
「最近、記憶力が衰えてきてマズい……」「もう若い人には勝てない」「年を取ったから自分はもう活躍できない」そんなふうに思っている高齢者も多いのではないだろうか。しかし、脳科学者の茂木健一郎氏によると、それは大きな間違いだという。
最新著書『60歳からの脳の使い方』より抜粋・再構成し、解説する。
必要な脳の力は、時代によって変わるもの
記憶力の低下について心配する必要はないと僕が思う理由のひとつ。それは、時代によって、求められる能力は変化するからです。
今の時代において、記憶力の重要性は以前よりも低下していると言えるでしょう。古く人類の歴史を紐解くと、記憶力の優れた人が頭の良い人であるとみなされ、社会的に高い評価を受けることが多かったのは事実です。
その象徴的な例が、中国の「科挙」でしょう。科挙とは、隋から清の時代にかけて約1300年にわたって行われた官吏登用試験のこと。受験者は膨大な儒教の経典を暗記し、それを正確に引用し論述できることが求められたため、優れた記憶力が最も重要な能力とされていました。
日本においても、江戸時代には寺子屋教育が普及しましたが、そこで求められるのは四書五経や百人一首、いろは歌などの暗唱といった「暗記」がメインでした。文字や本しか情報媒体がない時代においては、知識を正確に記憶し伝える能力こそが教養とみなされ、社会的な評価につながったのです。
ですが、インターネット全盛の現代では、手持ちのスマホでGoogleなどの検索エンジンを使えば、知りたいことは瞬時に調べられますし、Wikipediaのようなオンライン百科事典で専門的な情報がすぐに手に入ります。SNSやYahoo!知恵袋に質問を投げかければ、世界中から回答をもらえる便利な時代です。
そのため、人間の脳の「記憶する負担」は大きく軽減されています。
むしろ現代で求められるのは、「どれだけ知識を頭に入れているか」ではなく、「必要な情報にいかに早く正確にたどり着けるか」という能力です。インターネット上に蓄積された情報量は膨大で、どんなに記憶力が良くても、すべてを覚えることは不可能です。
重要なのは、記憶する情報を増やすことよりも、むしろ余計なことを忘れ、脳をスッキリさせること。脳の負荷を減らして、本当に必要な情報やアイデアに集中できる環境を作ることが、これからの時代の新しい頭の良さになるはずです。
その点でいえば、少しずつ記憶力が衰えていくミドルシニア以降の世代にとっては、今の時代は「追い風」ともいえるのです。
年を重ねてこそ深まる能力もある
年を取ったら、すべての能力が若者に劣るわけではありません。
年齢を重ねてこそ高まる脳の能力もあります。
その代表的な例は、物事を考えるや洞察力、決断力などでしょう。これらは、年齢を重ねるほどに鋭くなっていきます。その理由は、脳の学習メカニズムが生涯を通じて進歩し続けるためです。
ワシントン大学が約5000人を対象として半世紀以上行った「シアトル縦断研究」によれば、認知能力を測定する6種のテストのうち4種で、高齢者が20代よりも優れた結果を示しました。特に、言語能力、空間推論力、単純計算力、抽象的推論力は年齢とともに向上しています。言語能力に関していえばピークを迎えるのは60歳頃で、その他の能力に関しても、明確に低下していくのは80歳以降という結果が出ています。
事実、世界を見渡してみると、70代、80代になっても輝き、すばらしい業績を残し続ける人も多数存在します。
僕自身が「この人はすごい!」と思ったシニア世代の一人が、英国ケンブリッジ大学への留学時代に出会った恩師であるホラス・バーロー教授です。
1921年生まれのバーロー教授はチャールズ・ダーウィンのひ孫で、世界的な陶磁器メーカーのウェッジウッド家とも縁がある方です。教授が所属していたトリニティ・カレッジは800年以上の歴史を持ち、アイザック・ニュートンや哲学者のバートランド・ラッセル、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインなどの偉人が輩出した名門としても知られています。バーロー教授は2020年に亡くなりましたが、晩年まで精力的に研究を続け、年齢とともにその思考が進化していることを常日頃から僕も実感させられていました。
年を重ねるにつれて多くの経験を積み、心身ともに成熟し、豊かで成熟した人生を送る。そんなバーロー教授の人生には、僕自身も憧れてしまいます。
「年を取ったから自分はもう活躍できない」「若い人に道を譲らなければならない」などと思い込む必要はありません。むしろ、年を重ねてから発揮できる脳の力を、存分に発揮して、これまでは体験できなかったような新たな一歩を踏み出してほしいと思います。
文/茂木健一郎
『60歳からの脳の使い方』扶桑社新書
茂木健一郎