
人生において自分自身を「特別な存在だ」と思うか、あるいは「普通だ」と思うか。人よりも「特別でなければならない」という考えを持っている人は、常に自分と他者と比較している。
アドラー心理学の第一人者で哲学者の岸見一郎氏が「特別になろうとしないが、同じでもない」生き方を探った新著『「普通」につけるくすり』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
同じでないために特別である必要はない
他の人と同じではありたくない、他の人よりも優れたいと考える人は、子どもの頃から人と競争して生きてきたので、競争することが当たり前すぎて、競争しないで生きることがどんなことか想像すらできないかもしれません。
競争する以上、勝たなければならないと思うと、常に緊張して生きなくてはいけなくなります。
皆と同じでありたくないのはわかりますし、皆と同じであってはいけないことはあります。しかし、「皆と違う=特別である」という意味ではありません。
他の人と同じでないために、他の人と違うことや特別であることをことさらアピールする必要はありません。たしかに、仕事で有能であることは必要で、会社は有能な人を採用するでしょうが、目立つ人が必ずしも有能とは限りません。
アドラーは「自分に価値があると思えるときにだけ、勇気を持てる」と述べています。仕事においても、自分が有能だと思えれば、仕事に取り組む勇気を持つことができるということです。
有能であるためには、仕事に必要な知識やスキルを身につける必要はあります。
しかし、重要なのは本当に有能であることであり、皆と違うこと、特別であることをアピールして自分が有能であると思われようとすることには意味がありません。
他の人から認められるために頑張る必要はない
昔、旅行会社で講演をしたことがあります。その日はたまたまその会社の面接の日でした。
それを見た会社の人が「ああいう人は絶対通らない」と話したのを今でも覚えています。当時の私は、会社としては、言われたことを何の疑問も持たずにする人が必要なのかと思いました。
しかし、そうではなく、皆と違うことにことさら重きを置く人の脆さ、皆と違うことをアピールすることの無意味さを見抜いた上での発言だったのでしょう。
面接のときに奇抜なことをする人は多くないでしょうし、そんなことをしてみても、仕事ができるかどうかを判断することはできません。
面接のときではなくても、仕事で自分が特別でなければならないと思っている人がいるとしたら、その人も特別の服装で面接に臨んだ人と同じです。
仕事ではいい結果を出さなければなりませんが、いい結果を出すためにはただ努力すればいいのであり、他の人から認められるために頑張る必要はないのです。
ここでいういい結果とは、数字で明らかになるような結果だけではありません。数字では明らかにならないような結果を出せる人を大事にしない会社で、会社が要求する「数字で明らかになる仕事」ができないからといって、自分が有能でないことにはなりません。
数字では明らかにならない結果を出していても、正しく評価されていないだけだからです。
特別でなければならないと思い込んでいないか?
「普通」とは、皆と同じことをするという意味ではありません。この人生をどう生きるかということについても、皆と同じである必要はなく、むしろ、同じであってはいけません。
ところが、多くの人は皆と同じような人生を生きようとしています。
そのようになったのは、どんな人生を生きるかあまり深く考えたことがないからです。
ここには、親の影響も大きく関わっています。多くの親は、子どもが特別であってほしいと願い、幼い頃から勉強させます。親から高い理想を押しつけられた子どもは、親の期待に応えようと一生懸命勉強しますが、そのような努力をして生き始めた人生は特別な人生のように見えて、他の多くの人の人生とあまり変わりはありません。
そのように、子どもは親に影響され、親が期待する人生を生きようと思うのですが、それでも、自分で決めたのです。親の言うままに生きることを選べば、自分の人生なのに、自分ではなく親の人生を生きることになります。
親の影響でなくても、他の多くの人を見て自分も同じように生きようと思った人も、自分の人生を生きられなくなります。自分の人生を生きない人などいないと思うかもしれませんが、自分の人生を生きたくない人はいます。端的にいえば、自分の人生なのに自分で責任を取りたくないのです。
そういう人は、親に言われた人生、皆と同じような人生を生きれば、うまくいかなくなったときに自分の責任だと思わずにすむと考えます。
特別であろうとすることも、実のところ、自分で決めたわけではありません。親や周囲からの期待や影響によって、特別でなければならないと思い込んだのです。
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「普通」につけるくすり
岸見 一郎
「馬鹿につける薬はない」という言葉がありますが、
「普通につける薬」というのはあるのでしょうか?
本書は「自分は思っていたより普通かもしれない」「特別でないとしたら受け入れがたい」そんな不安を覚えた、ある青年から寄せられた悩みと向き合う中で生まれました。
「特別でなければいけない」という不安の根底には、常に他者との比較があります。
どうすれば、他者との比較から自由になり、自信を持ち、幸福に生きることができるのか。
本書では、「特別になろうとしないが、同じでもない」生き方を探ります。
人生から緊張を手放す思索を、はじめましょう。
【目次より】
第一章 なぜ特別でなければならないと思うようになったのか
第二章 特別でありたい人の脆い優越感
第三章 普通であることの意味
第四章 劣等感の克服
第五章 自信を持って仕事に取り組む
第六章 ありのままの自分から始める
第七章 自分の人生を生きる