
介護報酬にまつわる不正は、歯科分野にも及んでいる。2024年10月には兵庫県西宮市の歯科医院が約3600万円の介護報酬を不正に受け取っていたと報道されたが、これは氷山の一角。
甚野博則著『ルポ 介護大崩壊』から抜粋・再構成して、そのリアルな実態をレポートする。
「訪問歯科」の不正実態
「介護をめぐる不正で、これまであまり注目されてきていない問題もあります。それが、介護施設に出向いて行う訪問歯科です。この訪問歯科の不正は、実態としてかなり多く行われているはずです」
そう語るのは中部地方で働く歯科衛生士の杉山博子さん(仮名)だ。
訪問歯科をめぐる不正で最近注目されたのが、2024年10月に兵庫県西宮市の医療法人社団の歯科医院が介護報酬を不正に受け取っていたとの報道だ。この医院が運営する介護事業所は、通院が困難な要介護者や要支援者の自宅を訪問し、歯磨き指導や口腔内の健康状態を助言する介護保険サービスを行っていた。
介護保険法では、歯科医師による訪問は月に2回、歯科衛生士は月に4回までと規定されているが、市の調査によると、2022年9月から24年3月にかけて、実際には歯科医師が訪問していないにもかかわらず、歯科衛生士の訪問回数に合わせて月2回の指導がされたかのように虚偽の報告が行われていたのである。不正請求は約9600件にのぼり、総額で約3600万円の介護報酬が不正に受給されていたという。
こうした事態に同医療法人は、ホームページで謝罪文を掲載。訪問診療における介護報酬の請求に関して誤った認識を持っていたことが不正受給の原因であると釈明し、市の監査によりその事実が明らかになったと説明している。
だが、こうした歯科医院による不正は水面下で多く行われている実態があると杉山さんは言う。
日本の歯科医院は、倒産や廃業が相次いでいるのが現状だ。
2023年通年の件数(104件)と比較しても記録的なペースで歯科医院が減っている。歯科医の高齢化に加え、歯科衛生士等の人材不足、物価高騰に伴う歯科用材料費等の値上げによって、収益確保が厳しい状況になっているという。
そうした状況に置かれた歯科業界のなかで、彼女が勤務しているのは、介護施設をメインとした訪問歯科だ。
「訪問歯科の現場は患者の口腔ケアよりも利益を優先しているケースが多い」
杉山さんは言う。一体どういうことか。彼女は一枚のメモを差し出しながらこう続けた。
悪徳コーディネーターが暗躍
「これは介護施設に訪問診療に行ったとき、どの患者さんに、どんな診療を行ったかを一覧にしたものです。患者さんごとに対応した時間が記されていますが、このリストをもとにレセプト屋さんと呼ばれる担当者が診療報酬の請求手続きを行います。しかし、このリストの内容は事実とは全く違うんです」
メモにはこうある。例えばAさんに朝9時から9時20分まで口腔ケアを行ったと記されている。次の患者Bさんには、9時23分から9時43分まで同じく口腔ケアを行ったとある。リストには20名ほどの名前が記されていたが、衛生士による口腔ケアや歯科医による治療を各人20分行い、次の患者を診るまでに各3分間隔で記されていた。
「まず、一人の患者さんを20分診るというケースは非常に少ないです。なかには5分も診ればいいほうという方もいらっしゃる。しかし全員20分診たことにする。それは診療報酬を不正に得るためです」
2024年度に歯科の診療報酬制度が改定されたものの、それまでは「20分ルール」といったものが存在しており、20分以上患者を診た場合、より多くの診療報酬を得ることがでた。そのため、つい最近まで診療時間を偽装していたというわけだ。
「高齢者施設に訪問する際は、歯科医と衛生士、コーディネーターの3人で回ることが多いです。コーディネーターは、車の運転や事務関係を行う助手というイメージですが、以前私がいた病院ではコーディネーターが歯科医よりも偉そうにしていました。とにかく利益を多く出すため、コーディネーターが事前にリストを作成し、『次は、この人に行ってください』『この人は、診なくていいです』などと指示を出す。歯科医や衛生士は患者さんのためにと思っていても、そのコーディネーターは少しでも利益を多く出すことに職業的な生きがいを感じていたのでしょう。とんでもない数の人数を診るよう指示を出し、私たちはそれに従っていました」
杉山さんは続ける。
「リストにあるように、次の患者さんまでの間隔が3分というのもあり得ないです。とくに高齢者のリハビリ施設などに行く場合は、患者さんがリハビリ中だったりするため順番どおりに診られません。
訪問歯科は、「外来に比べて加算点数が高く、経費率も低い」と杉山さんは言う。つまり、やり方次第では儲かるというわけだ。ただし、さまざまな決まりがある。例えば、利用者は訪問歯科診療所から半径16キロ以内の自宅や施設に限られ、その距離を超えると保険適用外になるなどのルールがあるそうだ。しかし、そうしたルールの盲点をついた運用が行われていると明かした。
「16キロを超えた老人ホームに訪問診療するため、16キロの外に新たな歯科医院をつくって、そこを拠点にして訪問診療をしている病院もあります。例えば歯科医院を作って医師を一人常駐させ、ホワイトニングくらいしかやらない。儲からなくてもいいんです。16キロの範囲を広げることが目的だからです。なかには、アパートの一室に、使えるかどうかもわからないような診察台を置いて、形だけ歯科医院を開設しているかのように見せている。ほとんど患者は来ないため、スタッフの親族を診たことにしてカルテを偽造している医院があると聞いたこともあります」
歯科スタッフは介護施設職員の言いなりに
こうした不正の他にも、訪問歯科には別の問題があると話すのは都内の訪問歯科で働く武田信子さん(仮名)だ。彼女も歯科衛生士として働いている。
「訪問歯科医院に高齢者施設を仲介する業者というのがいます。表向きはコンサルタントですが、高齢者施設と訪問歯科医をマッチングさせ、高齢者1名につきいくらという形で、歯科医から紹介料をとっている。高齢者施設では入居者の入れ替わりもありますから、そのたびに紹介料をとる。施設側は利用者に対して、提携している歯科医がいますと言って、紹介を行う。
高齢者施設には通常、2つくらい提携している歯科医がいますが、仲介業者が紹介した訪問歯科医を入居者に勧めるんです。本来、入居者にはどこで受診するかの選択肢があるはずです。しかし、施設側は入居者に対して、『こちらの歯科医のほうが、評判がいいですよ』とか『こちらの歯科医のほうがうちの入居者がよく利用していますよ』といった具合に特定の歯科医を選ばせるよう誘導しています。仲介業者から紹介された歯科医を選んでもらったほうが、融通が利くからです」
武田さんは、かつて現場でこんな経験をしている。
「施設職員の態度が横柄でも、お得意様ですから彼らの言いなりになっています。例えば車椅子の方を洗面台まで移動させて口腔ケアを行うとき、施設の職員が『やっておいて』と言うんです。本来私たちが利用者の方を介助することはできません。なかには車椅子の操作に慣れていない歯科医や衛生士もいます。
先の杉山さんも、施設との間でこんなトラブルがあったと打ち明ける。
「訪問診療の数日後、施設の方からものすごい剣幕で電話があり、『入居者さんの入れ歯がない』と言うのです。認知症だったようですが、その方が『歯科医が入れ歯を持っていった』と言っているそうなんですね。だけど、私たちが入れ歯を持ち帰るはずもありません。そう職員に説明しても、『全額、そちらの費用で新しく作って』と言われたこともありました。こうした入れ歯の紛失トラブルはよくあります。結局、引き出しの中で発見されたなんてこともありました」
武田さんの話によれば、訪問歯科医はとにかく数をこなすことで利益が出るといい、朝から晩まで一つの高齢者施設の入居者を診ることで稼げる仕組みだという。「歯科治療を積極的に受けたがらない方もいれば、そもそも治療の必要がない方もいます。言い方は悪いですが、そうした高齢者にも、『口腔ケアは受けたほうがいい』と施設が利用を仕向けてくれます。だから訪問歯科医側にとって施設には頭が上がらないという側面もあると思います」
もちろんルールを守り、志を持った訪問歯科医が多いのは言うまでもない。だが、彼女たちが証言したように、高齢者施設と訪問歯科医、仲介業者が、まるで高齢者を食い物にしているような例があることもまた事実である。
文/甚野博則
『介護大崩壊』(宝島社新書)
甚野博則
「団塊の世代」必読! 知っておかないと「地獄」を見る、介護保険と介護現場のリアル。
絶望的な人手不足、高齢化する介護職員、虐待を放置する悪徳施設、介護保険と介護ビジネスを食い物にする輩――「団塊の世代」が全員75歳以上になる2025年は、「介護崩壊元年」とされるが、現場ではすでに崩壊は始まっている。介護する側も、される側も「地獄」状態なのが今の日本の介護システムである。大手メディアが報じないタブーな現場を徹底レポートする。