子どもの頃に家出して以来、ずっと洞窟などで40年以上暮らした男の半生をおったドラマ「洞窟おじさん」。原作は、実在人物(加村一馬)の自伝とも言える「洞窟オジさん」(小学館)(→レビュー

もともと2015年7月にNHK BSプレミアムで放送されたドラマだったが、完全版としてNHK地上波に初登場。
先週12日に全4話中の2話まで、残りの2話が本日(2/19)15時より放送される。
戦慄のほぼ実話「洞窟おじさん」完全版「お腹空くよりイノシシよりも、人が怖いんです」
鳥は餌のミミズなどを置き、竹のしなりで、首を突っ込んで来た小鳥を弾いて獲ります鳥は餌のミミズなどを置き、竹のしなりで、首を突っ込んで来た小鳥を弾いて獲る(取り調べでの加山の図解もとに)
イラスト/小西りえこ

俺の家は洞窟だ


ドラマは、平成15年、56才の加山一馬(リリー・フランキー)が、自販機から小銭を盗もうとして警察に捕まるところから始まる。
取り調べにて、カツ丼と引き換えに自供がはじまる。育った「自宅」とは、なんと「洞窟」。当然それを信じない刑事。

「嘘じゃねー!俺の家は洞窟だ、俺の家は洞窟だ!」

取り調べで、語られた事実は壮絶だ。

群馬の山あいの貧しい一家に生まれた加山(原作では加村)は、6人の兄弟(原作では8人)の中でなぜか親兄弟から「臭い」だの「恥ずかしい」だのとつま弾きにされ、学校でも疎外される毎日。

親は、加山の飯だけ少なくし、文句を言うと折檻を繰り返す。
13才のある日、加山は父親の好物のマムシの干物(自家製)をこっそり食べてしまう。激怒した父親はさらなる折檻、母親も止めるどころかいっしょに折檻。

ついに加山は、唯一の友達である飼い犬と逃げるように家を飛び出した。

一週間かけて、たどり着いたのは、40キロ離れた銅山廃れゆく足尾付近。
グーグルマップによれば、群馬の大間々から、足尾まで徒歩で所要時間8時間40分と表示されるが、もちろん当時は未舗装、そもそも道があったかも怪しい。

たどり着いた山中の洞窟で、加山は一人(と一匹)で暮らして行くことを決意する。「洞窟おじさん」の誕生だ。

どうやって生きていった?


包丁や塩、マッチやスコップなど少しは持って家を出た。
枝や枯れ草で寝床を作り、かまどを組み、松ヤニで着火、火持ちのいいクヌギや山桜をくべた。当時の家の暮らしと、さほど居住環境は変わらなかったのかもしれない。皮肉にも、恨んだ父親の普段していたことを真似して、生き延びた。

最初は、カタツムリや木の実を食べ、沢の水で乾きを癒した。
やがて、父親のように蛇やマムシを食らい、生き血を飲んだ。慣れてくると、罠や落とし穴でうさぎやイノシシを狩り、毛皮を纏った。「いくらでも時間はあるからよ」罠は自分で考えた。
戦慄のほぼ実話「洞窟おじさん」完全版「お腹空くよりイノシシよりも、人が怖いんです」
うさぎの巣穴を見つけたら、二股の枝で、抑え込んで固定し、上から穴を掘り耳を掴む(取り調べでの加山の図解をもとに)
イラスト/小西りえこ

唯一の「友達」シロは、第1話の終わりで衰弱死してしまう。

人と接するのが怖い


第2話では、加山は青年に成長(中村蒼)、初の人々との交流が描かれる。
子どもを亡くし、二人きりで寂しく暮らす農家の夫妻(井上順・木内みどり)との出会い。家に招かれたり農作業を手伝ううち、実直な人柄を気に入った夫妻は、養子に迎え入れようと加山に話を持ちかける。
しかし、悩んだ末に加山が出した結論は、再び山へ帰ることだった。

「怖いんです。お腹空くよりイノシシよりも、人が怖んです。もう叩かれたくないんです。」
当然二人はそれを否定するが、
「母ちゃんも最初優しかった…だけどある日急に変わった。」
「信じたいけど、怖いんです。もうあんな思いするの嫌だ。許して下さい。」と頭を下げる。


生活が不自由であることよりも、好きな人に嫌われることを恐れ、一人になることを選ぶ加山。
純粋すぎる気持ちを伝えられた夫妻は、それでも引き止めることはできなかった。

再度、洞窟での暮らしへ。その頃(昭和40年代)になると、山にダムや道路がつくられる。加山は、訪れるひとに、山菜などを売って現金を得る。そんなおり、自生するランを高く買うと持ちかけてきた男と仲良くなり、心を開きかける。
しかし、実は金づるとしかみなされていなかったことを知る。
「お前と俺が友達?馬鹿か?自分の姿見てみろ?臭っせえお前と付き合ってやってるんだよ!」
傷ついて、死地を求めて富士の樹海を彷徨う加山。死に切れないが人間がますます怖くなる。

取り調べ室はコミカル


取り調べ室での加山と先輩刑事(生瀬勝久)と 後輩刑事(浅利陽介)のやりとりがコミカルに描かれており、悲惨になりすぎない。最初は加山の供述を信用していない刑事二人が、次第にその内容に引き込まれていく。
飼い犬の従順さに後輩刑事が突如共感し、先輩刑事に力説しはじめる、犬の死のエピソードには涙する、動物を獲る罠の仕組みを、事件に関係ないのに加山にわざわざ絵で描かせ感心する、マムシの生き血を飲むと下半身がおさまらなくなると聴いて盛り上がる、などなど。

実体験ならではのリアリティ


生まれて初めて金を遣う場面で、バナナ一房に恐る恐る10万ほど出してしまったり、万札一枚を渡して戻ってきたお釣りの千円札数枚を、「増えた」と勘違いして「なんでこんなにくれるんだ?」と悩んだ話、金を稼ぎだし食べる物の心配が減ると、夜な夜なつらかった昔の夢を見てしまい困った話など、実体験がなければ描けないエピソードにひきつけられる。

過剰な演出が少ない


このドラマは「ほぼ実話」とうたっているだけあって、また、元がNHKBSでの放送ということもあり、過剰な演出や脚色がない。配役も自然だ。加山を引き取ろうとする井上順・木内みどりの静かな芝居もいい。関係性を無駄に引っ張ったり、感動させようとしたりしていない。

時代が同じとはいえ、一見合わなそうな山の生活とロックの名曲もマッチする。
主に、ドアーズとレッドツェッペリン。「THE END」が「地獄の黙示録」のように似合う。3〜4話にも名曲がちりばめられている。
 

3〜4話の見どころ


自殺を回避し、加山はついに山を降りる。暮らすのは里の川べり、いわゆるホームレス生活だ。友情や恋や別れを経験することになる。そこで偶然再会した兄から、なぜ自分だけ家族に虐げられていたかを聴く。それは長年「自分の何がいけなかったのか」と悩み続けてきた加山にとってあっけなさすぎる理由だった。時間を取り戻すかのように少しずつ人と関わはじめる加山は、ある女性(尾上真知子)と出会う。
(アライユキコ)