〈TikTok2000万再生越え〉世界で1番綺麗な“だし巻き卵”を作る「だし巻き兄さん」、作り方のコツは「鍋に一滴でも水や出汁が付いたらアウト」
〈TikTok2000万再生越え〉世界で1番綺麗な“だし巻き卵”を作る「だし巻き兄さん」、作り方のコツは「鍋に一滴でも水や出汁が付いたらアウト」

慣れた手つきで鍋を操り、だし巻き卵を作る動画が各SNSで「神業」と称賛され、多くのコメントが寄せられている動画がある。こちらを投稿しているのは、「だし巻き兄さん」の名で活動する料理人だ。

いったい、だし巻き兄さんとは何者なのか。「このだし巻き卵は僕にしか作れません」と語る本人に、作り方の極意や活動の目的についてじっくりと話を聞いた。 

コロナ禍で店が窮地に…。知人から「だし巻きの動画撮ってみなよ」

——華麗な手さばきでだし巻きを作る動画がバズっている「だし巻き兄さん」。ふだんは何をされている方なんでしょうか?

だし巻き兄さん(以下、同) 私の地元・高知県をコンセプトにした居酒屋「いごっそー 高知家」をはじめ、大阪で飲食店を6店舗ほど経営している会社の社長です。高校を卒業してから飲食店の道に進み、接客や料理、そして“だし巻き卵”に魅了されました。

——「だし巻き兄さん」としてTikTokやYouTubeで活動するようになったきっかけを教えてください。

きっかけは、コロナ禍での経営不振です。人生で初めて経営した「いごっそー 高知家」は大阪市都島区にあるんですが、大阪で初めてのコロナ感染者が出たのが都島区でした。そのタイミングで有名人もなくなり脅威が増した。

その話があっという間にこのあたりで広まってしまって、お店の周りにまったく人が寄り付かなくなってしまったんです。

もともと住宅街のような場所ですし、新型コロナウイルスが「脅威」として騒がれていた時期でもあったので、当時は本当に閑散としていましたね。

——そこからなぜ動画を投稿するように?

「もう店を畳んで、高知に帰るしかない」と考えていたとき、周りの人たちに「だし巻き卵を作る姿をSNSに投稿してみなよ」と言われたんです。以前から、知人やお客さんによくだし巻き卵を褒められていたので、藁にもすがる思いで動画を投稿しました。

すると、どんどん動画の再生数は伸びていって、特にTikTokでは3件目の投稿で500万再生を超えました。ずっとスマホの通知が鳴り止まなくて、「これが“バズる”ということか」と思いましたね。

 ――反響が大きかったんですね。その後、経営にも影響が?

いえ、動画がバズったからといって、経営が上向きになるわけではありません。ただ、ちょうど動画を始めたくらいから、助成金など国からの補助が始まったんです。これが、僕にとって分岐点となりました。

大手飲食店チェーンなどは、コロナ禍で赤字を減らそうと出店の様子を見ていたこともあり、ふだんでは出てこないような空き物件が多く見つかって。

一方で僕は、パンデミックが収束したときにチャンスをつかむために、助成金などを頼りにしながら新店舗を5店舗出店し、種をまいておきました。それが、最近ようやく芽を出したという感じです。

だし巻きを求めて大勢のインフルエンサーが来店するように

——そもそも、なぜ飲食業界で働くことを選んだのでしょうか? 

高校までは、地元で甲子園を目指す野球少年でした。高3のときに甲子園の夢に破れたあと、親に恩返しがしたくて、初任給がいいところに就職することにしたんです。

それが、大手飲食チェーンを運営する会社でした。

その後、就職と同時に大阪へ引っ越したのですが、19歳で入社した最初の会社は、21歳のときに辞めて。次にアルバイトで勤めさせてもらった居酒屋「鳥と豚と器 がっちゃん」が、僕の料理人としての人生に大きな影響を与えてくれました。

——どういった点で?

そのお店は閉店してしまったのですが、看板メニューだった「鶏がらスープでだし巻き」に、とても感動したんです。味はもちろん、食感や見た目……すべてが魅力的で、どうしても自分でも作れるようになりたくて、毎日練習しましたね。

店長がとにかくいい人で、「どれだけ卵を使って練習してもいい。その代わり、作ったものは全部食え」と言ってくれて。営業後に、他の従業員に付き合ってもらいながら、1日20~30本作って、それをみんなで食べるという生活を送っていました。

最初の2週間は、冗談抜きで卵しか食べていませんでしたね。気がつけば、営業後の練習だけで2週間で1000個以上の卵を使っていました(笑)。

——その後、ご自身のお店を持ったのでしょうか?

その居酒屋を辞めたあと、別の飲食経営の会社を経てから、「いごっそー 高知家」を開店しました。 “いごっそー”というのは、土佐弁で「頑固で気骨のある男性」という意味です。

“高知家”は、高知県と高知県地産外商公社が実施する、高知県の振興キャンペーンのこと。いわば「高知県公式」といったニュアンスですね。ちゃんと高知県に申請して、使用許可をもらっています。

この店では、県を代表する「かつおのたたき」などをウリにしているのですが、常連さんには「だし巻き卵が絶品で、知る人ぞ知るメニュー」と言ってもらえているみたいです。

——SNSなどで動画がバズってから、お店やご自身に変化はありましたか?

めちゃくちゃ変わりましたよ。それこそ、だし巻き卵を食べるためだけに予約してくれる方もいますし、北新地にある超有名な高級鮨店の大将が、わざわざだし巻きを食べに来てくれたこともあります。

あと、お店ではチャンネル登録者数45万人のYouTuber「カモミールチャンネル」が監修した塩を販売しているのですが、コラボ企画として店でその塩を使っただし巻き定食を提供したところ、450人以上のお客さんが来てくれました。店の前に200m弱の行列ができて、町中で「何事か」と騒ぎになったほどです。

それに、インフルエンサーの方が大勢お店に来てくれるようになりました。プライベートなので名前は控えさせてもらいますが、みんなの総フォロワー数を合わせると、1億人はくだらないと思います。

だし巻きを作るコツ「特殊なレシピを使っているわけじゃない」

——だし巻き卵を上手につくる極意を教えてください。

一番重要なのは、火加減ですね。

火の強さ、火と鍋の距離……もうこれは、繰り返し練習して、卵が固まってくる火の強さを感覚で覚えるしかないです。逆に、火入れの感覚さえ身体に染み込めば、他の料理にも応用できると思います。

次は、卵の性質を理解すること。卵って、発注ごとに必ず個体差があるんです。黄身と白身の比率によって、だし巻きの“濃さ”が変わります。黄身が多いと、味が濃いだし巻きになりますし、白身が多いと、ふっくら仕上げやすくなる。

あと、だし巻きでは出汁を包むように巻くことが重要なのですが、白身が多いと、たっぷり出汁を入れて巻くことができます。

あと、鍋に一滴でも水や出汁が付いたらアウト。一瞬でも水や出汁が鍋に触れると、そこから2~3回くらい油をなじませ直さないと、鍋がよい状態に戻りません。だからこそ、出汁は必ず包み込むように巻いていく必要があります。

逆に、油がちゃんと馴染んでさえいれば、鍋なんてなんでもいいんです。100円ショップのものでも、ちゃんと作れます。

飲食店のように、1日に何度も繰り返し作るなら、「錫銅鍋」がいいと思いますけどね。

——そのほかにもポイントがあるんですか?

いや、もうホンマにこれだけです。特殊なレシピを使っているわけじゃない。でも、これをひたすら身体と感覚で覚える。そうすることで、艶があってシワがない、箸を入れた瞬間にハンバーグから肉汁がこぼれるかのように出汁が溢れ出す、僕のようなだし巻き卵が作れるようになります。

とはいえ、僕のだし巻き卵は、簡単には真似できないだろうという自信もあります。似たようなものなら作れると思いますけどね。

——だし巻き兄さんにとって、だし巻き卵とは?

うーん……「すべての日本料理の基礎」ですかね。鍋の使い方、卵の性質を理解すること、火加減……こういったことって、すべての料理に共通していると思っています。

それに、日本食の魅力でもある“出汁”が包み込まれている。だから、だし巻き卵は日本が胸を張って誇れる料理だと思います。

——今後の活動において、目的や目標はあるのでしょうか?

現在はYouTubeでも動画を投稿していますが、これからはもっと世界に向けて発信していきたいと思っています。

日本食は世界的にも評価されていると思うんですが、作ることは日本人にしかできないんじゃないかと僕は思っているんです。

それに、「だし巻きのポイントを教えてほしい」というコメントもたくさん届いているので、今後は講習会の開催も予定しています。一般の方はもちろん、プロにも教える場を作って、日本の料理全体のレベルを底上げしていきたいですね。

あと、だし巻き卵って、居酒屋の定番メニューじゃないですか。最近、「鳥貴族」が韓国で行列ができるほど人気だと聞いたんですが、僕もだし巻きを通じて、世界に居酒屋文化を広めていきたい。そのときは、“技術にこだわる居酒屋”がいいですね。

——それはなぜでしょう?

近年、“居酒屋のファストフード化”が進んでいると感じていて。もちろん、海外でも気軽に出店できるのは悪いことではありません。でも、せっかくなら日本の技術と一緒に居酒屋文化を届けたい。

そのための“技術を底上げする教育の場”を作りたいと思っています。まさに「だし巻きを世界へ」という信念で、今後はもっと積極的に活動していきたいですね。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班  

編集部おすすめ