
ゴールデンウィーク(GW)明け、退職代行サービスに多くの依頼が殺到した。その中には新卒社員の姿もあり、“駆け込み寺”状態となっている。
「退職時には自分の言葉で伝えるのが礼儀だ」との意見も根強くある中で、急増する「退職代行」は今後普及していくのか。今年4月に入社をするも1か月で退職代行を利用して退職した20歳の新卒女性に話を聞いた。
入社一週間で早くも転職エージェントへ連絡
退職代行サービス「モームリ」によると、GW明け初日5月7日の退職代行依頼者数は全体で247人、そのうち新卒の数は33人にのぼったという。GW全体の同サービスの利用者数は昨年の数値を大きく上回り、SNSでは以下のように、依頼件数がリアルタイムで公開された。
〈退職代行依頼件数1日の過去最高は4月7日の267件です。
GW明けの本日、現時点(午前8時30分)で既に236件の依頼を頂いてます。
果たして最終着地は何件か...。
本日は従業員総勢50人体制で臨みます。〉
中野さん(仮名)も、入社1か月後のGW明けに退職代行サービスを利用して退職した一人だ。
学生時代、飲食店のホールなど複数のアルバイトを経験していたが、就職活動では特段やりたいことがあるわけでもなく、あまり業界を絞らず面接を受け、なんとなく内定をもらった大手の葬儀社に今年4月入社した。企業側の人々に関わり、選考を進める中で、会社に対して好意的な感情を抱き始めたという。
「業界に興味があったというより、企業の方々であったりとか、同期の内定者だったり、皆さんの人柄が素敵で入社を決めたような感じですね」
入社後も、人間関係には恵まれていて、ブラックな職場ではなかったという。では、なぜ彼女は退職という決断に至ったのだろうか。
「(入社するまでは)実際に葬儀というものに立ち会ったことがなかったのですが、初めて立ち会った時に、めちゃめちゃ感情移入してしまって、精神的に大きく削られるのを感じました。
葬儀の時に、亡くなった方がどんな方だったのかということを司会が読み上げたり、最後のお別れの場でご遺族が涙ながらにお別れしているのを見て、自分も耐えられずにそれに釣られて泣いてしまうことがありました。毎回感情が揺さぶられすぎて、しんどくなって、会社に行きたくないと強く思うようになりました。
研修期間は入社後半年ほどありますが、テストや実技を繰り返してく中で、しんどさだけが残る感じでした。これが続いていくことを考えると厳しいなと思って、そこから転職活動をすぐに始めました」
そんな違和感を抱えると、中野さんはすぐに転職活動へとりかかった。入社1週間後には、早くも転職エージェントでの面談が始まった。
なぜ退職代行サービスを利用したのか
1か月ほど働きながら転職活動をした中野さんは、GW前には別の企業から内定を獲得した。一般的に退職代行サービスを利用する人は「ブラックな職場で圧が強くやめさせてもらえない」といった理由が多いといわれているが、職場の人間関係に恵まれていた彼女は、なぜ自ら退職を申し出ず退職代行を利用したのか。
「やっぱりいちばん大きな理由は、入社してすぐにやめるということを直接言う勇気がなかったというのが正直なところです。あと、やめると伝えた時に、私はあまり気が強いほうではないので、引き止められたりしたらやめられなくなってしまうと思ってしまいました。なので、確実にやめられる方法を取ったんです」
中野さんは5月初旬に退職代行を利用。すんなりと退職手続きは完了し、その後は勤めていた企業と話す機会は一度もなかった。
「やめづらい人にとってはすごく便利なサービスだとは思いますけど、やはり短い期間でもお世話になった方に直接伝えずに簡単にやめれちゃうので、ただただめんどくさかったりとか、やめるほどの理由でなくても突発的な気持ちでやめられたり、よくないところもあるのかなとも思います」
退職代行をめぐっては多くの賛否両論が巻き起っている。「退職代行は悪」「逃げ癖がつく」など、多くの批判もあるが、本当にこのサービスを求めて、次のステップへと押しされた利用者がいることもまた無視できない。
中野さんは自身の経験を通して、「こういう人もいると知ってもらえたらいいな」と退職代行について話す。
「批判している方々が言ってることもごもっともだなって思うんですけど。それは、その方たちの意見で、『私には私の意見がある』と思って割り切っています。立場が違えば見え方も違って、別の考え方があるのは当然ですからね」
退職代行サービスによって前に歩み出す人々の存在
そんな中野さんは5月中旬からすでに別の会社で働き始める予定だという。新卒で入った企業をたった1か月で退職したとあっては、転職活動をする上で不利に働きそうだが、中野さんは正直に前職の業務内容が自分に合わず、「長期的なキャリアとして考えられない」ということを伝えていた。すると、転職活動は思いのほか、スムーズに進んだという。
退職代行サービスに助けられたのは、中野さんだけではない。日々、モームリには、利用した若手社員から以下のような感謝の声が相次いでいるという。
「上司によるパワハラで精神を病み毎日泣いていましたが、自分から辞めたいと言える訳もなく途方に暮れていました。
「会社をやめるときの1つの手段として、退職代行サービスの存在がより多くの方に知られ、利用されることで、常識外のことを強要する企業が減っていくよう祈ります」(男性・介護関連)
「変な企業に勤めてしまって辞められない状況になっても、退職代行サービスがあると思うと心強く、今後も他の企業に挑戦する恐怖心が薄れました」(女性・医療関連)
こうした近年の傾向について、モームリを運営する株式会社アルバトロスの担当者に話を聞いた。
「若手社員による退職代行の利用について、賛否があることは承知しています。依頼者の一方的な自己都合による退職も実際にございます。しかし、「退職代行があるからこそ、恐れずに次のキャリアに挑戦できる」という声があるのも事実です。
キャリアのスタート地点にいる若手にとって、「やめたいのにやめられない」という状況が長引くことは、大きなタイムロスであり、貴重な成長機会を逃す要因にもなり得ます。
そうしたケースにおいて、第三者を介したスムーズな退職は、本人にとっての前向きな一歩であると同時に、結果的に雇用の流動性や人材の最適配置を促進する効果もあると考えています。」(株式会社アルバトロス・担当者)
退職代行という選択は、労働者のための新たなる権利として確立されていくのだろうか。問われているのは退職代行の是非ではなく、離れる権利を認めた上での働きたくなる職場づくりなのではないだろうか。
取材・文/集英社オンライン編集部