2014年東京都知事選挙。
タカ派候補、田母神俊雄の躍進はマスメディアでも大きく取り上げられた。
たとえば「朝日新聞」は「田母神氏60万票の意味」という特集記事を掲載。
「支援者らは、従来の保守層よりも過激な傾向があり、愛国的なネットユーザーたちである『ネット保守』が予想を超える善戦を生んだと沸き立つ。これまで実態が見えなかった新たな保守層が、田母神氏の『基礎票』になって現れた、との見方もある。」(『朝日新聞』2月11日朝刊)

なかでも20代の投票先第2位(約24%)ということがクローズアップされており、一部では「若者の右傾化」と見なす風潮がある。
よく聞かれる以下のような言説が、20代の投票行動により証明されたというわけだ。

〈実感〉ネット上ではネトウヨと呼ばれる人たちによる韓国や中国への排外的な言葉が跋扈している。
〈直感〉若者は新技術と親和性が高く、ネットに触れる機会が中年や老人よりも多い。

〈補足〉しかも、若さゆえに思想的影響を受けやすい。
〈予想〉ゆえに、若者は保守的で右翼的な思想になる。

しかし、古谷経衡『若者は本当に右傾化しているのか』は、こうした「若者右傾化論」を否定する。
1982年生まれの著者は保守を自認し、アニメ評論なども行う若手論者。田母神俊雄公式サイトでも「賛同者」として名を連ねられている。

著者の分析では、田母神票の中心となったのは30代(約14万7千票)と40代(約13万5千票)。
したがって、20代(約9万5千票)の顕著な「右傾化」とするには無理があるという。(票数はいずれも著者による推定)

東京都選挙管理委員会によれば、2014年都知事選での20代の投票率は27.92%であった。(参照:「平成26年2月9日執行東京都知事選挙の年代別投票行動調査結果の概要」)
本書のなかで仮定されている25.15%という数字と大きくは異ならない。たしかに、20代の3割未満しか投票していないのに「若者の意志を代表している」とすることはできないだろう。

「投票率を考慮に入れた若者(二十代)の政治意識というのは、『若者の右傾(保守)化』を心配し、警戒する側にとってはまったく大きな事実誤認であり、また『若者の右傾化』を歓迎し、評価する側からしても、多分に『願望』が混ざったゆがんだ現状認識であるということがわかる」

低投票率は必ずしも政治的無関心が理由ではない。若者に無党派層が多いのは、政党や政治家がニーズに応えていないからだと指摘。
保守思想も同じく若者の目には魅力的に映っていない、と著者は考える。

その原因のひとつは「若者の貧困」に対する保守の「冷淡な態度」にあるようだ。
著者はかつて、ツイッターアカウントのフォロアーとフェイスブック上の友人を対象とした1000名強へ、独自のアンケート調査を行った。「精度は高いものと確信する」という妥当性は各自で判断してもらうとして、描かれるネット保守の実態はなかなか興味深い。(『ネット右翼の逆襲』2013)

・平均年齢は38.15歳。(田母神俊雄を支持しているとされた年齢層と見事に一致!)
・学歴は在学中・中退含む「大卒以上」が6割を超えている。
(これは国勢調査の約3倍の割合だから「ネトウヨは低学歴」というのはウソ)
・平均年収は451万円。国税庁の統計による30代の給与平均412万よりもやや高い。(小林よしのりの言う「ネトウヨは年収200万以下」は単なるレッテル貼り)
・無職は3.1%に留まる。「自営業」や「経営・管理職」が多い。童貞・処女率は一般と大差ない。(「ネトウヨは社会的底辺」も言いがかりだ!)

この調査結果が正しいとすれば、著者の言うネット保守を含む「新保守」は、たしかに「比較的裕福な三十代後半の中産階級(ミドルアッパー)」である。
彼らは資本主義社会の「成功者」であり、自己責任論を擁護する傾向にある。ネット上で生活保護を「ナマポ」と呼び揶揄するのも当然。すなわち貧困とは無縁だから関心が薄くなる。ナットク。

だが無視できない数の若者が、雇用や貧困の問題と向き合わなければならないのが現状だ。それは生活に根ざした緊急の課題と言える。

一方、「国際政治において日本はいかに価値を発揮すべきか」とか「日本人というアイデンティティーはどのような意味を持つのか」というような問題は「国家論」に属するものと言える。ある意味では永続的な課題である。

その溝を埋めるために、本書は保守の新たな段階を提言する。「旧来の高度国歌論の文脈を担保した上で、雇用、貧困、生活など、非政治的分野での発信を行っていく、新保守から一歩進んだ、新しい包括的な保守」。著者はこれを「ソーシャル保守(社会的保守)」と命名している。
なるほど。「景気の回復!」「雇用の改善!」「貧困の救済!」とかいうと政治家のスローガンみたいだが、理想を語るだけではナンセンスというのは同感。私なりに読み換えさせてもらうと、これは「現場主義の保守」だ。

このように、序盤では分析的手法を用いて「若者の右傾化」は誤解だと主張し、後半では新たな保守の姿勢を掲げる本書。
データの用い方はやや結論ありきの感がしないでもないけれど、とにかく「現状のままではいかん!」という心意気を感じた。

「若者の右傾化」は、日本社会が「右傾化」あるいは「正常化」しているという言論によって成立した、一種の「若者論」であるように、私は思う。「日本」という大きな主語が、いつのまにか浮動票的な性質を持つ「若者」にすり替えられたのではないか。そして、押し付けられた「若者論」に反論するのは、おうおうにしてその当事者だ。

本書もまた「若者」による「若者論」である。
「価値」や「意味」は「イデオロギー」からのみ生まれるわけではない。

(HK・吉岡命)

※経済学者の田中秀臣、『若者は本当に右傾化しているのか』の古谷経衡、『ネトウヨ化する日本』の村上裕一によるトークイベントが、本日5月22日(木)、阿佐ヶ谷ロフトAにて行われる。サブカルチャーにも通じる3名。堅苦しい「政治」とはひと味違った議論が期待できる。