時代の問題か、教育の問題か。同じような悲劇が、先進国と呼ばれる世界中の国々で起こっている。
例えば、ゲームの中で登場人物が死んでも、リセットすれば数秒で復活する。だが、生身の人間や生き物は、二度と生き返ることはない。

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誰かが昔、こう言った。「昭和の時代は、自宅葬が当たり前で、祖父母など身内の死を通じて『命は二度と戻らない』と知ることができた。しかし、核家族化が進み、祖父母の名前すら言えない子供が増えた2000年以降の世代には、感情が欠落しているのではないか」と。

韓国で、18歳の少年(韓国の法律上、未成年)が母親を殺害した。父親ときょうだいは不在だったために難を逃れたが、止められなかった。彼は母親を殺害した後も興奮が収まらなかったのか、飼い犬の首を絞めて殺した。

犯行後、少年は自ら警察に通報した。逃亡の形跡も、自傷行為の可能性もなかった。通常、日本ではこうしたケースであれば、命の安全が保てる場所での保護が優先される。韓国でも基本的には同様の手順を踏むはずだが、今回は逮捕状発付前の実質審査を行い、「逃亡の恐れはないものの、やむを得ない事情がある」として迅速に逮捕した。


これは母親殺害の罪というよりも、韓国社会が重んじる「伴侶動物」を殺めたことの比重が大きいのではないか。過去の判例に照らせば、逃亡の意思がない少年に逮捕状が出ることは異例である。「愛犬を殺したこと」が、あたかも国家的な重罪として扱われているかのようだ。

ちなみに、この少年には精神科の受診歴がある。通院歴ではなく、受診歴だ。何回精神科に行き、どんな薬を処方されていたのか、その詳細はまず公表されないだろう。

逮捕しておきながら、今度は「精神科の受診歴」を理由に刑が軽くなるのだろうか。これから罪を犯そうとする青少年たちは、あらかじめ親に頼んで精神科やメンタルクリニックに通っておくべきだと言いたいのか。命の重さがこれほどまでに歪められた社会に、未来はあるのだろうか。
【編集:fa】
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