〈群馬・安中射撃場〉17億円超の税金投入もクレー射撃場は開店休業状態…「最初から無理筋の公共事業」が進行してしまったお粗末すぎる裏事情
〈群馬・安中射撃場〉17億円超の税金投入もクレー射撃場は開店休業状態…「最初から無理筋の公共事業」が進行してしまったお粗末すぎる裏事情

17億円超の税金を投入も、竣工以降ライフル射撃場のみの片肺営業で、今もクレー射撃場は開店休業状態が続く、群馬県安中総合射撃場。地元市民からも「迷惑施設」「税金のムダ使い」と散々だが、いったいなぜこんなお粗末なことになってしまったのか? 

17億円超の税金を投入も「安全対策の不備」という初歩的ミス 

安中総合射撃場は既存のクレー射撃場に、最長射程102メートル、5射台のライフル射撃場を追加し、北関東有数の公営射撃場として華々しくリニューアルオープンするはずだった。

ところが、実際には13年の歳月と17億円超の税金を投入しながらも、安全対策の不備という初歩的ミスから、2024年にライフル射撃場のみ先行開場し、現在も片肺営業が続いている。

「もともと手狭だったクレー射撃場にライフル射撃場をむりやりに造ってしまったことがすべての元凶。クレー射撃の銃弾がライフル棟の一部に当たる可能性があることが発覚し、内閣府令で定める安全基準を満たせなくなってしまった。最初から無理筋の公共事業だったんです」

射撃場整備に関わった県庁OBのひとりがそうつぶやく。なぜ、こんなことになってしまったのか?

集英社オンライン編集部取材班の手元に、A4版で13ページほどの報告書がある。タイトルは「安中総合射撃場の整備に係る調査報告(案)」。

2019年に知事に就任し、初めて射撃場の開場遅延を知らされた山本一太知事が原因究明すべきと、外部弁護士3名に調査を依頼して2020年12月に作成されたものだ。

その報告書から浮かび上がることがある。それは「安中射撃場の片肺営業」という事態は①事業を担当した県だけでなく、②法令審査の窓口となった県警、③ライフル場新設を請願した猟友会、そして④陳情を受けた猟政議員連盟などの政治家、この4者によるミスが複合的に重なり、起きてしまったのではないかという疑念だ。

まずは①の群馬県のミスについて。報告書はずばり、こう指摘している。

「2014年から2018年まで、内閣府令の適合性に関して、包括的な検討を行わなかったことが施設の開場が遅れた一因」

当時の県環境森林部の業務報告書を見ると、群馬県警は「クレー射台からライフル棟までの距離が近すぎ、感覚として危険に感じる」(2017年6月19日付の県警相談報告)、「(クレー弾が)ライフル射撃場の東側の壁に着弾する恐れがあるのではないか」(2017年10月4日付の県警相談報告)などと、ライフル棟新設への懸念を県側に表明している。

にもかかわらず、県がライフル射撃場整備へと突き進んでしまった原因を前出の県庁OBはこう説明する。

「ライフル棟の東側に防弾壁や盛土を設ければ、法令に適合するだろうという思い込みが県側にあり、その認識が歴代の担当者に引き継がれるうちに既定路線化してしまった。

そのため、内閣府令適合のための包括的な検討が5年近くもなされないまま、着工へと突き進んでしまったんです」

別の県庁OBもこう語る。

「じつは防護壁にしろ、盛土にしろ、荷重が重すぎて地盤がもたないことが後になってわかったんです。予算も大幅オーバーでした。もう完全に手詰まりです。

ただ、県警には事あるごとに相談している。そのため、これだけ相談してきたのだから大丈夫、そのうちに県警から法令適合のためのよい知恵が示されるだろうと、甘く考えてしまったんです」

こうした県の希望的観測は無残に打ち砕かれる。県警側から「内閣府令に適合していない部分が多すぎる。公安委員会の裁量による判断個所だけでも6か所もある。(安中を)指定射撃場に指定するのは難しい」と正式宣告されたのだ。

県が開場を予定する2020年7月のわずか9か月前、2019年10月のことだった。以降、法令適合のために射撃場内の設計変更を泥縄式に5度も繰り返すなど、県の迷走が続いた。

県警は最初から責任回避を考えるばかり 

法令適合のための事前アドバイスを期待していた県に対する県警の対応にも首を傾げてしまう。

県の示す工事設計図を見て、やんわりと安全性への懸念は伝えるものの、肝心要の射撃場が内閣府令に適合するかどうかについてはついぞ口にすることはなかった。その理由は以下のようなものだった。

「(認可の)申請を受けて、公安委員会が可否を判断するという制度であるので、申請を受け付けないかぎり、本来(県警は)何も発言するものではない」(2020年5月7日付の県警相談報告)

事前相談には応じない。完成した射撃場を見てから法令適合の可否を判断する――。それが警察側の言い分のすべてだった。

こうした警察の頑なな姿勢に、現役県庁マンのひとりがこう不満をぶつける。

「審査機関という立場から一歩踏み出して、同じ行政マンとしてどうしたら安中射撃場が法令に適合できるか、警察が県に協力してくれる様子はありませんでした。

というのも、図面を見て事前に法令適合のお墨付きを与えておいて、後になって不備が見つかったら警察の責任になってしまう。そのことを何よりも警戒しているようでした」

前出の業務報告書には、県警に協力を求める県側のこんな記述も見える。

「予算を投入して建設して、それでダメでしたではすまない。(ライフル射撃場整備の)過去の検討過程では警察も関わっていた。今さらの話でなく、開場に向けた検討について協力してほしい」(2020年4月6日付の県警相談報告)

さながら、県警に協力を求める県環境森林部の悲鳴のようだ。

しかし、警察が県側の要請に応じることはついになかった。

「警察の対応が遅いせいで開場が遅れたと対外的に説明され、県警の責任となってしまうのではと気にしている」(2020年5月7日付県警相談報告)

「(県が作成した)資料にある『警察の指摘を踏まえ』という文言は、警察の指摘がもっと早ければよかったと受けとめられかねないので、この表現は遠慮してほしい」(前同)と、どこまでもつれない。

こうした責任回避、保身主義がなければ、安中射撃場はもう少しスムーズに開場にこぎつけることができたのではないか。

「猟友会や政治家からの圧がなかったと言えばウソになる」 

猟友会、猟政議連の強硬な対応も県の迷走に拍車をかけた。

もともと県はすでに民間のライフル射撃場が県内にあることや利用者が減少傾向にあることから、費用対効果に乏しく、新たなライフル射撃場整備は困難と猟友会、猟政議連に伝えていた。

だが、両者からの執拗な要請がやむことはなかった。手狭な安中射撃場にライフル棟を新設することの安全上のリスクに薄々気づきながら、県議会の環境農林常任委員会、鳥獣害対策特別委員会、県自民党政調会など、あらゆるルートを通じて、県に早期のライフル射撃施設開場を促したのだ。

その圧の強さについて、山本知事も定例会見でこう表現している。

「(強い要望を受け)一刻も早くライフル射撃施設を完成させようとするあまり、具体的な適合策がないまま、整備を急いでしまったというのが(安中射撃場開場遅延の)背景だと考えています」

前出の県庁OBもこう振り返る。

「県は猟友会に有害鳥獣の駆除をお願いする立場。また、猟政議連の県議は県民の代表。その両者の声を無視するのは難しかった」

このOBはとくに県に影響を与えたきっかけとして、2013年から14年にかけて起きた2つの出来事をあげる。

「ひとつは2013年12月に県議会の鳥獣害対策特別委員会が当時の大沢正明知事に出した提言。

安中射撃場内にライフル棟を新設することを明記しており、『県議会の提言は無視できない。困ったことになった』と、同僚たちとぼやき合ったことを記憶しています。

もうひとつは提言を受け、翌14年1月にライフル射撃場新設に向けて調査費100万円が計上されたこと。しかも、大沢知事からは『この100万円、生きたカネにしないとダメ』と念押しまでされた。

調査をしてライフル射撃場整備はしないという結論になれば、100万円は死に金になってしまう。これはもう新設に向けて動くしかないと受けとめました」

県猟友会の会員は約1500人。その家族、知人を合わせれば、それなりの票田となる。猟友会はまた、2015年に3期目の改選期を迎える大沢知事に出馬要請をしていた。

「その猟友会の要望を聞くことで、政治家たちがその票田を期待していたのはまちがいないでしょう」(同前)

調査報告書はもともと無理筋だった安中射撃場内へのライフル棟整備について、「県庁職員の個々の判断に影響を及ぼすほどの、外部からの不当な働きかけを認めるに足る資料・発言は得られなかった」と結論づけている。

しかし、ある県庁関係者は「たしかにハラスメントまがいの恫喝はなかった。でも、猟友会や政治家からの圧がなかったと言えば、それはウソになる」と証言する。

興味深いのはライフル射撃場整備をしきりに県側に要請してきた県議に、自民党の小渕派議員が多いことだ。

自民党の元ベテラン県議がそのわけをこう説明する。

「群馬県議会は自民党王国で、小渕、福田、中曽根の3派が覇を競っている。福田、中曽根派は前橋、高崎などの市部に強く、小渕派は吾妻、渋川、安中、甘楽など、郡部が拠点。

鳥獣害が発生するのは主に郡部。だから、自然と小渕派議員がライフル射撃場整備要求の中心勢力になっているのでしょう」

だが、執拗な県への働きかけがなければ、ライフル射撃場整備のプロジェクトがここまで歪になることもなかったのではないか。

県猟友会の会長の見解は? 

現在、県と県警はクレー弾の飛散を制限する遮へいボックスの設置など、「特別の安全措置」を検討しているが、いずれの安全策も決め手に欠けており、クレー、ライフルの同時開場は見通せない状況にある。

にっちもさっちもいかない安中総合射撃場の現状を前に、県猟友会の大矢力会長がこう語る。

「ライフル射撃場整備には、鳥獣害駆除の担い手育成という公益があることだけは理解してほしい。ただ、そのための予算投入が17億円以上もかかっていると聞かされ、びっくりしている。

それを知った以上、猟友会としてもむやみに税を投入して安中射撃場のクレー、ライフル同時開場を目指せとは言えない。どうしても開場の見込みがつかないというのなら、ライフル棟のみの片肺営業を受け入れる用意はできています」

群馬県はライフル射撃場を得た代わりにクレー射撃場を失ってしまった。地方創生プロジェクト失敗の代償はあまりに大きい。

文/集英社オンライン編集部

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