ビートたけしによる青春自伝『浅草キッド』が音楽劇として初の舞台化。真面目で繊細で、人知れずコンプレックスを抱えてきた林遣都が、北野武を通して救われたこととは。
芸人・北野武役を演じる上での覚悟
──ビートたけしさんの自伝を音楽劇にした『浅草キッド』は、浅草・フランス座で下積み生活を過ごした青春時代の物語です。林さんは芸人・北野武役を演じられますが、オファーが来たときの感想は?
約2年前にお話しをいただきましたが、そのときはまだ武さんを演じることに、あまり実感が湧かなかったんです。でも演じるには相当な覚悟を決めなければいけないという思いがありました。
歌とタップは早い段階から練習を始めていたのですが、福原充則さんが書いた脚本と益田トッシュさんが生み出した音楽の数々を目の当たりにしたら、「こんなのおもしろいに決まってるじゃん!」と思えました。武さんを演じる自分のプレッシャーをかき消してくれる感覚がありましたし、今はここまでおもしろい作品をなんとか体現したいという思いを強く持っています。
──演じる上で、プレッシャーを感じることは?
最初からあまり考えないようにしています。実在のモデルがいる役を演じる機会は何度もありましたけど、日本で知らない人はいないぐらいの方を演じるのは初めてなので……少し変な感じです。
──どのようにアプローチされるつもりですか?
簡潔にいうと、ご本人に近づこうという意識はないんです。ちょっとやそっとで近づける人ではありませんし。それよりも、どういう生き方をしてきたかということに目を向けようと思っています。
出演が決まってから著書をいろいろ読ませていただいたんです。世間的には “世界のキタノ” のような偉大な人のイメージがありますが、自分たちと同じように、若い頃には息苦しさを感じてきたし、人との出会いによって道を切り拓いて来られた。
人の目が気になってしまうシャイで繊細な部分や、ご自分のネガティブな要素・コンプレックスなどを肯定的に笑いに変えてきた方だと思いました。
そういう本質的な部分を自分の中に落とし込んで、役を作っていけたらなと思っています。
稽古場の空気は風通しがよくて居心地がいい
──林さんは近年、舞台に精力的に出演されています。作・演出を手掛ける福原充則さんとは初タッグとなりますが、以前、福原さんの舞台を見て衝撃を受けたそうですね。憧れの福原演出を受けてみての感想は?
たまらないですね。次々と新しいアイデアが生まれる方なので、毎日ワクワクしています。すごく印象的だったのは、初めて本読みをしたときに「どんどん間違えてください」とおっしゃったことです。「みなさんが感じたこと、考えたことをそのまま自由に出してください。そこで見えてくるものがあると思いますから」という言葉に、この人についていけば間違いないと感じました。
もちろん、役者が自由に演じることを楽しんでくださる演出家の方は他にもいっぱいいるんですけど、福原さんは突き抜けていて、すべてのカンパニーの役者さんに期待し続けてくださるし、人柄や生き方に目を向けてくださる感じがします。福原さんがいる稽古場の空気はクリアで風通しがよくて、すごく居心地がいいです。
──これまでにない新たな自分の引き出しは開きそうですか?
過去に出演した舞台は、わりと声を張るキャラクターを演じることが多かったんです。でも今回は口数の少ないナイーブな役どころなので、映像のように普通に役を演じるだけでは見ている人に届かない気がしていて。
そこを福原さんに相談したら、「お芝居は自分だけでするものじゃない。相手役に届いてさえいたら、そのリアクションで言葉が届くこともある」と言われて、なるほどと思ったんです。新しい考えをいただけた気がしました。毎日のように新しいものを吸収できている感覚がありますね。
──武の師匠である深見千三郎を演じられる山本耕史さんとは、今回が初共演ですね。
初めてお会いしたときに、一瞬で「かっこいい」と思ったんです。山本耕史さんが生み出す空気感や、その場を支配するエネルギーに感動しましたし、それが深見という役と重なり合っていて。僕自身も気持ちが入っていきました。
──武が深見に憧れるように、林さんが男の人にかっこよさを見出すポイントは?
優しい人ですね。いつも、どんな人に対しても対等に、優しく接することができる人は余裕を感じますし、かっこいいと思います。
そういう意味で、武さんも山本さんも福原さんもみんなかっこいいです。
人と比べてしまうことはある
──林さんはライバル意識を持ったりすることはありますか?
あまり言いたくないんですけど、かなりありましたね。というか、今もあります。芸人さんや俳優の仕事をしている人は、そこに悩まされる人も多いと思います。何がいいか悪いか正解がない分野だからこそ、人と比べてしまうのかもしれません。ただ、そういう気持ちが原動力になっていることも間違いないので、必要なことだとも思っています。
──先ほど、ネガティブな要素やコンプレックスを抱えるたけしさんに共感できたとおっしゃっていました。林さんが感じる、ご自分のコンプレックスとは?
人の顔色をうかがってしまうところですかね。自信を持っているタイプではないので、自分が発した言葉によって人がどう感じたのか、必要以上に考えてしまう“気にしい”なところはあります。
例えばお芝居について監督と話をしたときに、あまり意思疎通ができなかったと感じると、「言葉を間違えたかな」とか、「もっと違うやり方があったのかも」と考えてしまう。もう、本質的にそういう性格なんです。
──周囲の方からは、なんと言われますか?
「真面目だね」と言われることは多いです。
──真面目だからこそ悩むことも多いと思いますが、悩みを手放す方法は?
物理的に悩みから離れることですかね。走ってみたり、どこかに出かけてみたり、まったく違う時間を意識的に持つことはすごく大事だと思っています。
あと、やっぱり作品に救われることも多いんです。開幕前ですけど、すでに『浅草キッド』という作品や、役作りで出会ったたけしさんの著書からものすごく勇気づけられていて、本当にこの役に出会えてよかったと思っています。
それに、お芝居をしているときだけは“気にしい”な性格から離れられるというか、自分じゃないから気持ちが少し楽なんです。だからこそ、この仕事は自分に合っていると思いますし、やっていて楽しいと思えるんです。
──舞台が終わってから、プライベートでしたいことは?
コロナ禍でずっと海外に行けなかったので、旅行に行きたいですね。ドラマ『VIVANT』のモンゴルロケで久々に海外に行ったんですけど、空港にいるだけでウキウキしたりして(笑)。すごくリフレッシュできました。特に理由はないけれど、今はヨーロッパをちゃんと回ってみたいです。日本を離れて、ひと息つけたらいいですね。
取材・文/松山梢 撮影/石田壮一 ヘアメイク/竹井 温(&’s management) スタイリスト/菊池陽之介
『浅草キッド』
ある夏の浅草。大学中退後、ふらふらと街を彷徨う、まだ何者でもない青年・北野武(林遣都)は、流れ着いたストリップ小屋・フランス座で働くことになる。興行の責任者である深見千三郎師匠(山本耕史)に弟子入りした武は、芸人仲間と苦楽を共にし、力強く生きるストリッパーや浅草の人々と交流しながら、芸の道で生きていく覚悟を決める。しかし修業を続けるうちに武は時代の変化に逆らえず苦境に立たされ、ある決断を余儀なくされる。やがて、武が芸人として一世を風靡する一方、師匠の深見は……。
原作:ビートたけし
脚本・演出:福原充則
音楽・音楽監督:益田トッシュ
出演:林遣都 松下優也 今野浩喜 稲葉友 森永悠希 紺野まひる あめくみちこ/山本耕史ほか
公式サイト https://www.ktv.jp/asakusakid/
林遣都
1990年12月6日生まれ、滋賀県出身。2007年に映画『バッテリー』で俳優デビュー。映画『DIVE!!』『風が強く吹いている』『しゃぼん玉』『私をくいとめて』『犬部!』『恋する寄生虫』、ドラマ『荒川アンダーザブリッジ』『火花』『FINAL CUT』『おっさんずラブ』『スカーレット』『初恋の悪魔』『VIVANT』、舞台『風博士』『フェードル』『セールスマンの死』など話題作に多数出演。映画『隣人X-疑惑の彼女-』(12月1日公開)、『身代わり忠臣蔵』(2024年2月9日公開)が待機中。