
2020年に上映され、各国の映画祭で絶賛の嵐を巻き起こした、上西雄大監督の映画『ひとくず』。多くの作品ファンの後押しもあり、22年に初演を迎えた、映像劇団テンアンツ(上西主宰)の舞台『ひとくず』。
両親から常習的に虐待を受けている幼い少女・北村鞠がひとり残された家に偶然空き巣に入った金田匡朗。少年院暮らしを経て社会に出た彼は、彼女に両親に恵まれなかった小さいころの自分を重ね、「この子は自分のようになってほしくない」と必死の想いで行動するさまに心を動かされる。鞠の母親・凛もまた同じような境遇で育ち、だからこそロクでもない男(ヒロ)と付き合うことになったのだろう。金田がヒロを消したあと、次第に彼に惹かれていくようになったのも合点がいった。

本作は鞠が金田に対し、次第に心を開いていくさまを中心に描かれているのだが、登場人物たちの過去が要所要所で挿入され、物語に厚みを持たせている。そのどれもが、現在の人格を形成した大きなエピソードとなっており、最初は「こいつ、どうしようもない悪者だな」という目でしか見られなかった人物にも同情の余地を残すことができた。
『ひとくず』は“虐待”が大きなテーマ。少なからず抵抗を感じる方もいると思うが、随所随所で挿入されるコミカルなやり取りが、深刻になり過ぎないストーリー構成に一役買っているのも本作の特徴のひとつだ。
金田が通う競艇場での常連客に始まり、学校に通うようになった鞠のクラスメイト(いじめっこたち)が明らかに大人だったり、金田と鞠が訪れるお店でいつも出くわす眼鏡姿の弱々しい男性の存在は、重々しい雰囲気を緩和させるアクセントとなっている。

そんななか、元刑事で金田のことを昔から知っている桑島は、コミカルな登場シーンとは裏腹に、物語が進むにつれて彼にとってなくてはならない存在だということが分かってくる。
ほかにも幼少時代の金田を救うことができなかった自責の念にかられ、いまでは「子ども食堂」を運営する当時の担任・蓬田、鞠の家の電気が止められていることを知り、身銭を切って電気代を支払う彼女の担任・満矢など、金田と凛の周りには、本気で彼らを救おうと向き合ってくれる人たちの存在があり、「あなたは決してひとりじゃない」ということを教えてくれる。
満足な教育を受けることができなかった金田は、終始ぶっきらぼうなセリフで周りを怒らせたり笑わせたり……。その言葉には不思議な重みを感じることができ、ハッとさせられるような場面も多く、客席の心の機微も自然と伝わってきた。

鞠の誕生日を凛と一緒に祝う前に、人を殺してしまった報いを受けることになった金田。鞠と凛を残してひとり服役することになり、警官に囲まれながら、ふたりに別れを告げることとなった。
物語の結末は決してハッピーエンドとは言えないかもしれない。しかし約3時間半の公演を観終えたとき「心に残ったこの気持ちを大事に生きていきたい」と思えるような素晴らしい作品だ。

<公演情報>
映像劇団テンアンツ第59回公演
『ひとくず』
出演:
上西雄大 古川藍 徳竹未夏
あおい(MeseMoa.) 井田國彦 大倉弘也 岡元あつこ 風祭ゆき 北嶋マミ 木庭博光 黒田恵子 剣持直明 嶋村友美 貴山侑哉 棚橋幸代 なべやかん 西沢仁太 伴大介(千秋楽) 堀聡志(以上50音順)
浅見かがり 飯山湧一郎 池田一開 大西李音 小木宏誌 笠井大誠 窪祐太郎 黒木彩花 黒瀬光 ケイスケ KENTO 清水裕芽 デコピン浜ちゃん(千秋楽) 千葉咲奈 中川渚 氷室幸夫 福田沙樹 藤澤希未 政宗薰 松本一人 侑子(以上50音順) 他
2025年7月4日(金)~7月9日(水)
会場:東京・本多劇場
公式サイト
http://10ants.jp/theater/index.html