
任天堂の次世代ゲーム機「Nintendo Switch 2(以下、スイッチ2)」が、6月5日に発売された。ただ、発売日当日に同機を手にすることができたのは、事前に行なわれていた抽選販売の当選者のみ。
今後は、在庫が確保されれば、小売店での店頭販売も行なわれるはずだが、SNSなどで落選組の嘆きの声を見る限り、需給は依然として極度に逼迫していることがうかがえる。
そんななか、入手のメドはないものの一刻も早くスイッチ2をプレイしたい人々にとって、「悪魔の囁き」となっているのが、ネット上に多数出品されている転売品の存在だ。
任天堂による異例の転売対策
任天堂はスイッチ2の発売を前に、積極的な転売対策を講じてきた。
国内市場には、本体の言語設定を日本語のみとし、「国/地域」を「日本」に設定しているニンテンドーアカウントとのみ連携できる「日本語・国内専用版」と、16言語に対応し、ニンテンドーアカウントの「国/地域」の設定にしばりのない「多言語対応版」の2つを投入。
前者は後者よりも2万円安い価格設定としながらも、海外で使いにくくすることで、越境転売による国外流出を防止する構えだ。
また、発売日までに3回行なわれた公式ストアによる抽選販売では、「2025年2月28日23時59分時点で、Nintendo Switchソフトのプレイ時間が50時間以上であること」という応募条件を課し、同一人物による多重応募を阻んだ。
さらに賞賛を浴びたのは、任天堂がメルカリやYahoo!オークションおよびYahoo!フリマ、楽天ラクマといったCtoCプラットフォームの運営者から、スイッチ2の「不正出品」の防止に関する合意を取り付けたと発表したことだ。
不正出品の定義は明確にされていないが、これは転売行為が想定されているとみられ、「能動的な出品削除対応のほか、情報共有を含む連携体制の構築などの対策」(任天堂)としている。
なおも跋扈(ばっこ)する転売ヤー
しかし、それでも任天堂は、スイッチ2の転売を封じることはできなかった。
グーグルで「スイッチ2」と検索すれば定価の2倍ほどで出品されている転売品と思しき商品が多数ヒットする。
そしてその多くは、任天堂が不正出品防止に関して合意した楽天ラクマと同じグループの楽天市場や、Yahoo!オークションと同じYahoo!ショッピングに開設されたオンラインストアで売られているものだ。
不正出品の防止に関する合意は、現時点では、これらのBtoCプラットフォームとは結ばれていないことになる。
さらに、XをはじめとするSNS上でも「スイッチ2お譲りします」という投稿が散見される。そうした投稿の多くは、取引手段として手渡しのほか、メルカリなどのCtoCプラットフォームを経由する方法が指定されている。
SNS上であらかじめマッチングした購入希望者にだけ判別できるよう、別の商品名で出品してしまえば、任天堂と合意した不正出品対策を掻いくぐれるというわけだ。
転売ヤー優遇となった抽選販売
しかし、そもそもこうした転売品は、任天堂による積極的な転売対策を、どのようにすり抜けて調達されたのだろうか。
発売日前には、任天堂の公式ストア以外の複数の販売チャネルでも、抽選販売が行なわれていた。無論、各販売チャネルも、それぞれの抽選販売に独自の応募条件を設け、転売対策を講じている。
例えばビックカメラでは、「提携クレジットカード会員であること、かつ2023年4月1日から2025年3月31日までの間に合計30,000円以上の購入歴があること」(第1回抽選時)、エディオンは「エディオンカード会員または期間中の新規会員登録が必要」、ジョーシンは「ジョーシンカード会員または上級会員であること」などだ。
筆者は、このように、それぞれの販売チャネルが独自の条件下で抽選販売を行なったことは、転売対策としては悪手だったと見ている。
つまり、多くの販売チャネルは、普段から店舗を利用する「得意客」を優先する抽選販売を行なったわけだが、皮肉なことに常習的転売ヤーの多くも、家電チェーンやオンラインストアの得意客なのだ。
しかも彼らは、知人や家族の名義を使って複数の会員アカウントを開設し、それぞれで購入履歴を積み上げている。転売市場で高値がつくような特定商品ばかりを購入していると、転売ヤーと認定されて「出禁」とされるリスクがあるからだ。
つまり、一人の常習的転売ヤーにつき、それぞれの小売業者による抽選販売で2、3口、合計10口20口と多重応募をすることができる。
一方で、複数の家電量販店チェーンの提携クレジットカード会員や上級会員になっている一般消費者は限られる。ここで転売ヤーと一般消費者の「機会の不均等」が発生し、抽選販売から転売市場に流れる在庫の割合が、結果として高まってしまったのだ。
CtoCからの転売ヤー排除は得策なのか
もうひとつ、筆者が注目しているのは、各CtoCプラットフォームとの合意による不正出品の防止が、転売市場にどのような影響を与えるのかという点だ。
誰でも転売を行なうことができるCtoCプラットフォームが、問題の温床になっていることについては異論はない。
しかし、誰でも転売ができるという状況は、同時に転売市場の自由競争を促し、価格の釣り上げなどを困難にしてきたことも事実だ。
ところが、CtoCプラットフォームから転売ヤーが締め出されれば、前述のとおりBtoCプラットフォームのオンラインストアほか、独自の販路を持っている者のみが、転売可能になる。
プレイヤーが限られれば、転売市場の競争は不完全になり、スイッチ2の価格の釣り上げが容易になる可能性もある。
例えば、CtoCプラットフォームで不正出品対策が強化されたことによって販路を失った個人転売ヤーから、独自の販路を持つ業者がスイッチ2を買い取り、3倍、4倍の価格で転売するというケースも想定されるのではないだろうか。
CtoCプラットフォームから転売ヤーを締め出すのであれば、同時にBtoCによる転売行為に対しても策を講じなければ片手落ちであり、転売問題の根本解決には至らないと筆者は思うのだ。
今から30年ほど前、注目の転売品といえばナイキのエアマックスだった。
しかし、CtoCプラットフォームが現在ほど普及していなかった当時、独自の販路を持つ限られた集団によって買い占めと転売が行なわれており、彼らは互いにカルテルを結んで価格を釣り上げた。そうしたなか、定価1万円台の商品が、20万円以上の価格で転売されていたモデルもある。
BtoCによる転売を放置したままでのCtoC転売規制は、そうした時代に逆戻りすることに繋がりかねないのではないだろうか。
一方で、結果はどうなるにせよ、任天堂の転売ヤーとの対決姿勢に世間の賞賛が集まっていること自体は、社会として良いことだ。今後、転売ヤーに無策な販売者は、今回の任天堂の対応と比較され、顧客の支持を失っていくリスクに晒されることになるだろう。
文/奥窪優木 写真/Shutterstock