いよいよ始まった上場維持基準に基づく「退場」 M&Aが果たす役割は?

東京証券取引所は2026年4月、スタンダード市場の上場維持基準を満たさない企業のうち、桜井製作所<7255>、光陽社<7946>、ネポン<7985>の3社を「整理銘柄」に指定した。3社はいずれも流通株式時価総額がスタンダード市場の基準である10億円に達しなかったためで、2026年10月1日に上場廃止となる予定だ。

上場廃止はむしろ増えている

東証はすでに、基準未達企業26社を「監理銘柄」に指定していたが、今回の3社はその中で初めて上場廃止が確定したケースとなる。一見すると、これはミニ上場企業の整理に過ぎないように見える。だが、今回の措置は国内資本市場の構造変化を象徴している。

実は東証の上場廃止は決して珍しい現象ではない。2000年代以降の推移を見ると、上場廃止件数は年間60~100社前後で推移してきた。

いよいよ始まった上場維持基準に基づく「退場」 M&Aが果たす役割は?

(M&A Online作成)

特に2002年前後には150社近い企業が市場から姿を消した。これは金融危機後の不良債権処理の影響で、企業倒産や再編が相次いだためだ。

その後、2010年代になると上場廃止の性格は大きく変わる。倒産による退場は減り、代わって増えたのが、TOBによる完全子会社化やMBO(経営陣による買収)、経営統合といった企業再編型の上場廃止だ。近年では、上場廃止の大半はこうした「戦略的な非公開化」で占められている。

今回の上場廃止はこれまでと違う「資本効率革命」

しかし今回の3社のケースは、これまでの上場廃止とは性格が異なる。倒産のような「自然消滅」でもなければ、TOBやMBOといった「自己都合による退場」でもない。東証が提示した上場維持基準を満たさなかったことによる「市場制度による淘汰」の第1弾なのだ。

東証は2022年に市場区分を再編し、「資本効率を重視する市場」への転換を打ち出した。

その際にPBR1倍割れ企業への改善を要請し、流通株式時価総額基準をボーダーとする上場維持基準を定めた。3社が上場するスタンダード市場では流通株式時価総額10億円以上が求められる。

この基準を満たせない企業は、改善期間を経て市場から退出せざるを得ない。今回の3社はまさにその対象となった。

3社の流通株比率は桜井製作所が約41%、光陽社が約34%、ネポンが約46%。スタンダード市場の基準は25%以上であるため、比率の面では問題はない。しかし、株価が低迷していたため流通株式時価総額がネポンは約6億8000万円、光陽社は約3億円、桜井製作所も約7億9000万円と、10億円に届かなかった。

だが、「10億円の壁」を突破できなかったのは“結果”にすぎず、そうなってしまった“理由”に根本的な問題がある。

ROIC、WACC、PBRが示す低評価

3社の財務指標をみると共通点がある。ROIC(投下資本利益率)は桜井製作所が約2%、光陽社が約1%、ネポンは1%未満と推計される。

一方、資本コストであるWACC(加重平均資本コスト)は、3社とも公式開示していない。CAPM(資本資産価格モデル)で株主資本コストを推計し、財務データから負債コストや資本構成を抽出して推計したWACCでは、5%台後半から6%と見られる。

重要なのはROICがWACCを下回っていることで、市場が期待する収益率をあげられていないという評価になる。

当然、資本市場では高く評価されず、3社のPBR(株価純資産倍率)は0.3~0.5倍程度と時価総額が純資産を下回るほど低迷していた。

株価が上がらなければ時価総額は小さく、流通株式時価総額も増えないという負の連鎖は避けられない。

3社のROICと資本コスト比較

いよいよ始まった上場維持基準に基づく「退場」 M&Aが果たす役割は?

上場を維持するには何が必要か

つまり、上場廃止を免れるために必要なことは極めて明白と言える。ROICを資本コスト以上に引き上げることである。ROICがWACCを上回れば、市場は企業価値を純資産以上に評価し、PBRは1倍超えに向かう。

PBRが改善すれば時価総額が拡大し、結果として流通株式時価総額も基準を満たす可能性が高くなる。単に上場しているだけでは、市場は企業価値を評価しない。資本効率を高められなければ、いずれ市場から退場を迫られる。

具体的には事業の収益力を高めることだ。より高付加価値の製品やサービスに軸足を移すことで利益率を引き上げる。あるいは生産効率の改善やコスト構造の見直しによって営業利益率を高める方法もある。3社の売上高営業利益率は0.5%から3%台に留まっているが、これが5%程度に改善すれば、ROICとWACCが釣り合う計算だ。

3社の売上高営業利益率比較

いよいよ始まった上場維持基準に基づく「退場」 M&Aが果たす役割は?
3社の売上高営業利益率比較

投下資本そのものを減らす取り組みも有効だ。収益性の低い事業を抱え続ければ、それだけで資本効率は悪化する。

不採算事業の売却や事業再編を通じて資本を効率的な事業に集中させることは、ROIC改善の有力な手段となる。

「退場」にも「残留」にも有効なM&A

実際、日本企業でも近年はカーブアウトや事業売却を通じて事業ポートフォリオを見直す動きが広がっている。

さらに、日本企業には長年保有してきた土地や余剰設備、政策保有株式などが多く残っている場合がある。これらは事業の収益に直接貢献しない一方で、投下資本を押し上げる要因となる。資産の売却や圧縮によって投下資本を減らせば、それだけでROICは改善する。

東証が求める「資本効率の改善」とは、単なる業績問題ではない。かつては安定した黒字経営を続けていれば、上場は維持できた。

しかし、資本効率を重視する東証改革では、上場企業に「どの事業に資本を投入し、どの事業から撤退するのか」の経営判断を迫っている。

こうした対策を加速するために有効な手段がM&Aだ。収益性の低い事業を売却し、高収益事業を買収することで、企業全体の資本効率を高めるという考え方である。これは単なる「規模拡大」ではなく、「資本の入れ替え」を狙うM&A と言える。

TOBやMBOに加えて、上場基準という新たな「出口」が開いた東証上場企業にとって、M&Aが重要な経営戦略ツールになることだけは間違いなさそうだ。

文:糸永正行編集委員

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