「痛いのは嫌だ」「抗がん剤は受けない」余命宣告でも破天荒だった夫・叶井俊太郎を介護した倉田真由美が一番後悔していることとは
「痛いのは嫌だ」「抗がん剤は受けない」余命宣告でも破天荒だった夫・叶井俊太郎を介護した倉田真由美が一番後悔していることとは

2024年2月16日、倉田真由美さんの夫・叶井俊太郎さんがすい臓がんでこの世を去った。妻として伴走し続けた倉田さんが、抗がん剤を使用しない闘病生活を通じて思う”納得のいく人生”を一周忌に合わせて聞いた。

〈前後編の後編〉

「もって1年、悪ければ半年」の宣告を上回る1年9か月の闘病生活

――生前の叶井さんは「食事」と「仕事」を大変楽しみにしていた印象を受けます。そのうちの食事ですが、亡くなる前日の2月15日はいつも通りお刺身などを召し上がって、そのあと急変されますよね。

倉田真由美(以下同) はい、実はその日にも少しの後悔があって。食事が大好きだった夫は、コンビニで新発売になったホットスナックをとても楽しみにしていました。私は早速買いに行ったのですが、発売日直後で売り切れていたんです。それで通常の商品を買って、2月15日の昼に食べさせました。

しかしその日の夜に急変して、翌日に夫は亡くなってしまった。今思うと、あと何軒か回って食べさせてあげたかったなとは思いますね。

――「仕事」の旺盛ぶりも驚きました。退院して家に帰ってもご自身が取締役をされている映画配給会社にすぐに向かうなど、末期がん患者のイメージを覆す行動力をみせています。

本当に仕事も好きでした。キャラクターが立っていて顔も広かったからか、「若手が『お世話になりましたって言いたいので』って会いたがるんだよ」と困った顔もしていました。しんみりしてなにかを語るよりは、みんなで飲みの席でワイワイやるのが好きなタイプの人でしたね。

――医師には「もって1年、悪ければ半年」と言われたとのことですが、叶井さんは抗がん剤治療をせず余命宣告より遥かに長い1年9カ月を生きました。闘病生活のなかでよかったことはありますか。

夫を自宅で看取れたことです。現在、がんに罹患したほとんどの人が標準治療を受けます。それが決まったレールになっている節がありますよね。しかし残念ながら亡くなる場合、患者さんは病院で亡くなります。自由に外出することもできず、病室で、死ぬしかありません。その点、夫は好きな本に囲まれた見慣れた部屋で最期を迎えることができました。

一定数、「自宅で死にたい」と思っている人はいるはずで、そうした人たちに対して、「案外自宅でも看取ることができるよ」と言えるようになった経験は収穫だったと思います。

 ――ご著書『抗がん剤を使わなかった夫~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』の巻頭にも書かれていますが、まさに標準治療を受けずに闘病した記録を残す意味があるわけですね。

夫がすい臓がんを宣告されたとき、あらゆる書籍や闘病ブログを読むなどして夫の“これから”を知ろうとしました。それらは抗がん剤を受けた人たちの話でした。

自分の身体、自分の人生である以上、どう生きるかを納得するまで考えて決定するのは自分であるべきだと私は思います。その結果、標準治療を受けるという選択を私は否定しません。

現状は標準治療ありきで進んでいて、抗がん剤を使用しない選択がかなり奇異に感じられる状況ですが、使用しない選択をした者の家族として、選択肢を示せるのではないかと思っています。

抗がん剤を使わないがん治療の在り方 

――ご自身が体験したからこそ、これから悩むであろう人たちに道を示せるのだと思います。倉田さんが同じ状況にいる人に対してなにか言うとすれば、どのようなことでしょうか。

どんな治療をして、どんな治療をしないかは自分で決められるということです。逆に万人に効果的な治療法もありません。だからこそ、自分やご家族の病気がどのような状況にあって、残りの時間をなにに使うのかを熟慮することは大切だと思います。

夫のときは、一口にすい臓がんと呼ばれるものが、実はいくつもに細分化されていることを知りました。また、「すい臓がんが治った」と言われているものの中に、そもそも最初の診断が誤診であったものが含まれていることも専門医に聞きました。

転移しにくく治療しやすいすい臓がんと夫のすい臓がんが異なり、かなり予後の悪いものであることも同時にわかりました。そうした中で、人生をどう使うか。ただ漠然と医師に任せるのではなく、自分で納得して決めることが肝要だと思います。

――反面、がん患者の選択としては完全なマイノリティになるわけですが、それについて社会の視線を感じる場面はありますか。

今回の書籍刊行にあたっても、大手メディアは「抗がん剤を使用していないことを強調されると困る」と難色を示すのはわかっていたので、自費出版を希望していました。

たまたま昔から付き合いのある古書みつけの社長・伊勢新九朗さんが協力してくれることになり、“半分自費出版”が実現しました。

ほかにも感じる点としては、標準治療をして亡くなった人に対しては総じて「頑張ったね」と労いの言葉がかけられるのに、抗がん剤を使っていないと言うと「もったいない」「抗がん剤を使えばもっと生きられたのでは」と否定的な言葉がかけられます。どの選択も尊重されるべきではないかと思います。

 ――自宅で看取ることを選び、実行した今、なにを思いますか。

宣告されたときから、夫は「痛いのは嫌だ」「抗がん剤は受けない」と言っていました。闘病に際して私が参考にしたのは、小説家の山本文緒さんと、今年1月28日に亡くなった経済学者の森永卓郎さんでした。おふたりとも、1度は抗がん剤治療を受け、その後に抗がん剤治療をしない選択をしています。

一般的に病院でできることはたくさんありますが、末期がん患者にとっては実はそこまで多くありません。それこそ外科処置と点滴くらいではないでしょうか。しかしたとえば痛み止めの点滴なども、そこまで劇的に効果があるわけではないんです。

それに意外と、そこまで苦しむことなく自分の人生を生きることができることもわかりました。夫が望んだ場所で、彼をひとりにせずに逝かせてあげられて、「結婚した意味があった」とホッとしました。

森永卓郎さんはお仕事でいろいろとお世話になり、励ましてくださることも多かったのですが、彼が自宅で亡くなったという報道をみて、よかったと感じました。

#1 はこちら

取材・文/黒島暁生 撮影/濱田紘輔

『抗がん剤を使わなかった夫~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』

倉田真由美
「痛いのは嫌だ」「抗がん剤は受けない」余命宣告でも破天荒だった夫・叶井俊太郎を介護した倉田真由美が一番後悔していることとは
『抗がん剤を使わなかった夫~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』
2025年2月14日1650円(税込)208ページISBN: 978-49912997352022年5月、夫・叶井俊太郎の「顔や体が黄色くなる」ことから始まった、私たち家族と「すい臓がん」の記録。 いまの日本において、「抗がん剤を打たない」という選択はとても少ないなか、叶井は抗がん剤を一切からだに投与することなく1年9カ月を生きた。 くらたまは言う。「自分の命や人生の在り方を決めるのは本来自分自身のはず。でも日本では一旦がんを発症すると自分の死に方、生き方が全部医者に丸投げになってしまうケースがほとんど。そうじゃない生き方ができること、何をして何をしないか自分で決めてもいいことに気付いて欲しくて筆をとりました。 〝自分で選べる〟って当たり前のことを、知らないままの人が多いんです」。 〝がんの王様〟とされるすい臓がんにかかりながら、抗がん剤治療を受けなかった夫は、どのように生きたのか…… まだどこにもそんな例がとりあげられていないなか、確固たる意志を貫いた生き様を、貴重すぎる家族の記録を、妻である倉田真由美が、自分の言葉で綴った640日間。
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