いま、ほとんどの書店では、漫画の単行本はビニールパックされている。立ち読みに悩まされる書店の苦肉の策だ。
利益の薄い書店業界だから、仕方のないことだとは思う。けれど、それが作品と読者との新たな出会いを奪っていることも事実だ。なかには、単行本の中の第1話だけコピーしたものを「お試し版」として、売り場に備え付けているところもある。これは非常にいいアイデアだと思うが、すべての商品に対応させようとすれば、書店側の負担が大きくなってしまう。

おもしろい漫画との出会い方にはいろいろあるが、いまはネットで知ることも多くなった。先日、いわゆる“2ちゃんのまとめサイト”を見ていて、すごい漫画の存在を知った。
それが『ふうらい姉妹』だ。作者は長崎ライチ。初耳。性別もわからない。

普通、未知の作品をみつけて、こうしたエキサイトレビューのような場で紹介するなら、作者のプロフィールぐらい調べるべきだろうとは思う。けれど、この作者(と作品)に関しては、なぜだかそういう気持ちにならなかった。
何だかよくわからない感じ、謎な感じが作風によく似合っていたからだ。

タイトルが示す通り、主人公は2人の姉妹。この姉妹の日常を4コマ形式で描いている。少女漫画風のタッチで、姉は妖艶な美人、妹はツインテールの美少女なので、一見するとギャグ漫画のようには見えない。しかし、表紙を開いてどれか1本でも読んでみれば、これが単なる少女漫画どころか、並のギャグ漫画以上に狂った作品であることがわかる。

たとえば、単行本の一番最初に収録されている作品「つむじ」は、こんな内容だ。


●1コマ目:「いかなる人も自分のつむじを生で見ることはできない」という、かなりどうでもいいことを発見した姉が、妹にそのことを伝える。

●2コマ目:「他人に見てもらわないと、右巻きか左巻きかさえわからない」という説明に、つむじの向きを確認しあっている課長と部下のイメージカット。

●3コマ目:「ホントだ、大発見」と素直に姉を尊敬する妹。そこに「ちょっと待って!」と、さらなる発見をしたらしい姉。

●4コマ目:「ろくろっ首なら見れるわね」と満足げに微笑む姉。しかし、妹はごく冷静に「見れないよ──」とツッコミを入れる。


天然の姉と、そんな姉に愛情と批評精神をもって接する妹。最初の1本で主人公である姉妹の関係性を完璧に表現しているのは、見事と言うしかない。その後も、紙幣のことを金額ではなく描かれている肖像の名前で呼んだり、遺伝子を「いでんこ」と素で読み間違えていたり、姉のナチュラルな狂気を軸にしてネタが展開されていく。また、それに対していちいち妹が冷静なツッコミを入れるのがいい。ボケとツッコミというのは、漫才でも漫画でもコンビギャグの基本だが、この微妙な平熱感はかなり新鮮でクセになる。

また、妹の方もしっかりしているようで、ちょいちょい姉のトンマな行動に引きずられている。
やはり姉と同じ遺伝子(いでんこ)を受け継いでいるのだろう。この姉妹、アホだけど普段の生活は楽しくて、妹もきっと幸せなんだろうな、と思わされる。

冒頭の「つむじ」と並んで、個人的に心に残ったネタがある。「携帯電話」と題されたそれは、3ヶ月ぶりの着信に感激した姉が、震動中のケータイをそのケータイの内蔵カメラで記念撮影しようとして不可能であることに気がつく、というもの。そう、「自分のつむじを見ようとするろくろっ首」と同種のギャグなのだ。こういう場合、これはゼロから思いついたギャグではなくて、だいたい作者自身の行動が下敷きになっていることが多いね。
作者自身もそういう人じゃないかと思うのだ。

そして、わたしの身近にも同じことをする人がいたことを思い出した。うちの母だ。

母は古い人間なので、自分の持ち物にはすぐに名前を書く習性がある。たいていのものは黒い油性マジックで事足りるのだが、台所の包丁や畑のクワのように、水や土に触れるものはマジックで書いてもすぐに消えてしまう。そこで、明朝体で名前が彫られた焼きゴテを買ってきた。これで焼き印を押そうというわけだ。この焼きゴテは母の気持ち的に大ヒットだったようで、本来ならマジックでも済むものにもばしばし焼き印を押して回っていた。

そんな母が、突然ピタリと動きを止めて、不思議そうに手元の焼きゴテを見つめていた。「どうしたの?」とたずねると、母はこう答えた。

「この焼きゴテの柄に焼き印を押せないかと思って……」

しっかりしてくれよ、ふうらい母さん!

話が大きく脱線したが、自分の忘れていた記憶を刺激するほど『ふうらい姉妹』はおもしろい、ということだ。

ところで、最初に「この作者のことは謎のままにしておいた方がいいかも」的なことを言ったが、原稿を書き進めるうちにやっぱり気になったので、つい、ググってしまった。そして衝撃の事実を知った。なんと、長崎ライチ先生は一人ではなく、姉妹によるコンビ作家だったのだ。しかも美人らしい。さらに、打ち合わせ中にも姉妹でボケとツッコミを繰り返す、文字通りの「ふうらい姉妹」だという。いいなー。わたしもライチ先生を担当してみたい! いろんな意味でこれからが楽しみな作家だ。(とみさわ昭仁)