「管理職にはなりたくありません」

管理職候補者との面談で、この言葉を聞いた経験のある人事担当者や上司は少なくないでしょう。期待していた社員からそう言われると、「どう説得しようか」「どうやって前向きになってもらおうか」と考えてしまうかもしれません。


しかし、そこで焦って説得に入ることは、かえって逆効果になる場合があります。なぜなら、「管理職になりたくない」という言葉の裏には、その人なりの理由や葛藤が隠れているからです。

私が管理職候補者と向き合う際に最も大切にしているのは、「なりたくない」という言葉を結論として扱わないことです。

むしろ、その言葉の奥にある本音や価値観に耳を傾けることから始めます。

本当に管理職になりたくないのか

面談でまず確認したいのは、「本当に管理職になりたくないのか」ということです。一見すると同じ言葉でも、その背景は人によって全く異なります。

部下を持つことが不安な人。評価者になることが怖い人。失敗したくない人。プライベートとの両立を心配している人。

あるいは、単純に自分のやりがいと管理職の仕事が結びついていない人もいます。

しかし本人自身も、その理由をうまく言語化できていないことが少なくありません。


だからこそ、「なぜ管理職になりたくないのですか?」と直接聞くだけでは不十分です。私がよく投げかけるのは、

「何を恐れていますか?」
「管理職になったら何が起きると思っていますか?」
「もし不安がなくなったら挑戦したいですか?」

という問いです。

すると、

「実は部下の人生に責任を持てる自信がない」
「失敗して評価を下げたくない」
「自分が管理職に向いていると思えない」

といった本音が少しずつ見えてきます。

多くの場合、人は管理職を拒否しているのではなく、管理職になることで起きると想像している未来を恐れているのです。そして、その未来像の多くは、必ずしも現実そのものではなく、自分の中にある思い込みや管理職像によってつくられています。

だからこそ、まず必要なのは説得ではなく、本人が何を見て、何を感じ、何を恐れているのかを理解することなのです。
やってはいけない関わり方

一方で、善意から発した言葉が本人を追い詰めてしまうこともあります。

例えば、

「私も不安だったけど大丈夫だったよ」
「みんな通る道だから」
「給料も上がるしね」
「あなたならできるよ」

こうした言葉です。どれも励ましのつもりかもしれません。

しかし本人からすると、「不安をわかってもらえなかった」と感じることがあります。

特に「あなたならできる」という言葉は注意が必要です。言われた本人は、

「なぜ私なの?」
「どこを見てそう思うの?」

と感じているかもしれません。


もし伝えるのであれば、

「あなたがこれまで周囲に与えてきた影響を見ている」
「後輩育成に真剣に向き合っている姿を評価している」

など、具体的な理由まで伝える必要があります。言葉を省略しすぎると、相手には届きません。

また、上司はつい自分の経験を基準に話してしまいます。

しかし対話で大切なのは、自分の答えを伝えることではなく、相手の答えを引き出すことです。相手の価値観や人生観を理解しようとする姿勢こそが、信頼につながります。
若い世代は「意味」を求めている

近年の若手社員との対話で特に感じるのは、「意味」の重要性です。

昭和型のキャリア観では、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」「昇進は当然目指すもの」という価値観がありました。

しかし今は違います。意味が見えない苦労には価値を感じません。

だからこそ、「給料が上がるから」「評価されているから」という説明だけでは不十分なのです。

むしろ、「会社にはそれしか魅力がないのか」と思われてしまう可能性すらあります。

今の社員が知りたいのは、自分の人生や価値観とどうつながるのかです。


管理職になることによって何を得られるのか。どんな成長があるのか。どんな可能性が広がるのか。そこを一緒に考える必要があります。

成人発達理論では、人の成長とは知識やスキルを増やすことだけではなく、物事の意味づけが変わることだと考えます。同じ管理職という役割でも、「負担が増える仕事」と捉える人もいれば、「人や組織の成長に関われる機会」と捉える人もいます。

意味づけが変わると、見える景色も変わるのです。

「やってみたい」に変わる瞬間

管理職に否定的だった人が前向きに変化するケースもあります。

そのきっかけは、説得ではありません。本人が自分なりの意味を見つけたときです。

例えば成長意欲が高い人であれば、「今までは自分のための成長だった。次は組織や人の成長に関われるステージかもしれない」という視点が響くことがあります。
育成が好きな人であれば、「これまで支えてもらった経験を次世代へ返していく役割」という言葉が刺さることもあります。不安が強い人には、「責任を真剣に考えているからこその不安だ」と捉え直してもらうこともあります。

大切なのは、本人が自ら動きたくなる理由を見つけることです。人は納得して挑戦したいのであって、無理やり飛び込まされたいわけではありません。

管理職候補者との対話で必要なのは説得力ではなく、対話力です。そして、その人自身の働く意味や、自分らしいリーダーシップのあり方を一緒に探していく姿勢なのではないでしょうか。

管理職になるかどうかは、役職の話ではありません。

自分がどのように人や組織と関わり、どのような価値を生み出したいのかという問いでもあります。

次回は、管理職不足を解決するために企業が変えるべきこと、そしてこれからの時代に求められる管理職像について考えていきます。

瀬田 千恵子 せた ちえこ 株式会社チームボックス 代表取締役COO/リーダーシップ開発・組織開発コンサルタント国内外の企業で人事・採用・人材開発職を経て、現在は株式会社チームボックスにてCOO(最高執行責任者)を務める。現場の指揮官としても活躍し、数多くのリーダー育成に携わるとともに、日本有数の大手企業の経営層の育成にも取り組んでいる。⽴教⼤学⼤学院 経営学研究科修了(経営学修⼠/専⾨:リーダーシップ開発)。
ICC国際コーチング連盟認定プロフェッショナルコーチ。【登壇実績】日経クロスウーマン主催:悩める管理職のためのオーセンティックリーダーシップ術そのほか大手飲料メーカー、ヘルスケア業界企業をはじめ、業界を問わず企業・団体にて講演実績を持つ。リーダーシップ開発や組織変革をテーマに、現場感覚と理論の両軸を活かした実践的な内容で多くの共感を得ている。【受賞歴】Japan CxO Award:トップノミネーター【著書】『完璧なリーダーをやめたら、人と組織が動き出した 成人発達理論によるオーセンティック・リーダーシップ』(日本能率協会マネジメントセンター) この著者の記事一覧はこちら
編集部おすすめ