“半裸の天才”の異名を持つKカップグラドル・雨宮留菜。今年で「雨宮留菜」名義での活動15周年を迎える彼女は、14歳でコスプレを始め、学生時代から撮影会やグラビアの世界で活動してきた。
高校時代には月40~50万円を稼いでいたという規格外の半生と、海外のファンサイトで手応えをつかんだ現在地、そして今後の展望などについて聞いた。(前後編の前編)

【写真】Kカップグラドル・雨宮留菜の撮り下ろしカット【8点】

――今年で「雨宮留菜」名義での活動が15周年とのことで、非常に長く活動されています。そもそも被写体としての活動を始められたのはいつ頃なんでしょうか。

雨宮 中学生でコスプレを始めたのが被写体のデビューかなって感じです。今年33歳になるんですけど、14歳からやっているので……もう19年ですね。人生の大半がコスプレイヤーです(笑)。

――14歳からとはすごいですね。雨宮さんといえばKカップのバストが代名詞ですが、発育は早かったんですか?

雨宮 うちは母も姉も祖母も、父方も母方もみんな爆乳で。だから、自分も「まあ、こんなもんなんかな」って思ってたんですけど、小5で初めてブラジャーを買いに行ったら、いきなりFカップだったんです。

――小5でFカップとは周りも驚いたんじゃないですか?

雨宮 「Fカップってこんだけしかないんだ」って意味では驚きました。漫画に出てくるFカップって、もっとミサイルみたいじゃないですか(笑)。『こち亀』の麗子はたしかFかGカップだったと思うんですけど、あのイメージがあったので拍子抜けした記憶があります。


――そういった意味での驚きだったんですね。とはいえ、学校など周りの反応に変化があったのでは。

雨宮 そうですね。男友達がソワソワし始めるっていうか。「あいつと遊んだら変態って言われる」みたいな雰囲気にはなっていました。それが嫌とかはなかったですし、気が強かったので、ジロジロ見てくるやつがいたら「見てんちゃうぞ!」みたいなことはよく言っていました(笑)。

――たくましいですね。

雨宮 そういったことがあったことで、当時からぼんやりと「こんなに見られるんやったらグラビアをやるのもありかな」と思っていたんです。これでお金をもらえたら得だなって、小学生ながらに考えていましたね。

――そういった性格上、過激な世界に入ることへの抵抗はなく?

雨宮 全然なかったです。最初は自分で集客して個人撮影会をやっていたんですが、そうしているうちに撮影会の方からDMが来るようになって。そこはマイクロビキニも着るような、今で言う「着エロ」の事務所でしたね。


――その事務所に所属されたのが、プロとしての第一歩だったんですね。

雨宮 はい、当時の「着エロ」って、ニプレスを見せるぐらいの感じだったんですけど、その事務所にいたおかげで今があると思っています。

――ちなみに、この世界で生きていくと決めたのはいつ頃なんですか?

雨宮 高1のときにもう腹は決まっていました。偏差値36の高校にしか入れなくて、機械科だったんですけど、パソコンとかをいじるんだと思っていたら、旋盤とかを扱うガテン系の学科で……。「めちゃくちゃ体力仕事やから一生は無理やな」と思って。

――それで今の世界で生きていくと決められたと。

雨宮 そうです。周りの人たちがしているバイトはピザ屋の配達か引っ越し屋が定番だったんですが、一番時給がよくても1000円ぐらい。でも、撮影会はそれより全然時給がよかったので「これだ!」と。それからは「会社勤め」という選択肢は考えず、実際に一度も就職したことはないです。

――正直な話、高校生でどれくらい稼いでいたんですか?

雨宮 波はありましたけど、月に40~50万円は稼がせてもらってました。

――高校生でその額はすごいですね。


雨宮 本当に運がよかったんです。当時は今より規制がずっと緩くて、高校生でも撮影会でTバックを穿いてよかったし、それをDVDにして販売することもできた。手ブラとかもやってましたから。今じゃ絶対にできないですよね。

――コスプレ、グラビア業界の変化についてもお聞きしたいのですが、実際に変わったと感じることはありますか?

雨宮 昔はコスホリックのようなイベントに出ればすごく稼げたんですけど、今はもう売上が10分の1ぐらいになっちゃいましたね。

――かなり減っている、と。

雨宮 出る人が増えすぎたのに、お客さんの数はそんなに増えていない。不景気もあって、客単価が下がってるんだと思います。昔から出てる子たちとは「もう宣伝目的で出るぐらいだね」って話してます。コミケも全体的に落ち込んでいる感じがします。

――そんな中で、現在最も手応えを感じている活動は?

雨宮 「OnlyFans」です。海外のファンクラブサイトなんですけど、そこでは、全体の売上の上位1%に入ることができています。


――上位1%とはすごいです。

雨宮 これもやるのが早かったのがよかったんだと思います。コロナ禍で家でできることを探していて、隙間産業で海外のほうに行ってみよう、って。当時は日本人が少なかったので、そこでファンが固まってくれた感じです。

――常に新しい活路を見出していくんですね。OnlyFansで収益面の手応えを得た今、今後はどのような活動に力を入れていきたいですか?

雨宮 お金のことはおかげ様であまり心配しなくてよくなったので、これからは売上を度外視してでも、忘れられないように国内外いろんな場所に行って顔を売りたいなと思っています。あと、昔からやりたいのがNPO法人の設立です。

――具体的にはどういった活動を?

雨宮 「メイドの土産」っていう名前はもう考えてるんですけど(笑)、亡くなる直前の方のところへ行って、胸でも足に置いてあげよう、みたいな。

――性のボランティア、ということでしょうか?

雨宮 そうです。最近、マッチョな男性が老人ホームを慰問する活動があるじゃないですか。それを見て、男性陣はそれでいいけど、おじいちゃんたちはかわいそうやなって。ただ、胸はどうしても性的なことになっちゃうので、筋肉と一緒の扱いをしてもらうのがなかなか難しくて。
NPOの方に相談したら「何言うてんねん」って言われちゃいました(笑)。

――実現にはハードルがありそうですね(笑)。

雨宮 どうにかうまい着地点を見つけて実現したいですね。あとは、アパート経営もしたいと思っています。「一緒に住める権利」付きで、私が3食作ります、みたいな高額アパートをやりたいなとか、いろいろ考えています。

▽雨宮留菜(あめみや・るな)
大阪府出身。身長143cmの小柄な体形とKカップバストを生かし、グラビアアイドル、コスプレイヤーとして活動。2011年に『Cream』でグラビアデビューし、以降は多数のイメージDVDを発売。『週刊プレイボーイ』『週刊ポスト』『週刊大衆』などの誌面に登場したほか、海外のイベントにも出演し活動の場を広げている。

【後編】グラドル雨宮留菜、「3歳から両親が性教育をしてくれた」破天荒な恋愛観
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