僕は気が向くと漫画を描く仕事を手伝ったり自分で真似してみたりするのだけれど、だいたい僕が住んでいるのは「祝!アニメ化!」とか「萌え!」とか一切無いほうの漫画家ワールドだ。そんな世界において、ゲゲゲの水木しげる並みに誰でも知っていて、その影響を受けていない作家を見つける方が難しいような大作家の一人に、佐々木マキというのがいる。
この人の漫画は、どちらかというと何かを表現する人に愛されがちだが、今日は是非広く紹介したいと思う。

村上春樹の表紙や挿絵、絵本作品でも有名な佐々木マキは、60年代から活躍した漫画家で、編集・印刷・出版といった類を熟知したような、新しい表現を大量に漫画に持ち込んだ革新家だった。その画面にはいつの時代ともどこの国のものとも判らないような物も多く、読む者・見る者の精神を大いに刺激してくれる。この作家の漫画作品は長らく入手困難になっていた物が少なくなかったのだけれど、このたび太田出版という出版社から、単行本味収録作品も加えた約400ページの本が出た。それが『うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81』だ。題名が示すとおり、67年から81年にかけての作品が収録されている。


佐々木マキの漫画は実験的なものが多く、フキダシの中に絵が入ったり、図だけのコマが続いたり、中世ヨーロッパの書物の挿絵みたいな絵だけで描いたり、そんなのは当たり前のように行われ、コピペやコラージュ、スタンプ使用などの描画手法も平気で使いまくる。内容もシュールやナンセンス、旅行記風からSF風に思えるものまで何でもあり。その前衛具合には、あの手塚治虫が「あれは狂ってる」「あの連載をすぐにやめろ、載せるべきではない」などと表明するぐらいだ(本書あとがきにも記述あり)。

当時の手塚治虫はとっくに確固たる地位を築いて、「漫画の神様」と呼ばれるようになってからも随分たった頃。アニメでも大成功したあとだ。あの神様はどちらかというと新しい神様に負けるのが絶えず不安だったところもあるので、佐々木マキの実験精神にもおそれを抱いていたのかもしれない。
『カムイ伝』のような超大作が『ガロ』で連載されると『火の鳥』で対抗し、水木しげるが妖怪漫画でヒットすると『どろろ』で対抗していた神様。佐々木マキも『ガロ』でその自由奔放な発想をスパークさせていたので、手塚治虫の嫉妬にも見える攻撃のターゲットになったのだ。

佐々木マキの描くキャラクターに「ムッシュムニエル」という、ヤギのセールスマンみたいな魔術師がいる。こいつがウロウロするストーリーの漫画や絵本の世界は幻覚的で、ゲームをやる人に対してはいつも「『MOTHER2』の狂った摩天楼・ムーンサイドみたいな世界」だと僕は説明している(糸井重里も村上春樹と一緒に本を書いたり『ガロ』に関わっていたぐらいなので佐々木マキは決して嫌いじゃないでしょう)。一切ホラーでもグロテスクでもないのに、僕は5歳ぐらいの頃、何度かムッシュムニエルが怖くてトイレに行けなかった頃があるぐらいだ。画風は杉浦茂や『フリッツ・ザ・キャット』で有名なロバート・クラムのような作家を思わせるものが多い。
どちらも知らない人がいるかもしれないけど、ピンと来た人は是非見てみて欲しい。
(香山哲)