手術などで、リアルタイムで細かく見るというニーズ」に対応できるカメラの開発を進めている。

3社とも地方発の技術力を武器に、それぞれの分野でイノベーションを起こそうとする姿勢が印象的だった。

編集部おすすめ