2025年、駿台予備学校は2026年度以降の大学合格者数を公表しないと発表し、受験業界に大きな衝撃を与えました。
教育ジャーナリスト・小林哲夫さんは著書『予備校盛衰史』(NHK出版新書)の中で、受験スタイルや「合格実績」のあり方が変化していると指摘しています。同書より一部抜粋・編集して、駿台が合格者数の公表をやめた理由をひも解きます。
■駿台が「合格者数の非公表」に踏み切った理由
それは予備校業界にとって大きなニュースだった。2025年8月、駿台予備学校(駿台)は、2026年度以降は合格者数を明らかにしない、と発表したのである。
予備校にとって、大学の合格実績は受験生と保護者の信頼を得るための最大の資産である。
東京大、京都大、早稲田大、慶應義塾大など難関大学の合格者数が多いほど予備校のブランド力は高まり、生徒募集に多大な効果を発揮して経営の安定に寄与するはずだ。
しかし、駿台は大学合格者数のあり方に疑問を抱いていた。この数字にどれだけの意味があるのかと、次のように問いを投げかけたのである。
「受験生の多くが複数の塾・予備校やオンライン教材等を併用して学ぶことが一般的となり、単一の教育機関における合格者数が、本来の意味を持ちにくくなってきているのが実情です。
例えば、2025年度入試において、東京大学の一般選抜前期日程の合格者数は2997名でしたが、主要な塾・予備校の合格者数を合計すると、実際の定員を大きく上回る数字になっており、その数値の信頼性や意味が形骸化している状況であると私たちは認識しています。
〔中略〕受験の多様化が進む今、生徒一人ひとりの「第一志望合格」や「納得のいく進路実現」という本質的な成果を大切にしたいと考えています。
■「合格実績」が実態を表しにくくなった背景
駿台が前提としている現状とはどのようなものか。
駿台と河合塾は浪人が、東進ハイスクールと鉄緑会は現役生がメインとなる。ほかは、以上4校のセカンドスクール的な存在のところがいくつかある。代々木ゼミナール(代ゼミ)が公表していないのはさびしい。
なるほど、多くの予備校は東京大、京都大の合格実績を高らかに謳(うた)っている。だが、これらを全部足せば定員を軽く上回ってしまう(たとえば東京大はこの表のデータだけでも5000人を超えるが、同年の入学者は3122人)。「数値の信頼性や意味が形骸化」しているのはその通りだ。
もっとも、受験生が複数の予備校を「併用」するのはいまに始まったことではない。1970年代から、駿台本科に在籍しながら代々木ゼミナールの単科ゼミ、すなわち科目ごとのパッケージ講義を聴講する姿はよく見られた。
2020年代のいまも事情は変わらない。「併用」はむしろ多くなった。予備校そのものは減っている一方で、難関大学合格実績をアピールするところはかなり増えた。
■それでも予備校は「合格実績」を競い続ける
実際、駿台、東進ハイスクール、鉄緑会の授業をうまく組み合わせる受験生はかなりの数にのぼる。たとえば2025年、東京大で最難関と言われる理科三類に入学した男子(神奈川・桐蔭学園出身)は合格体験記でこう記している。
「「鉄緑会は小論文対策講座が少ないので、薄いところを駿台でカバーするようにしました」(『東大理Ⅲ 2025』笠間書院 2025年)」
受験生が、それぞれの予備校でもっとも評判が高い授業を選んで受ける——おいしいところをつまみ食いする——ことで効率よく勉強できると考えるのは自然である。
たしかに、講習会、模擬試験、体験授業、説明会、入試対策セミナーにちょっとだけ参加した生徒も自校の合格者に含めてしまうなど、実績が疑わしい予備校はある。比較にあたって注意は必要だ。
一方、駿台にすれば、難関大学合格実績には絶対の自信を持っていた。しかし、どこもかしこも「東京大合格○○人」と宣伝するようになれば、自校が公表する実績の価値は目減りしてしまうだろう。受験生が予備校を選ぶ際に合格実績を重視するのは当然である。
東進ハイスクールや鉄緑会が注目されるのは、東京大合格者が多いことによる。しかし駿台は合格者数非公表を宣言することで、合格実績アピール競争に一石を投じた。
だからといって駿台に追随する予備校が出てくるとは考えにくい。難関大学合格実績こそ予備校の生命線であることに変わりはないからだ。
■地方予備校も地域で揺るがぬ信頼を築いている
駿台の声明にある、『生徒一人ひとりの「第一志望合格」や「納得のいく進路実現」という本質的な成果を大切にしたい』という言い分はきれいごとに過ぎないと受け止める予備校関係者も少なくない。難関大への輝かしい合格実績を積み重ねてきたブランド予備校だからこそ言えることだ、と。
では、一見そうしたブランドとは距離がありそうな地方の予備校はどうなっているのか。
その合格実績をまとめた(図表1-2)。和歌山英数学館、広島の鴎州塾、熊本の壺溪塾(こけいじゅく)などをはじめ、地元国立大学に多くの合格者を出している予備校は多い。また、いずれも東京大、京都大など難関大へコンスタントに合格者を出しているのだ。
こうした予備校の生徒には地域の進学校の出身者が多い。地元の受験生や親から信頼されているということだ。ブランド力では大手に負けていないと言っていい。もちろん、合格者数の公表をやめることもないだろう。
この書籍の執筆者:小林哲夫 プロフィール
教育ジャーナリスト。1960年神奈川県生まれ。
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