
円安が続く中、日本経済の「実態」と「統計」の乖離がかつてないほど顕著になっている──そう指摘するのは名物投資家・木戸次郎氏だ。法人税収の過去最高更新や一部輸出企業の好業績の裏で、倒産件数の急増や生活苦に国民はあえいでいる。
日本が不況であると感じられない人たち
さて、このコラムを読んでいる方で現在、日本の景気が良いと感じている方はどれくらいいるのだろうか?
日本の全労働者数は4794万人いて、そのうち資本金3億円以上、従業員数1000人以上で定義される大企業の労働者数は1433万人いる。その中で円安による恩恵を受けている輸出企業での労働者数は336万人。
また、先般、基礎利益が業界初の1兆円超で話題になった日本生命をはじめとして、軒並み好調だった大手保険各社などは投資・運用による株高・円安の恩恵を受けていたのだが、これらの金融、保険業の就業者数は160万人、そのうちメガバンク、大手損保、大手生保などの大手金融機関が30万人と、ここまでのゾーンには入っている人は間違いなく勝ち組だといえるであろう。
このゾーンの人たちには日本が不況であるという実感もなければ、物価高騰でどれだけ世間が騒いでいても対岸の火事でもはや他人事のような感覚なのかもしれない。
しかし、日本においては中小・零細企業の労働者が全体の約7割の3310万人を占めていて、そのうちの約21%、697万人は円安で恩恵が得られる輸出関連企業の労働者がいるのだが、それを除く約2613万人は恩恵を受けられていない。
さらに役員を除いたパートタイマーや契約社員、派遣社員、嘱託など非正規労働者の合計が2216万人、年金受給者も3978万人いるので、これらを合計すると約8807万人となる。
日本の人口は概算で1.2億人と言われているから、そのうちの約8割が不景気と感じていれば、間違いなく不況状態であるといえるはずだ。
ただ、メカニズム上、輸出企業にとっては円安が進めば進むほど、海外での売上を円換算した際に収益が増加することとなる。収益が増加すれば、企業の業績が向上し、課税所得が増加。そうなると結果的に法人税収が増加するという仕組みだ。
不況にあえぐ8割の負け組と2割の勝ち組グループ
これらの要因が連鎖的に作用して、税収全体の増加につながっているのだ。実際に2023年度の国の一般会計税収は72兆761億円となり、前年度を約9千億円も上回り、過去最高を更新している。
特に、この時は年初から11月にかけて歴史的な円安が進行したことで、輸出企業の業績が大幅に膨らみ、法人税が前年度より約9千億円多い15兆8606億円となった。 実はこの伸び幅は資産バブル経済全盛期だった1991年度(16兆5951億円)に近づく水準になっているのだ。
わかりやすく言えば、不況にあえぐ8割の負け組を後目に、2割の勝ち組グループはバブル経済さながらの好景気に沸いていたということだ。
もちろん、官僚や政治家もこの2割の勝ち組サイドにいて、実際に法人税収自体は過去最高を記録しているのだから、表面の字面だけで判断すれば、実態経済の痛みなどは感じないのだろう。それが日銀や政府と一般庶民の感覚のズレを生んでいる原因なのだと思う。
人件費を上げることなど到底できなくなる
特に中小企業や飲食関連は原材料やエネルギーコストの上昇がダイレクトに響き、価格転嫁が難しく収益が圧迫されている。更に価格転嫁ができずに収益を圧迫するから人件費も上げることができない。
激しい物価高の中でも無い袖は振れないので人件費を上げることなど到底できなくなる。そうなれば、悪循環で慢性的な人手不足となる。特に人手不足については飲食などのサービス業や運輸業で深刻化しており、業務の効率化が進まず、倒産リスクが高まっているのだ。
このほか、コロナ支援で実施された実質無利子・無担保の融資のいわゆる「ゼロゼロ融資」返済負担により資金繰りが悪化していることもあげられるが、原因はもはや「コロナ」ではなく「円安放置」なのだということは誰もがわかっているはずだ。
そもそも現在の慢性的な円安状態の原因は「日米金利差」によるところに尽きる。昨年、日銀は金融政策転換したが、昨年7月の決定会合で何の前触れもなく8年2カ月ぶりに政策金利を0.25%に引き上げたことで一気にキャリートレードの巻き戻しによる円買いが進み、株価が1日で4451円も急落して「令和のブラックマンデー」と呼ばれた事案がトラウマになっているのではないか。
日銀総裁も委員を務めるメンバーも名誉職に近い学者先生
だいたい日銀が金融政策の指針や方針を前もって周知しておけば、そうした大きな混乱は起きなかったはずだ。しかし、日銀総裁も委員を務めるメンバーも名誉職に近い学者先生が多く占めているので、今さら大きなリスクなどとりたがらない。
誰も責任を取りたくないものだから、「どっちつかず」で「あやふや」のまま多数決で決めたことが招いた悲惨な結果だと思う。それに彼らは勝ち組2割サイドから日本経済や景気を見ているから日本の深刻な不況などわかるはずもない。
だからトランプ政権の不確実性を理由に今年の1月の決定会合で0.25%から0.5%に引き上げたのを最後に全くの知らん顔を決め込んでいる。もう、4ヶ月以上も見て見ぬふりをしているのだ。
その間にも円安放置によって息絶えていく倒産企業はどんどん増加している。日銀が政策金利利上げを見送る度に一時的に1ドル=2~3円の円安に傾く。その後、1ヶ月ほどで元値にもどるものの、決定会合が終わると再び2~3円の円安に傾くということを繰り返している。
子育てする余裕もなく、少子化はどんどん進む
だから何も解決しないどころか、格差がどんどん広がり、家計は容赦のない物価高に晒されている。
実際に2023年 国民生活基礎調査によると年収300万円未満の給与所得者は全体の約36%も占めている。つまり、約3割の世帯は厳しい物価高に晒され、「働けど働けど我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る」という石川啄木の短歌のような労働の報われなさと貧困の現実に直面している生活苦状態なのだ。無論、このような状況下では子育てする余裕もなく、少子化はどんどん進む。
さらにこういう層が増えれば増えるほど、時代は荒んでいき、闇バイトや強盗、詐欺など犯罪は激増し治安は確実に悪化していく。
物価についても歴史的に円安が進んだ2023年にはバブル経済崩壊以降で最多の食品が32396品目も値上げされ、平均の値上げ率も15%となった。2024年も引き続き12520品目が値上げされ、平均値上げ率は17%となった。
2025年に入っても1~4月までで既に6121品目が値上げされ、確実に昨年を上回るペースとなっている。平均値上げ率も18%となり、年々、値上げ率が上昇しているのも気になる。
海外旅行に行けない日本人
こう考えれば、円安是正にも「利上げ」がもっとも直接的かつ強力な解消策だということは誰でもわかる。
日本はほんの2割のバブル経済さながらの勝ち組のために「円安」放置を容認し続けた結果、「円安」がいつのまにか「円弱」を招き、国際競争力を低下させてしまった。今や日本の不動産、株式をはじめとして、ありとあらゆるものが「ディスカウント」の安売り国となってしまったばかりか、日本人そのものが確実に貧しくなってしまった。
現在、パスポートを所持している日本人は17%に過ぎない。裏を返せば、83%の人には海外旅行に行くなど無理だ、もしくは無用だということだ。
20年ほど前に仕事の関係でインドネシアやタイ、ベトナム、中国などを訪れていたが、あの頃は日本人海外旅行者が実に多かった。皆がハワイなど世界中を旅してハイブランド品を買い漁っていた。それだけ、円が高かったせいもあって多くの日本人が豊かであったと言える。
外圧でしか動けない日本の中央銀行は情けない
そして東南アジアやアジアの国に滞在するたびに日本の豊かさと、それらの国の貧しさと格差を実感していた。
さて、問題言動連発のトランプ大統領だが、就任以来、一貫してFRBに対し利下げをするようにプレッシャーをかけている。一見、滅茶苦茶なようにも思えるが、減税も相互関税も一応は公約を果たし、相互関税の悪影響が出る前に各国とのディールを進めて、減税は実現するなど巧妙な一面はうかがえる。
トランプ大統領の大きな支持層には農業従事者が多く、日本に米国製のコーンや大豆などの穀類、牛肉、さらには米国製の自動車や武器、兵器を沢山買ってもらうためにも貿易交渉で最終的には円高にするような外圧をかけてくるのは必至だろうと思う。
現状は相互関税発動など不確実性要因でFRBが利下げを見送っているために、事なかれ主義の日銀もこれ幸いに同調している。やがて、外圧によって日銀は金利を上げ始めて段階的に2%程度にまではもっていくとおもうが、外圧でしか動けない日本の中央銀行は情けないとしか言いようがない。忍耐強く我慢を続けている8割の一般庶民が1日も早く報われることを願うばかりだ。
文/木戸次郎