夏真っ盛りの南カリフォルニア。海水浴やサーフィンを楽しむ人々でにぎわうビーチで、この夏ちょっと困った事態が起きている。
浅瀬に入った人たちが、砂の中に身を隠しているエイをうっかり踏みつけ、尾の毒棘で刺される事故が急増しているのだ。
実際、2026年に入ってから、ボルサ・チカ州立ビーチとハンティントン州立ビーチでは、すでに3100件を超えるエイによる刺傷事故が報告されている。
これは2025年の1年間に記録された事故の数の、およそ2倍に達するそうだ。いったいなぜ、今年はエイによる被害が増えているのだろうか。
サーフィン中、足元に突然走った激痛
7月24日、ニューメキシコ州からやって来たジェイク・ヘマンさん(31)は、ハンティントン・ビーチにあるボルサ・チカ州立ビーチでサーフィンを習っていた。
ところがボードから降りた瞬間、鋭い木の枝のようなものを踏んだ…と思った。だがその正体は、砂の中に潜んでいたエイだったのだ。
約1時間後、ヘマンさんは同じようにエイに刺された4人と並んで座り、痛みを和らげるために、足を熱いお湯の入ったバケツにつけていた。
ものすごく痛かったです。痛みが足首まで広がっていきました
実は今年の南カリフォルニアのビーチでは、こうした光景が例年以上に多く見られているそうなのだ。
ハンティントンビーチ市が管轄する約5.6kmにわたる海岸では、2026年の被害件数は2000件を超え、すでに昨年1年間の件数を上回った。
南へ100km以上離れたサンディエゴでも、2026年上半期だけで900件を超える被害があり、過去5年間の同時期では最多となっている。
砂の中に隠れているエイの一種
刺傷事故の多くを引き起こしていると考えられているのが、学名「Urobatis halleri」、英語では「ラウンド・スティングレイ(round stingrays)」と呼ばれるエイである。
このエイはサメの近縁にあたるトビエイの一種で、水深0~30mほどの浅い海に生息する底生魚だ。
もっとも、このエイが人間を積極的に襲っているとわけではない。普段は捕食者から身を守るため、海底の砂に体を潜らせてじっとしていることが多い。
そのため、浅瀬を歩いていた海水浴客が、砂の中にいるエイの存在に気づかずに、うっかり踏みつけてしまうことがある。
突然踏まれたエイは、身を守ろうとして反射的に尾を振り上げる。危険なのは、その細長い尾の途中にある鋭いトゲだ。
このトゲには毒を含む組織があり、足などに刺さると傷口から毒が体内に入り、強烈な痛みを引き起こすのだ。
このエイを長年研究しているカリフォルニア州立大学ロングビーチ校の海洋生物学者クリス・ロウ氏によると、とりわけ南カリフォルニアでは、この種による刺傷事故が非常に多いという。
南カリフォルニアは、エイによる刺傷事故では世界でもトップクラスだと思います。その主な原因がこの種なのです
「レイ・ベイ」に集まる大量のエイ
ロウ氏の研究チームが長年調査を続けているシールビーチは、「Ray Bay(レイ・ベイ=エイの湾)」と呼ばれるほど、大量のエイが集まることで知られている。
ここが「レイ・ベイ」と呼ばれているのは、少なくとも60年前からこのエイが集まっているからです。
おそらく近くに温排水を放出する発電所があり、海底の堆積物も細かいため、エイにとって理想的な生息環境になっているのでしょう
過去の研究では、岸から30m以内で特に個体数が多く、温排水が流れ込まない近隣の海岸より、シールビーチの方が年間を通じて多いことが確認されている。
調査によると、シールビーチに生息するエイの個体数は、約1万6000匹と推定されたこともあるそうだ。
その数の多さは、最近行われた調査からもわかる。
最近のある朝、研究者たちは長さ75フィート(約23m)の網を使い、海岸の一角だけで約200匹のエイを捕獲した。いずれもディナープレートほどの大きさだった。
ロウ氏によれば、ときには海底の砂が見えなくなるほど大量のエイが集まることもあるという。
あまりに数が多く、海底を絨毯のように覆って、砂が見えなくなることさえありるんです
海洋熱波でエイも人間も浅瀬へ
では、なぜ今年はエイに刺される人が増えているのだろうか。
その背景の1つとして挙げられているのが、南カリフォルニア沖の海水温の上昇だ。現在この海域では、海水温が平年より高い状態が長期間続く「海洋熱波」が発生している。
米海洋大気庁(NOAA)[https://www.integratedecosystemassessment.noaa.gov/regions/california-current/california-current-marine-heatwave-tracker-blobtracker]によると、今回の海洋熱波は2025年5月に北東太平洋で発生し、その後カリフォルニア沿岸へと広がった。
2026年7月10日時点でも、中央から南カリフォルニアの沿岸では海水温の高い状態が続いている。
なお、温かい海と聞くと「エルニーニョ」を思い浮かべるかもしれないが、今回の海洋熱波はエルニーニョによって直接引き起こされたものではない。
NOAAによると、エルニーニョによる海水温への影響がカリフォルニア沿岸に現れるのは、2026年秋以降になる可能性が高いという。
そして、この秋以降に予想されているエルニーニョも、エイの動向に影響する可能性があるそうだ。
ロウ氏によると、過去のエルニーニョの年には、温かい海を好むこのエイが南から多くやって来て、岸近くまで進出する傾向がみられたという。
エルニーニョの年には南からやって来る個体が増え、岸にも近づいてきます。そのため今年は記録的な数になると予想しています
捕食者の減少も個体数増加の背景に
ラウンド・スティングレイが増えてきた背景には、海水温とは別の環境の変化もありそうだ。
ロウ氏らは捕食者であるサメやアシカなどの大型動物が減少したことも、過去50年間にこのエイの個体数が増加してきた要因として挙げている。
また、河口域の生息環境が失われたことで、人間が多く利用する沿岸の砂浜へ移動する個体が増えた可能性も指摘されている。
彼らは本来、亜熱帯性の生き物です。それが気候変動によって、分布域の端でも繁栄するようになっています
刺された場合の応急処置は「熱い湯につける」こと
さて、万一エイに刺された場合の応急措置としては、冒頭で紹介した「熱い湯につける」方法が推奨されている。
ロサンゼルス郡消防局では、英に刺された場合、耐えられる範囲の熱湯に患部を30~90分ほど浸し、痛みが弱まるまで温度を保つ方法を案内している。
エイに刺された際の傷の痛みには、外傷によるものと毒によるものの2種類がある。同消防局によると、熱によって毒の作用を弱めることで、痛みを大幅に軽減できるのだそうだ。
ただし、痛みが引けばそれで終わりとは限らない。トゲの破片や砂などが傷口に残っている場合には、除去や洗浄などの医療処置が必要になる場合もある。
さらに、刺された場所が赤くなったり腫れてきたりした場合も、すぐに医療機関を受診した方がいいだろう。
刺されないための歩き方「スティングレイ・シャッフル」
そもそも、エイに刺されるのを防ぐ方法はないのだろうか。南カリフォルニアのビーチで推奨されているのが、「スティングレイ・シャッフル」と呼ばれる歩き方だ。
これは浅瀬を歩くときに足を上げて踏み出すのではなく、足の裏を海底の砂から離さずに、すり足で進んでいく方法である。
下の動画を見てもらえば、何となくその歩き方がわかると思う。
この歩き方をすることで、砂を伝わる振動からエイが人間の接近に気づき、踏みつけられる前に逃げる時間を与えられるのだそうだ。
ただし、この歩き方をしても必ず安全というわけではない。下の動画は、実際のエイを相手にこの方法を試してみたものだ。
結果として、7回中エイが逃げたのは3回で、残る4回では期待した反応がみられなかった。
もちろん、わずか7回を試しただけの実験であり、科学的に有効率を示したものではないが、「やらないよりはマシ」といったところのようだ。
なお、日本の沿岸にも尾に鋭い毒棘を持つアカエイが生息しており、カリフォルニア同様に、砂に潜んでいる個体を誤って踏んで刺される事故が起きている。
環境省によると、特に5~6月ごろの生殖期には浅瀬の砂地に集まるため注意が必要だが、夏の海水浴シーズンにも刺傷事故は発生している。
まだまだ残暑も厳しい今日この頃、ビーチへ行く機会もあるかもしれない。うっかりエイを踏んづけてしまわないよう、水際を歩くときは注意しよう。
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