
ネットニュースは「バラエティ番組で誰が○○と発言した」というこたつ記事があふれている。エンタメの話だけならまだいいが…とその状況を危惧するのは共同通信社のWEB媒体「47NEWS」の部長を務める斉藤友彦氏だ。
書籍『新聞記者がネット記事をバズらせるために考えたこと』より一部を抜粋・再構成し、二次情報があふれるとなぜ危険かを解説する。
二次情報があふれる世界の恐ろしさ
新聞は今、存亡の瀬戸際に立っている。テレビもインターネットに押され、経営は楽ではない。しかし、新聞やテレビ報道がなくなったら、社会はどうなるのかを想像していただきたい。かなり怖い状況になると私は考える。それを防ぐためには、良質な報道が欠かせないことを感じていただきたい。
Yahoo!ニュースやSmartNewsといったプラットフォームに並ぶ記事を見ていると、さまざまな発信元があることが分かる。大手新聞社やテレビ局などの大手メディア、デジタル記事を専門に出しているメディアもあれば、聞いたことのない名称の発信元も多い。
中には、私たち共同通信の記者が主に担当している「47NEWS」のように、メディアが別のブランド名で出している場合もある。発信元は多種多様でかつ複雑でもあり、ややこしいとさえ感じる。
書かれている記事の中身を見ていると「一次情報」がまったくない記事も多い。それが目立つのは、あまり聞いたことのない発信元が出している記事だ。
一次情報とは、その発信元が直接取材をして得た情報を指す。新聞やテレビといった既存のメディアが、さまざまな批判を受けながらも一定の信頼を得ているのは、自社の記者が取材した一次情報を核として記事を作っているからだ。
これがないということは、取材をせずに書いた記事、あるいは別の誰かが取材した内容を引用して、つまり二次情報で書いた記事という意味になる。二次情報だけで書かれたこうした記事は、俗に「こたつ記事」とも呼ばれる。
この言葉は、筆者がどこにも行かず、こたつに入ったままで作った記事というところから来ているという。
こたつ記事の典型的な例が、テレビのバラエティ番組でタレントが発言した内容を切り出し、その発言がSNSで話題になっていることを書いたもの。記事中には、SNS上のコメントまで拝借してきている。あまりの中身のなさにあきれてしまうことも多いが、プラットフォームのランキングを見ていると、驚くほどよく読まれている。
こうした記事は、テレビとSNSを眺めていれば手軽に作ることができる。それでPVを稼ぐこともできる。どんな対象であれ、取材して記事を作るには手間も時間もカネもかかるが、それを省くことができてPVも稼げるならこんなありがたいことはない。だからこそ、ネットメディアだけでなく、既存の大手メディアの一部も手を染めているのだろう。
二次情報はなぜ危険か
対象がテレビのバラエティ番組ならまだいい。これが政治や経済、社会に影響を与える、ある程度硬派な内容で、それが二次情報だけで作られた記事だったとしたら、問題は変わってくる。
新聞やテレビといった既存のメディアがこのまま衰退して存在しなくなれば、ネットのプラットフォーム上に並ぶ記事の多くは、二次情報のものだらけということになるからだ。あるいは、一次情報がなくなることで、二次情報かどうかすら定かでない、どこで誰が言ったかあやふやな内容の記事があふれることになる。
これの何が問題なのか、もう少し詳しく説明したい。
取材で得た一次情報の中には、真実でないものもある。このため報道機関はその一次情報が真実であることを裏付ける情報を最大限探し、クロスチェック(二つ以上の資料や方法を用いてチェックすること)をした上で記事を出している。
結果として真実でなかった記事が含まれることもあるが、共同通信として配信したという記録は残るため、その場合、読者は「あの記事に書かれていることは間違いだった」と判断することができる。
一次情報の重要な点は、後で検証できる、トレースが可能なところにもある(こうした場合、報道機関はなぜ間違ったのかを検証した記事を出すため、読者はどの情報源から虚偽の情報を得ていたのかも知ることができる)。
ところが、二次情報だけでできている記事は、要は「又聞き」のため、ニュースソースが不明確で、何が真実で何が虚偽なのかがはっきりしない。その結果、書かれていることの何を信じていいのかが分からなくなる。
インターネット上のプラットフォームに並ぶ記事を日頃見ている私の印象にすぎないが、一次情報から成る記事は、今も大半が新聞やテレビ、雑誌といった既存のメディアが提供している。
一方で、ブログやSNSなどインターネット上で政治や経済、社会を論じているネットサロンの著名人やインフルエンサーが配信している内容の出所は、既存のメディアが作った記事を元にした二次情報ということが多く、自分で取材した内容がどの程度入っているかははっきりしない。
インターネットの発達により、誰もが情報発信できる世界になったことの利点は確かに大きい。それ以前は、発信を担うことができたのは既存のメディアだけだった。その状況が変わったことによって、世界中のあらゆる情報をスマートフォンという手のひらの上のツールで見聞きすることが可能になった。
ただし、その結果、あらゆる情報において、それが真実なのかフェイクなのか分からなくなる恐れが以前より格段に大きくなった。フェイクを防ぐ、あるいはフェイクであることを確認するには、一次情報によって発信し続けるメディアの存在が欠かせない。
こう言うと、中には「大手メディアや新聞がなくなっても、フリージャーナリストがやればいいじゃないか」と考える人がいるかもしれない。組織に属さず、自分の力で情報発信を続けるフリージャーナリストの存在意義は確かに大きい。
しかし、個々のジャーナリストはそれぞれ得意分野が違っており、世界のさまざまな情報を網羅的に、一定の信用性を持たせて報じることには限界がある。ジャーナリストも玉石混淆であり、ジャンルごとに誰が信用できるかを読者が一人一人識別していくことは現実的とは言えない。
あるいはフリージャーナリストが連合体のような形を取ったとしたらどうだろうか。それでも難しいと言える。
その理由は、ジャーナリスト個々人が、自分が不得手な分野の取材に取り組むほかのジャーナリストの記事に、責任を持てるわけではないから。
陰謀論と社会の断絶
大手メディアは現在、一部で「マスゴミ」と呼ばれている。私も居酒屋などで初対面の相手から面と向かって言われたことがある。毛嫌いする理由はさまざまあるのだろうが、もし大手メディアがなくなると、人々が生活していく上で必要な適切な一次情報がなくなり、真偽定かでない二次情報だらけの世界になってしまう。
そうなると、一体どうなるのだろう。結論から言えば、自由や民主主義とは相いれない社会になる。
その理由の一例として、陰謀論が分かりやすい。たとえば、「エリート層が『ディープステート(闇の政府)』をつくり、秘密裏に権力を握って米国を操っている」「能登半島地震は自然災害ではなく、地震兵器による『人工地震』だった」といった荒唐無稽な話だ。
多くの人々にとって、これらが真実ではないことは簡単に分かる。では、なぜ真実ではないと言えるのだろうか。その根拠は、と問われたらどうだろう。
その根拠は確かにある。たとえば、専門家や公的機関が明確な説得力を持った説明によって否定しているからだ。
ここで、大手メディアが存在しなければ、「専門家」が本物の専門家かどうかも確認のしようがない。しかし、メディアの記者がその分野の第一人者を、学会への取材や他の専門家からの紹介、先輩記者らの取材の蓄積などをもとに選んで直接取材しているからこそ、まぎれもない専門家と言い切ることができるのだ。
繰り返しになるが、陰謀論を陰謀論にすぎないと人々が明確に否定できるのは、間にメディアが介在しているからであり、そうでなければ、それが事実なのかどうか、確かなのかどうかという「確からしさ」を把握することができなくなる。
ロシア軍の残虐行為や政権批判が報じられることは一切ないロシア
何が真実か分からない状況に置かれている典型的な実例が、ウクライナに軍事侵攻した現在のロシアに住む人々だろう。私が直接取材したわけではないが、共同通信のこれまでの取材結果を総合すると、ロシアではこんな状況になっている。
「ロシア当局は、政権に都合の悪い報道を『偽情報』とみなし、広めた者に懲役刑を科す法律を整備し、リベラル系ラジオや独立系メディアは解散や停止に追い込まれた。国営テレビは愛国心や米欧への敵対心をあおり、露骨な世論誘導を続ける」(2022年5月2日配信)
「テレビ、新聞など有力メディアの経営権を政権寄りの財閥や富豪に握らせ忠実な編集長を任命したり、政権に反抗的な報道機関を弾圧したりして、国内メディアを完全支配下に置いた。政権の息のかかった編集長に反発した記者たちは編集部を去り、新たにネットメディアを立ち上げたが影響力は限られていた。メディアの自由度を見守る非政府組織(NGO)によると、22年2月のウクライナ侵攻以降、プーチン政権は200以上の独立系メディアを弾圧し、サイトを閉鎖した。ロシアの主要テレビ局は、朝から晩までウクライナ侵攻を巡り政権のプロパガンダを垂れ流している。ロシア軍の残虐行為や政権批判が報じられることは一切ない」(2023年10月18日配信)
こうした状況下で、プーチン氏は高い支持率を誇っている。ロシアの人々は何が真実なのか分からなくなり、その結果、自分が信じたいものだけを信じるようになっているのではないか。
アメリカでドナルド・トランプ氏を熱狂的に支持する「MAGA(マガ)」と呼ばれる人々も、似たような状況と言えるかもしれない。共同通信が配信した2024年3月6日の記事のうち、関連する部分を要約すると次の通りになる。
「トランプ氏はこれまで自身への批判には一切耳を貸さず、否定的に報じるメディアは『フェイク(偽)ニュース』と非難。敗北した20年の前回大統領選は不正だったと根拠のない陰謀論も唱え、議会襲撃で起訴されたことは『魔女狩り』だと反発した」
MAGAもトランプ氏が唱える陰謀論を信じている。
アメリカには当然、一次情報を報じ続けるメディアも多く存在する。たとえばCNNはトランプ氏の発言が事実かどうかを検証して報じる「ファクトチェック」を続け、発言が多く虚偽であることを確認している。
問題は、MAGAがそうした報道を信じようとせず、見向きもしないどころか反対に、こうした報道を「フェイク」と根拠もなく言い続けるトランプ氏の言葉を信じ続けることだろう。
アメリカの状況からも、民主主義が危うい様子が読み取れる。
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新聞記者がネット記事をバズらせるために考えたこと
斉藤 友彦
共同通信社が配信するウェブ「47NEWS」でオンライン記事を作成し、これまで300万以上のPVを数々叩き出してきた著者が、アナログの紙面とはまったく異なるデジタル時代の文章術を指南する。
これは報道記者だけではなく、オンラインで文章を発表するあらゆる書き手にとって有用なノウハウであり、記事事例をふんだんに使って解説する。
また、これまでの試行錯誤と結果を出していくプロセスを伝えながら、ネット時代における新聞をはじめとしたジャーナリズムの生き残り方までを考察していく一冊。
◆目次◆
第1章 新聞が「最も優れた書き方」と信じていた記者時代
第2章 新聞スタイルの限界
第3章 デジタル記事の書き方
第4章 説明文からストーリーへ――読者が変われば伝え方も変わる
第5章 メディア離れが進むと社会はどうなる?