小説家・村田沙耶香のヤバさが、世の中にばれ始めている。
昨年12月にニッポン放送『朝井リョウ&加藤千恵のオールナイトニッポン0』、今年に入るとTBSテレビ『王様のブランチ』、BSジャパン『文筆系トークバラエティ ご本、出しときますね?』、フジテレビ『ボクらの時代』にゲスト出演。

好きな男性に告白した時、(告白されて)度肝を抜かれましたか?と聞いたことがある。
殺人のシーンを書くのが喜び。
運動会の大玉転がしで大事に大玉を運んでいたら、あまりの遅さに競技が一時中断された。
といったエピソードを披露し、作家仲間が「クレイジー沙耶香」と呼ぶのも納得の不穏なキャラクターを見せつけた。

それだけでは終わらない。今月20日発表された第155回芥川賞の候補作に、彼女の作品「コンビニ人間」(『文學界』6月号収録)がノミネートされた。

コンビニ店員作家の過激すぎるコンビニ小説が芥川賞候補に。クレイジー沙耶香の狂気に震えろ
村田沙耶香「コンビニ人間」の掲載されている『文學界』6月号

タイトルにもあるコンビニは、村田沙耶香にとって欠かすことのできない場所だ。といっても、買い物が目的ではない。人気作家となった現在も、コンビニで週3回アルバイトを続けているのだ。
バイトの日になると集中して原稿が書けるし、アイデアが勤務中に湧くこともある。コンビニに依存しているとまで、テレビのトーク番組では話している。
そのコンビニ依存症が、とんでもない変人を生んでしまった。


クレイジーなコンビニ店員


「コンビニ人間」の主人公・古倉恵子は、スマイルマート日色町駅前店のアルバイト店員。業務はスムーズかつ完璧にこなし、店員として何ら問題ないはずなのだけど・・・・・・。
〈コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思いだせない〉
恵子は人間である以前に、コンビニ店員という生き物だった。問題大ありなのである。

原因は幼少期にさかのぼる。恵子は公園で死んでいた小鳥を見て、〈お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう〉なんて言い出す子だった。
小学校で同級生のけんかを止めるために、〈一番早そうな方法〉だとスコップで男の子の頭を殴る子でもあった。
何の悪気もないし、何が間違えているのかわからない。だけど両親が悲しんだり、誰かに謝るのを望んではいない。恵子はやがて、自分の意志で動くことを放棄してしまう。

孤独な少女を救ったのは、大学1年生の時にはじめたコンビニでのアルバイトだった。コンビニではマニュアル通りに動けば、普通の人間を演じられると知ったのだ。

〈私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った〉

コンビニ店員に生まれ変わった恵子は、就職も結婚もせずに同じ店で18年間働き続けた。
一方同級生の多くは、就職も結婚もしている。友人たちとの集まりに顔を出すと話題に上るのは、仕事や家庭のことばかり。30代半ばの独身アルバイトは、その度に腫れ物扱いされて疎外感を味わう。

〈正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく〉。そんな世界の原則から逃れようと、恵子は型破りな行動に出る。女性客へのストーカー行為で店をクビになった元同僚・白羽を家に住まわせて、同棲を始めたのだ。
〈あれを家の中に入れておくと便利なの。皆、なんだかすごく喜んでくれて、『良かった』『おめでとう』って祝福してくれるんだ。
勝手に納得して、あんまり干渉してこなくなるの〉
と、妹に話してドン引きされる恵子。正常な世界に馴染む日は、きっとこない。

タブーに斬りこみ続けるクレイジー沙耶香


村田沙耶香はこの世間で正常とされる物事に、違和感を表明してきた作家だ。
たとえば2014年発表の中篇「殺人出産」では、10人子供を産めば殺したい人間を1人殺すことができる近未来を描き、命とはそんなに重いものなのかと人間の倫理観を揺さぶった。
2015年発表の長篇『消滅世界』では人工出産が主流となった日本を舞台に、家族や性愛は絶対に必要なものなのかと疑問を投げかけた。

「コンビニ人間」でテーマとなるのは、定職を持ち、結婚をしなければまっとうな人間と認めない社会の是非だ。なのに、主人公がダメ男と奇妙な同棲を始めたり、あらぬ方向へ話の突き進んでしまうのが村田作品の真骨頂。
迷走する姿に愛着が湧いてくる。正常じゃなくたっていいではないか。なーんて、読んでいく内に恵子のことを理解した気になって、安心してはいけない。
最後には読者の同情も共感も粉々に打ち砕く、ぶっ飛んだ結末が待っている。その時気づくはずだ。ヤバい作家にはまってしまったと。
(藤井勉)