カスハラ防止条例「夏祭りがうるさい」で認定対象に!? ユーチューバーによる“警察官の職務質問撮影”は?…東京都の担当者に聞いたカスハラ認定の範囲
カスハラ防止条例「夏祭りがうるさい」で認定対象に!? ユーチューバーによる“警察官の職務質問撮影”は?…東京都の担当者に聞いたカスハラ認定の範囲

4月27日に集英社オンラインでも取り上げた、いわゆる「カスハラ防止条例」の施行から1ヶ月以上が過ぎた。この条例では、カスタマーハラスメントに該当する行為や「就業者」の定義が示されているが、ガイドラインをよく読むと、一見「就業者」とは思えない立場の人々も対象に含まれている。

いったい、こうした人々はどのような被害を想定して記載されたのか。担当部署を訪ねて話を聞くと、そこには予想外の回答があった。 

社員や店員だけじゃない! PTA、自治会役員、議員もカスハラ対象に

今年4月から東京都・北海道・群馬県・三重県桑名市など、全国複数の自治体で施行開始された「カスハラ防止条例」。

制定がもっとも早かったのは東京都で、昨年10月4日に条例を制定し、12月25日には『カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)』も公開。

このガイドラインでは、カスハラに該当する行為の例や、顧客・就業者の定義などが紹介されている。なかでも注目すべきは、保護の対象となる「就業者」の範囲だ。

定義によると、「就業者」とは〈労働者だけでなく、有償・無償を問わず業務を行うすべての者〉を指すという。具体例として、企業の従業員や公的機関の職員のほか、PTA役員や自治会役員、議員、家族従事者などが挙げられている。

カスハラといえば、従業員と客とのトラブルというイメージが一般的だ。しかし、こうした多様な「就業者」が保護対象に含まれることからも、条例が想定する範囲の広さがうかがえる。

なかでも自治会やPTAといった組織は、「客」に相当する存在や、カスハラに該当する行為がイメージしづらいと感じる人も多いのではないだろうか。

そこで、「カスハラ防止条例」の担当部署である東京都産業労働局・雇用就業部労働環境課に、直接話を聞くことにした。まず話を聞いたのは、自治会役員に関するケースである。

自治会といえば、近年では加入拒否やゴミ捨て場の使用制限など、住民間のトラブルがたびたび話題になっている。2020年には、自治会への非加入を理由にゴミ捨て場の利用を禁止された夫婦が、損害賠償とゴミ捨て場利用権の確認を求めて自治会を訴え、審理は最高裁にまで発展。

ガイドラインでも〈自治会などの地域住民の有志で、防犯や清掃活動等に従事する人〉は「就業者」に含まれるとされているが、 ゴミ出しに関するトラブルについては、「就業者」に該当する人物が関与していないため、カスハラには分類されないそうだ。

「条例は〈就業者の安全および健康の確保〉などを目的としており 、ガイドラインでは『就業者』を『有償・無償を問わず業務を行うすべての者』を指すと しています。

この『業務』に該当するのは、事業者の事業に関連して行われる経済的な活動又は社会的な活動における行為を意味し、社会的な活動の例として『地域社会を支える活動』や『伝統芸能・工芸技術の伝承』、『生活の支援・子育て支援』などが 挙げられています。一方で、『家庭生活上の活動』は含まれません。

そのため、ご指摘のようなゴミ出しに関するやりとりは、業務ではなく家庭生活上の活動と考えられる ため、『就業者』には当たらないと私たちは整理しています」(東京都産業労働局雇用就業部労働環境課・担当者、以下同)

証拠のために職務質問を撮影したらカスハラ?

では、自治会役員がカスハラに遭うケースとしては、どのような状況が想定されているのだろうか。

「想定されるのは、例えば、自治会などの地域住民有志が見回りやゴミ拾いといった活動を行なっている際に、近隣住民から著しい迷惑行為に当たるような行為を受けるケースです。

また、ガイドラインでは〈地域の伝統文化の伝承活動に従事する人〉も就業者の例として示しており、たとえば夏祭りやお神輿、餅つき大会などで著しい迷惑行為に該当するような言動があれば、カスハラにあたる可能性があります。

さらに、地域活動の一環として『生活の支援』にあたる生活困窮者への訪問を行う巡回相談員も、就業者に該当するとされています。こちらも、業務中に著しい迷惑行為を受けた場合は、カスハラとして扱われる可能性があるでしょう」

続いて話を聞いたのは、「公的機関職員」の欄に記載されている警察官や消防職員について。緊急対応とはいえ、パトカーや消防車が自宅の前に停まることで市民が不便を感じることもあるだろう。こうした場面でクレームを入れた場合、それはカスハラと見なされてしまうのだろうか。

「たとえば『ここに停めるな!』と一度伝えただけで、必ずしもすぐにカスハラと判断されるわけではありません。その場所が私有地であり、正当な申し出である場合も考えられますので、あくまで状況次第です。

ただ、最近よく耳にするケースとして、職務質問の際に警察官への暴言・暴力や無断で撮影してSNS等で公開する行為があり 、カスハラに該当する可能性があります」

次に尋ねたのは、プライベートな時間にも業務が入り込みやすい「家族従事者」や「家内労働者」についてである。

「家族従事者とは、たとえば個人商店で家族が手伝っているようなケースを指します。 一方、家内労働者は『家内労働法』に基づき、自宅を作業場として業務を行なっている方です。

これらの方々は、たとえ労働時間外であっても、業務に関して不当な要求や著しい迷惑行為を受けた場合には、カスハラとして扱われる可能性があります」

結局はケースバイケース? 罰則規定なしと曖昧さの理由

最後に、そもそもなぜ条例に罰則がないのか、という点について尋ねてみた。

土下座の強要や店員を威圧するというカスハラの典型的行為は、威力業務妨害、公務執行妨害、強要といった既存の法律でも対応可能なものだ。しかし、この条例が、近年高まるカスハラ対策の必要性を受けて制定・施行されたという背景を考えると、新たに罰則規定を設けるべきとの意見があったことも想像がつく。

これについて、担当者は「社会全体にカスハラをやってはならないという認識を根づかせていく」として、次のように答えた。

「まず、法律や条例に罰則を設ける場合は、『どのような行為が処罰の対象となるか』を明確に定める必要があります。ただ、それは裏を返せば、『定められていない行為はやってもいい』という誤ったメッセージを与えかねません。この点は、条例の検討段階でも議論になりました。

極めて悪質な行為には刑法等が適用されます。

そのため今回は、条例では 罰則を設けず、広く網をかける形を取りました。そのうえで、『何人も、あらゆる場でカスタマーハラスメントをしてはならない』という原則をしっかりと明示したのです。この条例では、社会全体にカスハラをやってはならない という認識を根づかせていくことを、目的のひとつとしています」

「広く網をかける」とはいうものの、前回の取材で客側からは「何か言っただけでカスハラ扱いされるのでは」と、曖昧さに戸惑う声も複数聞かれた。

この点について尋ねると、担当者はこれまでも繰り返し言及してきた“度合い”や“程度”という観点を、あらためて強調して解説してくれた。

「結局のところ、ポイントとしては、顧客などから就業者に対する行為がその業務に関して行われる『著しい迷惑行為』にあたるかどうか、そしてそれによって『就業環境を害するか』どうかが、カスハラに該当するか否かの判断基準になります。

たとえば、写真を撮ってSNSに投稿したからといって、すぐにカスハラと決めつけられるわけではなく、場面や状況によって異なります。

先ほどの例で言えば、お祭りの運営やお御輿を担ぐ人の安全に支障が出るかどうか、人格や尊厳を侵害するほどか、身体的・精神的苦痛を受けて行事の実施に影響が出るか——つまり『そのレベルに達しているのか?』という点が問われるわけです。

企業と顧客の関係も同様です。やりとりのなかで少し大きな声を出したからといって、必ずしも即カスハラとはなりません。社会通念に照らして不相当かどうかという“程度の問題”であり、やはり重要なのは『就業環境を害するかどうか』なのです。

おそらく今後、さまざまなご意見が寄せられると思いますので、私たちとしても運用を進めながら課題を見つけ、必要に応じてブラッシュアップしていければと考えています。

なお、条例の附則第2項にも、社会環境の変化等に応じて見直す旨が規定されています」

この担当者はまた、昨年9月26日に行われた東京都議会・経済公安委員会において、カスハラ防止条例における「就業者」の定義をめぐり、「動画配信者も就業者にあたる」との認識が示されたことを教えてくれた。

動画配信者といえば、あえて非常識な行動に出る“迷惑系ユーチューバー”や、記者会見の場で怒号や自説を繰り返して混乱を招く“迷惑系ジャーナリスト”の存在が問題視されている。もし彼らが“凸配信”などで迷惑行為の応酬を繰り広げた場合は、両者がカスハラ認定される珍事にもなりそうだ。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班 サムネイル/PhotoACより  

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