「臨床犯罪学者 火村英生の推理」第7話、2年前に起きた黄昏岬殺人事件の容疑者を集めて「挑戦状」を叩きつけた火村英生に、その中の1人がこう言いながら食ってかかった。
そのへんの意図が見えないので、疑問符の残った回だった。次回予告に「火村英生の闇が深化する」とのキャッチがつけられていたので、あるいはその布石なのかもしれない。今夜放送の第8回を観るまで、とりあえずは判断保留である。
2つの謎解き
さて「朱色の研究」編だが、長篇を支える謎解きそのものは見事にドラマへと換骨奪胎されていたのである。本編の原作には2つの謎解きが含まれ、ドラマで2分割するには適した題材であったが、脚本はそれをきちんと短い時間で説明してみせた。
火村英生登場作の長篇は8作あり、第2長篇の『ダリの繭』は前々回にドラマでも使われた。最初の『46番目の密室』と、〈国名シリーズ〉に含まれる『スウェーデン館の謎』『マレー鉄道の謎』(日本推理作家協会賞受賞作)の3つには、いずれも密室殺人事件を含まれている。有栖川作品の中でも特に印象に残るトリックが使われた3篇でもあり、この先もし〈国名シリーズ〉の長篇が書かれるとすれば、同様にトリック重視の作品になるのではないかという予感がするのだ。
それに対して前出の『ダリの繭』と第3長篇の『海のある奈良に死す』は、アリバイ崩しのような「手順」を重視した内容だ。小さな論理を積み重ねていくことで探偵が解に達するというような謎解きのスタイルであり、有栖川の作風がよく現れている。この延長線上にあるのが『乱鴉の島』である。
「悪夢」について初めて言及
前回も書いたように、作品の背景に地誌や伝承などについての言及があり、余剰の部分が楽しめるのが長篇『朱色の研究』の特徴でもある。もう1つ見逃せないのが、火村英生が自身の「悪夢」について初めて言及したのがこの作品だということである。
「ああ。
ドラマ「臨床犯罪学者 火村英生の推理」の第1話は、この夢を実際に映像化した場面から始まっていたわけで、そういった意味では重要な作品だ。
本作の火村はいつも以上に多弁であり、自らの犯罪・犯人観も惜しみなく開陳している。ドラマの小野刑事がそれを理解できなかったように、その語りは他人に向けられたわけではなく、自らの内面を掘るためのものだ。火村の内なる孤独が言葉のはしばしに滲み出してくる。
「[……]私は、地獄も極楽もこれっぽっちも信じていないだけです。そんなものは、現世の不合理不条理から目を背けるための方便として仮構されたフィクションにすぎない。
「ならば先生に伺います。神も仏もないのなら、この世のその代理を務めるのは、警察官や検察官や裁判官ですか? そして名探偵?」
「質問が矛盾を含んでいます。いないものに、代理はありません」
最終回はこうなるのではないか
「朱色の研究」中ではシャングリラ十字軍を含む動きがあり、次回以降は火村と組織との対決へと向けて話が動いて行きそうな気配がある。現在発売中の「ダ・ヴィンチ」は有栖川有栖特集であり、米澤穂信との対談や、作品解題なども行われているのでぜひお読みいただきたい。記事取材で有栖川氏とお会いした際、実はドラマについての話題も出て、最終回はこうなるのではないかという点で意見が一致したことがあるのだが、それが当たったかどうかはこのレビューの最終回でお伝えしたいと思う。
さて、今夜放送されるのは『菩提樹荘の殺人』所収の「アポロンのナイフ」である。どうぞお楽しみに。
(杉江松恋)