アニメ、漫画ライターの鶴岡法斎さんが原作を担当した『切断王』
が話題だ。
鶴岡さんといえば 漫画評論や漫画原作など、文章で活躍しているひとだが、数カ月に一度、新宿ロフトプラスワンでアニメや漫画など、オタク業界の話を中心にした「オタク大賞R」というイベントを中心に出演している。

最新は6月5日(日)の、オタク大賞R「今夜決定! 輝け!!第1回 日本アツい漫画グランプリ」という、本が「厚い」月刊マンガ誌を取り扱ったイベントだ。
俺も観に行きました。この日、紹介されたなかでは、授業中に机の上で内職をする『となりの関くん』が気になっています。会場にいる人たちもざわめいていて、やっぱりみんな消しゴムでドミノ倒しとかやってるんだなあ。
じつは鶴岡さんから「レイズナ! 俺にインタビューしてくれ!」というラブコールを、1年以上も前から送られていたのだ。なぜ逆指名されているのか、まったくわからないまま1年が経ち、今回ようやく実現しました。

『切断王』発売の話や、ライターの先輩である鶴岡さんが、どうやってこの業界を生きてきたのかを聞いていきたいです!

――鶴岡さんがライターになったきっかけって?
鶴岡 秋田昌美さんのバンドを見にライブハウスに行ったときに、隣にたまたまエロ本雑誌の担当がいて話し合っちゃってさ、「お前話が面白いから何か書かないか」って言われて。
――スカウトじゃないですか。いくつのときですか?
鶴岡 1994年だから21歳。いまのレイズナより若いよ。
――大学生だったんですか。
鶴岡 池袋リブロの美術書売り場で働いていた。
本や表現物が好きだから楽しかったんだけど、少し自分に鬱々としたものを抱えた状態で働いていたから、自分のやりたいことを、形を変えてやれるのかなーって思ってね。
――やりたいこと?
鶴岡 あのさ、ちょっと聞いてよ。
――なんでしょう。
鶴岡 俺さ、中学のときに不登校で、ある日学校に行って、転校生が俺より馴染んでいるのを見てショック受けちゃって(笑)。俺の机どこ? とか聞いているの。だから中2から中3にかけて不登校がひどくなっちゃって。

――俺も結構学校はサボっていましたね。行っても1時間目で帰ったり。
鶴岡 中3のときは90日も登校してないよ。
――さすがにそこまでは。
鶴岡 そっか。家でずっと絵を描いていて、これを仕事にしたいなと思っていたんだよね。
中3のときに、電車を乗り継いで千葉から神保町まで行って、『ガロ』のある青林堂に持ち込みに行ったことがあるんだけど、とにかく長井勝一さんに怒られたね。
――え、なぜ?
鶴岡 絵が下手だったんだよ。
――それだけで怒られるものなんですか。
鶴岡 中途半端に下手だったんだよ。「このくらいめちゃくちゃにやらなきゃダメだ!」って、言われて根本敬さんや蛭子能収さんの漫画を見せられて、こりゃひどいと思った(笑)。ここまでやらないとダメなんだなって。

――上手くなるんじゃなくて、もっと下手を目指そうと。
鶴岡 そう。だから高校ではかなり根本さんや蛭子さんの漫画を読んだな。「いまあるめちゃくちゃなやつより劣るめちゃくちゃは使う必要がない」って言われて、正論ですねって思ったよ。
――中3にしてはけっこう冷静(笑)。
鶴岡 物語に対するあこがれはずっとあったんだよね。
デザイナーにもなりたかった。当時80年代後半は、大竹伸朗さんのニューペインティングやイラストレーターブームが一段落したあたりだったかな。ここに突破口があるかもしれないと思って、美術大学に行くために高校2年から猛勉強したんだけど、親から大学進学を反対されて就職したんだよ。営業マンをはじめたんだけど1年で辞めちゃった。
――それで池袋リブロで働いていたらスカウト。どんなエロ本雑誌だったんですか?
鶴岡 コンビニで売っている有名な雑誌じゃなくて、大型書店とか、町の小さい書店の奥のほうにある、月刊や隔月刊、下手したら季刊くらいのエロ本だったんだよ。いまだったら付録にDVDが付いていたり、メーカーのHPでサンプルが見られるけど、90年代半ばだったから、まだそんなものはないからね。
――そうか、ネットなんてまだ普及してないですしね。仕事内容はどんな。
鶴岡 写真を何枚か使って紹介文章を書く仕事をしていたんだけど、もちろん本編も見なきゃいけない。そうすると、家にAVが入ったダンボールが何箱と送られてくるの。しかもビデオテープだから、大きいのよ。それを片っぱしから見る。書いた原稿はフロッピーディスクにして宅急便で送ってもいいんだけど、わざわざ編集部に持っていくの。
――返しにいくのも大変じゃないですかそれ。
鶴岡 編集部に行くと、意外と埋め草の仕事があるから手伝うんだよ。
――あー、よく聞くやつですよそれ。
鶴岡 なにが?
――編集部に行って仕事もらってから帰るって、上の世代のライターに話を聞くと、みなさんほぼ必ずやっているんですよね。編集部に行く経験ってあまりないですよ。
鶴岡 いまはなー、ないだろうな。
――当時はそれだけで食べていけました?
鶴岡 やっぱり無理だよ。レイズナはライターはじめてどれくらいだっけ?
――一番最初に雑誌に原稿を投稿したのが2009年の10月なので、2年半ちょいですね。
鶴岡 1、2年やそこらじゃ食べていけないでしょ。
――きびしいですね。いまはぎりぎり食べていけていますけど。そのときはライターだけで生活できていけたんですか?
鶴岡 俺のライフラインって大概は賭け事か女の人なのよ。
――ギャンブルに女の人って、ダメなヒモじゃないですか。
鶴岡 いやいや、このふたつあれば割となんとかなるんだよ。いろいろな人から資金的にも精神的にも助けてもらえて、ほんとうにありがたい。
――えー。
鶴岡 なんだよ。
――いえ……、ギャンブルは何をやっていたんですか?
鶴岡 パチンコ。
――勝てるものなんですか?
鶴岡 毎日は無理だけど、当時は規制が緩くてさ、とにかく勝ちやすかったんだよ。羽根モノ売っていると1日8千円くらい勝ててさ、それを元手に原稿料が支払われるまでなんとかしのぐの。あまり同じ店に通い過ぎるとバレるから、店を転々としてさ。
――は、はあ。
鶴岡 呆れるなって。ここから仕事の話につながっていくからさ。
――そうなんですか?
鶴岡 辰巳出版のパチスロ雑誌が創刊されるから、ストーリー漫画の原作をやってみないかって言われたんだよ。結局8年くらい担当して単行本は一巻しか出なかったんだけど、それがはじめての原作もの。
――そこから漫画原作に移行していったんですか。
鶴岡 うん。ああ、でもね、俺はエロ本のライターだっていう自覚が根っこのところにあるの。
――エロ本の血筋だと。
鶴岡 その精神は絶対忘れないぞって思っているんだよ。いまのレイズナと同じくらいかな、20代前半のときに、コペルニクス的転回が起こったの。
――なんですか。
鶴岡 切腹マニアなんだよ。
――え、なにがです?
鶴岡 自分が切腹している一部始終のビデオを編集部に送ってきた人がいたの。
――え、え……。それは自分で切っているんですよね? ガチでですか?
鶴岡 そう。その後自分で縫うの。内蔵はさすがに見えないんだけど、血も出ているし、脂肪がパカッと開いて。
――わー、やめてくださいよー!
鶴岡 「使ってください」っておくってきたんだけど、使えるか!
――何に使えるのかがまったくわからないですよ。
鶴岡 インタビューするか? ってところまで話が進んだんだけど、こわいから無理ですって。俺ね、自分以外の人のスプラッタとかホラーは苦手なんだよ。「呪怨」とか「仄暗い水の底から」とか恐怖映像だから地上波での放送をやめてほしいんです。
――それ、放送を観なければ大丈夫なんですよ。
鶴岡 いやいや、間違えてチャンネル変えちゃったらどうするんだよ!「うわっ! こわい!」ってなるじゃん! もう全部だめなの。
――ははは。自分で描いたり、考えたりするのは平気なんですね。
鶴岡 自分が一番恐ろしいと思うものを描いて、人に伝えているだけだからね。文章はまだ平気なんだけど、映像系はほんとダメ。観たあと、何日間はひとりでいるのがつらい……。
――そこまでですか。
鶴岡 笑い事じゃない、しんどいでしょ。夜の1時や2時にお化けの話をする人とか、親からどういう教育受けているのかと思うわけ。
――どこにいるんですか、お化けの話をする人(笑)。
鶴岡 いや、いるじゃん! 居酒屋で怪談話とか! こっちは家まで帰りひとりなのにーって。
――すみません、すごい面白い。
鶴岡 レイズナ! お前、必死なんだよ、こっちは!
――でも、珍しくないですか? 苦手なのに描いているのは。
鶴岡 そうでもなくて。ホラー漫画家の日野日出志さんにインタビューしたときに、「読んでいて、死ぬかと思うくらい怖かった」って言ったのよ。日野さんは『毒虫小僧』とかグロテスクな漫画を描く人なのに、自分は虫が怖くて触れないの。同じだと思ってちょっと勇気が出たね。
――怖がりのほうがいいんですか。
鶴岡 「これだけビビりなら、ホラーが描けるよ」って何回か励まされたよ。あ、あと、俺の宿敵がいるんだけど。
――誰ですか?
鶴岡 歩道橋。
――……どういう?
鶴岡 いや、のぼると怖いから身構えるの。
――高所恐怖症も!
鶴岡 ジェットコースターもダメだから、デートで遊園地にはいけないのよ。水族館が動物園がいいね。
――ははは。切腹マニアの人にインタビューをしにいかなくてよかったですよね。目の前で腹を斬られますよ。
鶴岡 ほんと良かったと思う。
――俺も切腹できればいまここでして、楽しませたいんですが。
鶴岡 いや、やめて、やめろ! そんな人にインタビューされたくないから!
――いやー、「インタビューしてくれ!」って逆指名されるのははじめてなので、驚いたんですよ。1年以上前から言ってもらって、ようやく実現して。
鶴岡 中村うさぎさんのインタビューを読んで、「こいつは普通じゃない」って感じたのよ。

ゆとり世代の俺が様々な業界のベテランにインタビューをしていく日経ビズカレッジの連載「ゆとり世代、業界の大先輩に教えを請う」。第1回目のインタビューが中村うさぎさんでした。
鶴岡さんに「すごいぞ、レイズナ!」と言われるのかと内心わくわくしていたら、あれ……なんかちょっと違う……?
あ、日経ビズカレ最新号では「奇跡」「誰も知らない」の映画監督、是枝裕和さんにインタビューをしています(後編24日更新予定)

鶴岡 「変な奴がいる」ってツイートしたら、ゲームクリエイターの飯田和敏さんも乗っかってきて。
――飯田さんにはお世話になっています。
鶴岡 周りにもけっこう知っている人がいたのよ。ちょうど「プリキュア」の映画を40回以上観に行ったとかで話題になっていた時期があったんだよ。
――「プリキュアオールスターズDX」の。ブログに半券を載せていただけなんですけど、そうだったんですか。
鶴岡 狭い世界で話題になっていたので、いつの日か……って思っていてさ。それで、俺が原作を担当している作品が刊行されたからようやくだよな。
――えーと、中村うさぎさんのインタビューはなにが普通じゃなかったんですか?
鶴岡 途中から聞き手が交代するから読んでいてびっくりしたんだよ。あんな記事は普通の人は書かないもん。だから俺この1年間レイズナブームなんだよ
――なんですかそれ(笑)。
鶴岡 頼むからさ、上手くならずに下手なまんま売れて欲しい。それがレイズナの味なんだよ。
(加藤レイズナ)

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