私は高校の3年間、男子校に通っていた。
それなりに歴史ある学校だったからか、異常なほどに「女人禁制」が徹底されていて、教職員はもちろん、中庭の池で飼われている亀に至るまで全てオスという特殊な空間であった。


さすがにそこは女性以外の選択肢は無いだろうと思われた保健室の先生までが男と知ったときは、この高校に入ったことを激しく後悔したほどである。
(テレビドラマ版で上川隆也が演じた「花ざかりの君たちへ」の保健室の先生をイメージする方がいるかもしれないが、そんな感じでは全くなく、実験に疲れたひょろい大学院生みたいな人だった)

そうなのだ。われわれの中の常識では、保健室の先生は、白衣を着た若い女性なはずである。不必要に短いスカートを履き、おっぱいが大きくて、メガネをしてて、何だかエロい雰囲気を醸し出している。それが保健室の先生であるべきだ。

いや、もちろん私も分別のある大人。
現実の保健室の先生がそうでないことは知っている。しかし、世間一般的にはそのようなイメージになっているのは何故か。フィクションの世界における保健室の先生史を紐解き、考察するのが本稿の目的である。

フィクションにおける保健室の先生は、当然ながら学園ドラマの歴史と歩みをともにする。
古くは1960年代の青春シリーズ。シリーズ第四作「進め! 青春」で、それまでの三作で生徒役だった岡田可愛が保健室の先生役をしている。
ストーリー上はあまり重要な役ではなかったが、若手女優が生徒から先生にステップアップしていくうえで、保健室の先生というのが利用された元祖と言える。

ターニングポイントとなったのは、「3年B組金八先生」である。ここで倍賞美津子、高畑淳子が演じた保健室の先生は、ストーリー上も極めて重要な役割を担った。15歳の母に代表される数々の問題を金八先生が解決するに際して「教師には相談しづらいことを相談できる相手」としての彼女達は必要不可欠であり、必然的に「肝のすわった母親タイプ」の女優さんが演じていた。

この段階では、まだ、若くてエロい感じの保健室の先生像は非主流派である。
このイメージに影響を与えたのは、同じフィクションでも、学園ドラマではなく、学園漫画ではないかと考えられる。


当時の代表的な保健室の先生キャラといえば1980年代に一世を風靡した「うる星やつら」のサクラだ。
本業が巫女で、途中から保健室の先生となったサクラは、白衣・長い髪・胸元のあいたシャツ・ミニスカートと、この時点でほぼ、われわれの考える要素を網羅している。

このサクラが原型となり、その後の漫画における保健室の先生キャラは、現在に至るまで、イメージが踏襲されることとなった。加えて、漫画原作ドラマの増加に伴い、テレビドラマにもこのようなキャラが蔓延するようになる。

「ごくせん」のほしのあき(星野亜希)は白衣+ミニスカ+おっぱい、「ROOKIES」の能世あんなは白衣+ミニスカ、「GTO」の滝沢沙織は白衣+ミニスカといったように、漫画原作のドラマではだいたいイメージは定着化しており、2012年の深夜ドラマ「シュガーレス」では、佐山彩香が白衣+若さ+メガネ+ミニスカ+おっぱいというロイヤルストレートフラッシュ状態であった。
(尚、各ドラマ作品においては原作にないキャラクターだったり、原作では国語教師が保健室の先生になっていたりというケースがある)

漫画原作でない場合も「天国に一番近い男教師編」の梅宮アンナが白衣+ミニスカ+おっぱい、「左目探偵EYE」の石原さとみは白衣+若さ+ミニスカ、「私立バカレア高校」の小嶋陽菜は白衣+若さ+ミニスカ+おっぱいなど、状況は変わらない。


このような保健の先生像が、元は漫画から来ているにしても、なぜ、未だに蔓延しているのか、それにはいくつかの理由が考えられる。

まず、保健室の先生という存在が、フィクションにおいて教師と明確に区別される必要があるという点。そもそも保健室という空間は、さまざまな事件が起こる学園ドラマの中では、非武装地帯でありオアシスである。そこの主である保健室の先生は、教師とは違う存在として出てくる必要がある。ときには生徒のよき理解者として、ときには教師の恋愛対象として。
そこで、通常の教師と区別するわかりやすい記号が必要になる。
結果、現実の保健室の先生における白衣着用率が低いにも関わらず、ほぼ例外無く白衣を着せられたうえ、真面目な服装でなくてはならない教師とは対照的な存在として、ミニスカートだったり胸元のあいたシャツを着せられることになるわけである。

また、冒頭で岡田可愛の例を紹介したように、保健室の先生役は多くのドラマで脇役であり、さほど負担の大きくない腕試し的な位置づけになっていることもひとつの理由である。必然的にそこには新人若手女優、アイドル、モデル、グラドルが配置され、そのイメージにあった服装が割り当てられることになる。(尚、保健室の先生が主人公の「名探偵保健室のオバさん」など、ごく一部だが例外もある)

ここにアダルトビデオの学園モノなどの設定も加わり、保健室の先生のイメージはより強固になっていくのだが、では、金八先生のケースのように生徒の悩みをがっちり受け止めるお母さん的な保健室の先生像はどこへ行ってしまったのだろうか。
保健室登校などが引き続き存在する中、学校をめぐる諸問題を扱った重い学園ドラマも無くなっているわけではない。しかし、そこにおいては、近年、スクールカウンセラーという別な職業が現れている。


現実の学校では、スクールカウンセラー設置校はまだ充分に多いとは言えないが、ドラマでは徐々に増えてきている(「35 歳の高校生」の片瀬那奈など)。真剣な悩みを聞く役どころがこちらに移ると、ますますフィクションの中の保健室の先生役は白衣+若さ+ミニスカのイメージに偏っていくだろう。

ちなみに、ドラマ・漫画以外では、ミドリカワ書房の「保健室の先生」という曲がある。どんどんリアリティのなくなっていくドラマ・漫画における保健室の先生に対して、湿度の高い歌詞で綴られる保健室の先生の日常は妙に現実感を感じさせる。

今日も日本の中高生男子は、フィクションの保健室の先生と現実の保健室の先生との狭間で妄想をするだろう。その妄想が、またフィクションを生み、これからも、白衣でエロい保健室の先生は末永く続くに違いない。

ちなみに、現実の保健室の先生=養護教諭については、教育学部からの道と、看護学部からの道があり、事情通によると看護学部からの方がちょっとエロい感じがするとのことである。これもまたひとつの妄想である。
(文/前川ヤスタカ)