坂元裕二の脚本を、松たか子、満島ひかり、松田龍平、高橋一生という手練の役者たちが演技の四重奏で弾きこなすTBS火10枠ドラマ『カルテット』。
今夜6話「カルテット」結婚記念日に明かされるか。松たか子と宮藤官九郎夫婦の真相
イラスト/小西りえこ

先週放送の第5話で「第一幕終幕」とされているが、視聴率は少し伸びて8.5%。
これから最終話までどこまで盛り返していけるか……なんてことに注目している人はすれっからしの業界人だけで、視聴者というか『カルテット』ファン(この中毒性の高いドラマを5話まで見続けた人はもうファンだ)の興味は次の一瞬に何が起こるのか、それがどんな意味を持つのか、に尽きると思う。解釈の沼にハマってしまう人も多い。

第5話にも特大のサプライズが用意されていた。行方不明になっていた真紀(松たか子)の夫・幹生が姿を現したのだ。真紀は殺人犯じゃなかった!(まぁ、そうだろう) そして幹生を演じるのは、まさかの宮藤官九郎! 普通の役者ではなく、クドカンをこの重要な役に配置するあたりも『カルテット』の一筋縄ではいかなさを表している。ちなみにクドカンの実際の身長は、すずめのスマホにあったデータどおり176.5センチ。


三流は明るく楽しく。志のある三流は、四流!


これまでの4話では、それぞれの過去と内面を掘り下げる形でドラマが進んできたが、「第一幕終幕」となった第5話では、真紀、すずめ(満島ひかり)、司(松田龍平)、諭高(高橋一生)による弦楽四重奏団・カルテットドーナッツホールが二つの外部の力によって翻弄される様子が描かれた。

一つは、司の弟・圭(森岡龍)によるもの。圭は4人の“居場所”になっている軽井沢の別荘の売却を匂わせつつ、4人の経済的な自立をはかるために新たな仕事を与えようとする。この仕事がクセモノだった。

音楽プロデューサー・朝木(浅野和之)から斡旋された仕事は、プロピアニストとの五重奏とは名ばかりのもの。
奇天烈なコスプレやダンスを要求されるばかりで、満足いくリハーサルの時間も与えられない。「ベストを尽くしたい」と抵抗する諭高に対して、朝木はこう答える。

朝木「注文に応えるのは一流の仕事、ベストを尽くすのは二流の仕事、我々のような三流は、明るく楽しくお仕事をすればいいの」

……また殺傷力の高いセリフが飛び出した。朝木の仕事論は、カルテットドーナッツホールと我々視聴者を同時に撃ち抜く。さらに本番当日、一方的な理由で彼らは“演奏しているふり”を要求される。

屈辱に涙するすずめ、すずめに「やる必要ないよ」と優しい言葉をかける諭高、メンバーに詫びる司。
もっとも激しく拒絶するすずめが無職なのは納得がいく、という指摘もあるが、家族のいなかったすずめにとってチェロが唯一の拠りどころだった過去を考えれば、自分のチェロ演奏を無下に扱われることが何よりも耐えられなかったのだろう。即座に帰ろうとする諭高がバイトをクビになってしまったのはよくわかる(カッコいいんだけど!)。

結局、現実を受け止める真紀の説得によって仕事は遂行された。終演後、会場を去る4人に対して、朝木はポツリと漏らす。

朝木「志のある三流は、四流だからね」

これも厳しい言葉だが、言った後、朝木は視線を落とす。そこに侮蔑的なニュアンスはない。
彼もかつて“四流”だった過去があるのだろう。志を捨てることで、音楽業界で三流として40年生き抜いてきた。朝木が視線を落とした理由は、カルテットドーナッツホールを乗せた車の行く末を見ていられなかったのかもしれない。

朝木に褒められて仕事をもらったとき、司は「僕たち、今ここ上り坂なのかもしれません」と言っていたが、実際はやはり「下り坂」だった。司の弟・圭は4人のことを「諦めきれない人たち」と表現していたが、“世界の別府ファミリー”の音楽に対する目と耳は確かなのだろう。第1話で真紀がベンジャミン瀧田(イッセー尾形)について語った「夢の沼に沈んだキリギリス」という言葉が蘇る。


だが、そこに悲劇的な様相はない。カルテットドーナッツホールの4人は、路上で「Music For A Found Harmonium」を演奏する。周囲には人が集まり、楽しそうに手拍子する。第2話の冒頭で「ノクターン」でこの曲を演奏していたときも、聴衆からは手拍子が巻き起こっていた。四流なりの楽しさはあるし、それは人生において捨てたものではない。別荘のことやお金のことなど、先延ばしにしただけかもしれないけれど、4人で演奏しているときの楽しさや充実感はたしかなもののはず。


侵略者・吉岡里帆VS松たか子・満島ひかりタッグ!


カルテットドーナッツホールを襲う、もう一つの外部の力は「ノクターン」で働く元地下アイドル、“淀君”こと来生有朱(吉岡里帆)だ。鏡子(もたいまさこ)に依頼されて別荘にやってきたキリギリスにもアリにも読める名前を持つ女の子は、4人にとっては明らかに異物であり、心地よい居場所に対する侵略者でもある。

鏡子の依頼どおり、真紀から執拗に夫婦関係のことを聞き出そうとする有朱。はぐらかそうとする真紀とすずめに対しても負けずに食らいついていく。

有朱を演じる吉岡里帆はインタビューで有朱というキャラクターを「破壊的な方の魔性の女」「どこにも馴染めないで孤立してきた子なので、同じようにはみ出し者だったカルテットの4人が仲良くやっているのを見て、破壊したいと思っているんです」と語っている(Abema TIMES)。クラスを次々と学級崩壊に導いた幼少期、地下アイドルをしていた少女期にさまざまな経験を積んだようだが、彼女はキリギリスになるのを夢見て諦めた孤独なアリなのかもしれない。

ドラマを見返してみると、真紀とすずめが路上での演奏を思い出して微笑み合うところから有朱のギアが上がっているのがわかる。鏡子からの依頼、つまり金銭というモチベーションが「(4人の関係を)破壊したい」というモチベーションにスイッチした瞬間だ。

有朱「みんな嘘つきでしょ? この世で一番の内緒話って正義はたいてい負けるってことでしょ。夢はたいてい叶わない。努力はたいてい報われないし、愛はたいてい消えるってことでしょ。そんな耳障りのいいことを口にしてる人って、現実から目を背けてるだけじゃないですか。だって、夫婦に恋愛感情なんてあるわけないでしょ。そこ白黒はっきりさせちゃダメですよ。したら裏返るもん、オセロみたいに」

有朱「大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き! 殺したい! って」

怖いよ! ところで、『カルテット』のキャッチコピーは「嘘つきはオトナの始まり」である。「みんな嘘つきでしょ?」と“この世の真実”を語る有朱は、まだオトナになっていないように見える。嘘つきというよりは正直者だ。

プロデューサーの佐野亜裕美は、インタビューで「4人の共通点は目の表情が豊かなこと」と語っている(BuzzFeed JAPAN)。松、満島、松田、高橋の4人は絶え間なく視線を動かし、さまざまな感情を表現している(真紀はあまり視線が動かないほうだけど)。一方、吉岡の視線は真っ直ぐで動かない。揺らぐ視線と揺らがない視線。前者は嘘つきの大人の視線、後者は嘘が下手な子どもの視線だ。隠し持っていたICレコーダーが真紀にバレた後、小狡く立ち回るのは彼女が子どもだからなのだろう。

演技の化物・松たか子、満島ひかりのタッグを相手に回して、一歩も退かない芝居を見せた吉岡里帆に対する驚き、感嘆、畏怖は『カルテット』視聴者ほぼ全員が感じたはず。グラビアアイドルだったというプロフィールと演技のギャップが語られることもあるが、もともと両親の影響で幼少の頃からあらゆる芸術・芸能を浴びて育ち、つかこうへいで演劇に目覚め、唐十郎作品を演じて舞台にのめり込むという10代を送っていたわけだから、どちらかというとグラビアが遠回りだった。

そして、吉岡里帆もすごいけど、その後の松たか子と満島ひかりの芝居がすごかった! これまでの行為が露見したすずめに対する無言の真紀の表情、そしてただうなだれるすずめ……。小細工なしでそれぞれの表情を映し出す演出からは、彼女たちの演技への強い信頼が伺える。
今夜6話「カルテット」結婚記念日に明かされるか。松たか子と宮藤官九郎夫婦の真相
イラスト/小西りえこ

『カルテット』の心地よさをかき乱した第5話


ここまで『カルテット』のドラマ世界は、さまざまな謎や秘密がちりばめられ、涙を誘う人間ドラマが置かれていたが、一貫して“心地よさ”でチューニングされていた。

司のせつない恋を描こうが、すずめの苛烈な半生を描こうが、諭高の愛する子との辛い別れを描こうが、ドラマ全体のリズムと雰囲気は心地よさを保ってきた。その心地よさに視聴者は身をゆだね、ながら見では味わうことができない特別な味わいを楽しんできた。ぶつ切りではクラシック演奏の妙味が味わえないのとよく似ている。

別荘という一種の密室には温かくて美味しそうなごはんがあり、楽しげな会話があった。4人が奏でる“心地よさ”に冷水を浴びせるのが、朝木のセリフであり、有朱の存在そのものだ。第5話でこれまでのリズムが少し変わったと感じた視聴者も少なからずいたと思う。朝木の言葉で彼らは三流(あるいは四流)であることをあらためて自覚し、有朱の振る舞いで彼らの人間関係にヒビが入った。今後、「第二幕」でどのような展開が待っているのか、楽しみにして待ちたい。

本日放送の第6話では、真紀と失踪した夫・幹生がどのような夫婦だったかが描かれる。真紀は5話で「彼は私から逃げただけ」と語っていた。幹生は一度、母親の鏡子から逃げ出したことがあったが、同じように真紀からも逃げ出したというのだ。このとき、鏡子が一人で食べていたのは卵かけごはん。1話で真紀が一人で食べていたのも卵かけごはんだった。真紀と鏡子は似たもの同士……?(真紀の“鏡”ってこと?)

そして今日、2月21日は真紀と幹生の結婚記念日!(すずめが持っていたデータにより) はたしてドラマの筋にどのように絡むのだろうか? 
(大山くまお)