「不戦の決意が込められた日本国憲法の平和の理念と非核三原則を堅持し、国際社会の緊張緩和と軍縮に向けた外交を強化してください」


 長崎への原爆投下から81年となった9日、長崎市の平和祈念式典で鈴木史朗市長は、参列した高市首相に視線を向け、そう訴えていた。ところが、その声が本人に届いているかは微妙だ。

鈴木市長の後に登壇した高市首相は「(原爆犠牲者に)謹んで哀悼の誠を捧げます」などと挨拶。時折噛み、中身はスカスカだった。


 それもそのはず、高市首相は非核三原則どころか、「不戦」「護憲」といった意識はなきに等しい。それどころか、日本によるアジアへの侵略戦争にも無反省。それを如実に表す高市首相の言動がSNSで猛拡散している。


 X(旧ツイッター)のあるアカウントの投稿には、若かりし頃の高市首相が国会で質問する動画がアップされている。日付は1995年3月16日、衆院外務委員会でのことだと記されている。日本の戦争責任について当時の高市首相はニヤケながら、こう言い放っている。


「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」


 このトンデモ発言に、当時の河野洋平外相は「過去の戦争について全く反省もしない、謝罪をする意味がないという議員のご発言には私は見解を異にする」と答弁。表情から、かすかに怒りや呆れの感情が見て取れる。


 この投稿は9日夜時点で190万インプレッション(表示回数)を超え、〈なぜ、この時点で議員を辞めさせられなかったのか〉〈こんなことを半笑いで言ってのける、これが高市の本性〉と、大炎上である。



「反省する」と繰り返した村山富市首相を国会で追及

 国会議事録を確認すると、確かにこのやりとりは記録されていた。

高市首相は当時、野党の新進党に所属。同年3月上旬、当時の栗山尚一駐米大使が会見で「日本がきちんと第2次世界大戦に至った歴史を見据え、その反省の上に立って戦後の日本があることを忘れてはならない」と言ったことに高市首相は噛みついたようだ。


 投稿は他にもある。真っ赤なジャケットを着た高市首相が、旧日本軍によるアジア・太平洋地域への侵略について「反省する」と繰り返した村山富市首相を国会で追及している動画だ。


 当時も高市首相は野党議員。イラついた表情で「何をもって侵略行為と言うのか、何が過ちなのか、この辺が明確に見えないと、勝手に代表して謝ってもらっちゃ困る」と発言しているのだ。こちらも議事録に残っており、やりとりは94年10月12日の衆院予算委員会でのことだった。


■「注意にも耳を貸さなかった」


 こうした高市首相の発言を「直接聞いたことがある」と言うのは、政治評論家の本澤二郎氏だ。


「高市氏の初当選(93年)直後のことです。ある政治系の雑誌の要請を受け、彼女のインタビューを行いました。すると、SNS上の動画と同様のトーンで『私は当事者じゃないから、責任なんかない』と放言。一般人ならまだしも、国民の代表たる国会議員の発言とは思えず、非常に驚きました。

『そんな認識では議員は務まらない』と注意したのですが、彼女は『分かりました』とは一言も言いませんでした」


 田中角栄元首相は「戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」という言葉を残している。危機はすぐそこだ。


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 高市首相はどのような考えを持っているのか…関連記事【もっと読む】【さらに読む】などでも詳しく報じている。


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