<地方創生の光と影>群馬が「日本のシリコンバレー」に? アジア初のデジタル人材育成施設「TUMO Gunma」その野望と超スピード誘致の背景
<地方創生の光と影>群馬が「日本のシリコンバレー」に? アジア初のデジタル人材育成施設「TUMO Gunma」その野望と超スピード誘致の背景

「日本最先端クラスのデジタル県実現」をスローガンに、いち早くDXを推進してきた群馬県がいま、熱心に取り組んでいることがある。それは県内に日本初となるデジタル・クリエィティブ産業集積地を築くことだ。

デジタル技術を利用したコンテンツ制作やデザイン、映像、ゲーム、アプリ開発ビジネスの一大拠点を築き、県内に収入と雇用をもたらそうというこの施策を追った。

「日本最先端クラスのデジタル県実現」 

少子高齢化に直面する地方自治体にとって、活力ある「まち」、「くらし」、「しごと」の創出は欠かせないプロジェクトだ。ただ、その進捗状況はまだら模様だ。

持続可能な地域社会づくりに向けてめざましい成果をあげている事業もあれば、非効率な税金投入としか思えない無駄な事業もある。地方創生というキーワードには光と影が交錯する。

総人口188 万人、県内名目総生産9.76兆円(全国15位)の群馬県でもその光と影を見出すことができる。

まずは光のパートから紹介しよう。

「日本最先端クラスのデジタル県実現」をスローガンに、いち早くDXを推進してきた群馬県がいま、熱心に取り組んでいることがある。それは県内に日本初となるデジタル・クリエィティブ産業集積地を築くことだ。

デジタル技術を利用したコンテンツ制作やデザイン、映像、ゲーム、アプリ開発ビジネスの一大拠点を築き、県内に収入と雇用をもたらそうという企みである。

その具体例が7月19日、高崎市にオープンしたばかりの「TUMO Gunma」だ。

アルメニア発の国際IT教育機関で、受講の対象は12~18歳の中高生のみ。無料で3Dモデリング、ゲーム開発、映像制作、アニメーション、プログラミングなど、幅広い分野の最先端デジタルクリエィティブ技術を学べる。

関西・大阪万博のアルメニア館でも大きなスペースを割いて、同「TUMO」のIT教育プログラムが紹介されている。

そのユニークな教育プログラムは世界で高く評価され、すでにパリ、ベルリン、チューリッヒなど、7か国10都市が「TUMO」を誘致し、若いデジタル人材の育成に乗り出している。

IT社会の到来に備えた長期戦略と言ってよい、この「TUMO Gunma」は世界で11番目、アジアでは初の施設となる。

他国の導入もめじろおしで、日本の群馬に続いて今年中にもIT大国のインド、シリコンバレーにほど近い米ロサンジェルスに「TUMO」が誕生する予定だ。

「TUMO Gunma」は2023年G7デジタル担当大臣会合の会場にもなったコンベンション施設「Gメッセ群馬」4階にある。「ジャパンブルー」と呼ばれる青色の壁面や柱がふんだんにレイアウトされており、来訪者にしっとりと落ち着いた印象を与える。

1500平米ほどの広大な空間にはパソコン175台の他に、イベントなども開けるメインエリア、赤城山を一望できるパノラマエリア、幅21メートルものデジタルサイネージが埋め込まれたギャラリーフロアなどがゆったりとレイアウトされている。

教育施設に付きものの机とイスがほとんど見当たらない理由 

施設を一見して気づくことがある。教育施設に付きものの机とイスがほとんど見当たらないのだ。座学を行う教室のような空間はパソコンが設置された4か所のワークショップルームくらいで、階段状のベンチシート、波打った床面のボックス席などが目立つ。

コーチ6名、ワークショップリーダー8名、運営スタッフ3名の計17名を率いるセンターマネージャーの清水義教(53)が言う。

「寝そべってパソコンを操作したり、隣り合って制作したデジタル作品の出来を論議したり。とにかく利用者には自由に学んでほしいという考えから、あえてこんなアスレチックジムのようなレイアウトになっています」

外国人初の米ハーバード大学寮長補佐に任命された経歴も持つ清水はこの春まで、東大大学院でハーバード大など、米大学システムについての講義を担当していた。

17歳で渡米し、米国の高校、大学を卒業。東大大学院、ハーバード大大学院で修士号を取得した国際教育政策、大学経営政策のプロである。 

その清水が「TUMO Gunma」の存在を知ったのは今年春のこと。アルメニアにある「TUMO」本部を視察したドイツのメルケル首相(当時)ら世界各国の指導者がひと目惚れし、自国への「TUMO」誘致を即断したと聞き、「TUMO」のIT教育プログラムとはどんなものだろう?と、興味を持ったという。

その清水が言う。

「『TUMO』で使うデジタル教科書を見て驚きました。内容が破壊的に面白い。本当によくできているんです」

「TUMO」の教育プログラムは「セルフラーニング」と呼ばれるオンライン上の対話式自学習60%、そこで身につけたスキルを駆使し、グループでゲームやアプリなどを開発するワークショップ40%の比率で構成されている。

「ワークショップの面白さはいわずもがなですが、残り60%の自学習がとても魅力的なんです。内容はドローイングなら『丸形や台形を描く』、プログラミングなら『簡単なゲームを作ってみる』といったもの。

動画やイラストを見ながら、クイズ、ミニプロジェクトに挑戦して遊ぶみたいな感覚で、5~20分ほどもあれば文系脳の人でもIT苦手の人でもこなせてしまう。

エリート教育でもなければ、手とり足とりの押し付け教育でもない。

まさに自力で楽しみながら学べる。そこで知識を得るというより、『学び方を学ぶ』という感じ。このカリキュラムなら自分が長年考えていた教育イノベーションを起こせると確信しました」

平均年収50万円…アルメニアのIT教育 

すっかり「TUMO」に魅せられた清水はすぐさま東大に辞意を伝え、センターマネジャー職の公募に応じることになった。

「TUMO」の学びの場を現場で切り盛りするのが清水なら、プロジェクトを現場で担当しているのが県産業経済部eスポーツクリエィティブ推進課の鈴木憲貴TUMO係課長補佐(48)だ。

鈴木が当時の副知事から突然、「TUMO」本部のあるアルメニアへ出張を命じられたのは23年4月のことだった。翌5月に羽田からパリ経由で「TUMO」本部のあるアルメニアの首都エレバンへ。現地滞在わずか3泊という弾丸視察ツァーだった。

すでに山本一太知事が「TUMO」誘致の検討をしていることは知っていた。鈴木は2020年3月に前橋市にオープンした小中高生対象のデジタルクリエィティブ人材育成拠点「tsukurun」の担当係長も務めていただけに、突然の海外出張命令にも違和感はなかった。

「『tsukurun』の成果は上々で、受講者から小学生プログラミング全国大会で優勝するようなこどもも出ています。その『tsukurun』に加えて、県のIT人材育成プロジェクトをさらに加速させるために『TUMO』の追加導入が必要かどうか、その判断材料を得るためのアルメニア出張なのだなと受けとめていました」

「TUMO」の初見の印象を鈴木はこう語る。

「確たる理念と目的があってIT教育をしている。アルメニアの平均年収は50万円ほどで、けっして裕福な国とは言えない。

こどもたちがITスキルを身につければ将来、高収入を得られるし、結果として国も発展するとの期待があるのでしょう。

とはいっても厳しく教え込んでいるわけでもない。カリキュラムのレベルはベーシックから中級程度まで体系的に学ぶことができる。

しかも、学びの自由度が高く、こどもたちはのびのびと課題に取り組んでいた。情熱的かつ余裕のある考え方を持った大人が、本当にこどもたちのことだけを考えて作り上げたような安心の空間で、これなら県にも導入を真剣に検討すべきだと感じました」

鈴木の報告から1か月後には宇留賀敬一副知事(当時)がアルメニア訪問、翌7月には山本知事が「TUMOを群馬県に誘致したい」と県議会やメディアに正式表明することとなった。

「TUMO」導入のプロセスを知って驚くことがある。世界が導入を競う優れたIT教育プログラムをアジアでいち早く取りこもうと動いた先見の明もさることながら、その導入スピードが迅速なのだ。

とかく時間のかかる「お役所仕事」が常態化する地方自治体としては異例のスピードと言ってもよい。

異例のスピード誘致が実現した背景 

「TUMO」の日本導入を最初に考えたのは河野太郎外相だった(当時)。2018年9月に外相としてアルメニアを訪問、現地で「TUMO」を視察し、その先進性に感銘を受けたことがきっかけだった。

ただ、受け入れ先がなかなか見つからない。そんな時に参院議員だった山本一太氏が2019年7月、群馬県知事に転身。

県庁あげてのDX推進に取り組み、成果をあげていることを知った。

そこで河野は22年8月にデジタル担当大臣に就任したこともあって、旧知の山本知事に「群馬県にTUMOを導入しないか」と打診したという。

そこからはあれよあれよという間だった。23年5月から6月にかけて宇留賀副知事や鈴木がアルメニアを訪れ、7月に山本知事が正式に誘致を決断すると、その2か月後の9月には23年度補正予算案に『TUMO』の導入に係る基本構想費4000万円が盛り込まれることに。

鈴木が言う。

「その後も24年6月に『TUMO]』本部とフランチャイズ契約の調印、そして1年ほどで『Gメッセ群馬』の4階フロア全面改修を終えて25年7月にオープンですから。山本知事の強いリーダーシップなしにはこんなにスピーディに『TUMO』開業にこぎつけることはできなかったと思います」

「TUMO」の総建設費は3億9千万円、年間の運営コストは2億5千万円にもなる。地方自治体としてはかなり大きなプロジェクトと言えるだろう。

そこいらの自治体なら膨大な税金投入に見合ったリターンの説明や利害関係者の調整に手間取り、途中で頓挫してもおかしくはない。

「『TUMO』は群馬県の将来を見据すえた長期投資と考えています。この取り組みを通じて、デジタルクリエイティブ分野で活躍できる人材を多く育てていければ、「群馬に行けば、貴重なクリエイティブ人材が確保できる」と企業が注目し、進出してくる。その結果として、雇用が生まれ、新たな産業の創出にもつながると期待しています」

オープンからまだ2か月ほど。

すでに「TUMO」には多くの民間企業や自治体からの視察リクエストが殺到しているという。群馬がデジタルクリエィティブビジネスの日本版シリコンバレーと呼ばれるようになる日はそう遠くないのかもしれない。「TUMO」が地方創生に光を与える存在であることはまちがいない。

#2では地方創生の「影」の部分をお届けする。

取材・文/集英社オンライン編集部

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