日産自動車はなぜ経営危機から抜け出せなかったのか。日経クロステック編集委員の近岡裕さんは「日産はEVシフトを読み違えたのではない。
現場がつかんでいた市場の変化を経営陣が生かせず、リストラも成長戦略も中途半端に終わったことが、今日の苦境につながった」という――。(第1回)
※本稿は、近岡裕『日産 最後のサバイバルプラン』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■米国、日本より新興国を優先した結果
日産ネクストの中身は「第2のリバイバル・プラン」、すなわちリストラ計画だ。日産自動車は2011年に日産パワー88で拡大戦略を打ち出し、新興国市場を成長源と位置付けて生産能力を拡大させた。2013年に復活させた小型車ブランド「ダットサン」はその象徴だった。ところが、想定ほど売れずに余剰生産能力を抱えた。
その上、新興国市場向けに経営リソースを集中させ過ぎた結果、米国や日本といった先進国市場向けの新型車開発が滞った。モデルチェンジされずに車齢の長くなった製品が増え、競合製品に販売面で負ける。そこに新型コロナ禍が重なり、日産自動車は最終赤字に転落したのである。
こうした事態を受けて同社が2020年5月末に打ち出したのが、この日産ネクストだ。狙いは、過度な拡大路線を反省し、「利益を確保した着実な成長を果たす」(内田誠氏)ことにあった。
2018年度で年間720万台だった生産能力を年間540万台まで減らし、車種の数を2023年度までに69から55に削減する。
このリストラ計画により、2023年度に営業利益率を5.0%に、世界販売シェアを6%まで高める目標を内田氏は掲げた。
■中途半端に終わった「リストラ計画」
当初は計画を上回るペースで進んだ。2021年度第1四半期までに固定費を3500億円以上削減。損益分岐点となる生産台数も、2018年度の約500万台から約440万台まで引き下げた。併せて、販売の質も改善させた。
販売奨励金(インセンティブ)を減らし、1台当たりの売上高を2019年度から16%も向上させた。車両組み立て工場であるバルセロナ工場とインドネシア工場も閉鎖した。だが、その後は失速。営業利益率は4.5%、世界販売シェアは3.7%にとどまり、結局はこの経営計画も未達に終わった。この結果はリストラが中途半端であり、成長戦略への転換も果たせなかったことを意味する。
その反省がないまま、内田氏が率いる日産自動車は、2024~2026年度を対象とした「The Arc(ジ・アーク)」に突き進んだ。日産ネクストで打ち出したリストラによる絞り込みの時期は終えたとばかりに、再び拡大を目指した。
販売台数を2023年度比で100万台も増やした上で、営業利益率を6%以上に高めることを目標に掲げたのである。
ところが、世界の他の自動車メーカーと同じく「EVシフト」にのめり込み過ぎ、EV販売の失速という市場変化を見誤った。
■社長から飛び出したあり得ない発言
この経営判断ミスが、現在の経営再建計画「Re:Nissan(リ・ニッサン)」につながっている。
日産自動車は2024年度の中間決算において、営業利益を前年同期と比べて9割も減らした。最大の理由は、米国市場における販売不振だ。新車不足で古いモデルの在庫が積み上がり、販売奨励金が増加。要は、在庫処分的に割引販売したために、利益が大幅に悪化したというわけだ。
これではブランド価値が毀損する一方だ。なぜ、こんなことになったのか。驚いたのは、この中間決算発表における内田氏の次の発言だ。
「去年の今ごろ(2023年11月ごろ)まで、我々はハイブリッド車がここまで急速に上がってくる状況というのを読めていなかった」
米国市場は日産自動車にとって「生命線」だ。その極めて重要な市場において、新型車の投入計画を立てていないばかりか、トヨタ自動車やホンダのハイブリッド車の好調な販売状況を見ていなかったというのである。

実は、日産自動車はパワートレーンの技術戦略において的を外していなかった。
■なぜハイブリッド車ブームを逃したのか
ハイブリッドシステム「e-POWER(イー・パワー)」を搭載したハイブリッド車とEVの両方を電動化戦略の柱に据えていたからだ。これにより、当面はハイブリッド車の開発に力を入れ、市場の動向を見ながら将来的にはEVの開発にシフトさせていくと、同社の技術担当役員がメディアに明らかにしていた。
確かに、経営リソースが限られるために「選択と集中」の必要があり、日産自動車はプラグインハイブリッド車とマイルドハイブリッド車は手掛けないという戦略を選んだ。それでも、ハイブリッド車を「現実解」と見るトヨタ自動車と方向性は合致していた。
もちろん、エンジンの開発をやめるつもりもなかった。e-POWER向けに発電専用エンジンの効率向上を進める一方で、ガソリンエンジン車についても「顧客がいて、ビジネス(利益)になるなら続ける」(日産自動車)と語ってきたのだ。にもかかわらず、e-POWER搭載のハイブリッド車を米国市場に投入できず、販売機会を逸した。
他の自動車メーカーからは「日産自動車はマーケティングが悪い」という声も聞こえてくる。だが、現在の自動車メーカーの中で市場でのクルマの売れ行きを調べていない企業など考えられない。
■現場の声を無視し、多くの社員が犠牲に
世間に流布するEVシフトのイメージとは異なり、中国市場を除くとEVの販売が伸びなかったことや、EVの販売は補助金に大きく依存していること、ピックアップトラックのような大型のエンジン車が好まれる米国市場ですらハイブリッド車の販売が伸びているという「現実」を、マーケティング部門が突き止めていないはずはない。
では、EVの販売はどうかというと、それもいまひとつだ。
2010年に三菱自動車と共に世界に先駆けてEVを発売し、市場実績の点で優位性を持つはずが、高級EVでは米テスラの、大衆EVでは中国・比亜迪(BYD)の後塵(じん)を拝した。社内に技術があり、市場分析もしているはずなのに、なぜ米国市場がここまでぼろぼろなのか。
自動車系アナリストからは「社長である内田氏が、技術担当役員をはじめ他の役員の報告をまともに聞いていなかったとしか考えられない」(Touson自動車戦略研究所代表の藤村俊夫氏)という厳しい指摘が上がっている。
こうして日産ネクストでリストラに失敗したために、さらに大きなリストラであるリ・ニッサンの実行を余儀なくされた。それが、現在の日産自動車というわけだ。

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近岡 裕(ちかおか・ゆたか)

日経クロステック編集委員

1995年3月早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1997年3月早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年4月日経BP社入社。日経メカニカル編集、2004年日経ものづくり編集、2014年日経ものづくり副編集長、2018年日経クロステック副編集長などを経て、2021年より日経クロステック編集委員。入社以来、29年間一貫して日本の製造業を強化するための記事を執筆し続けている。日経クロステックおよび日本経済新聞電子版で高ランキング記事を多数執筆。著書に『検証トヨタグループ不正問題技術者主導の悲劇と再生の条件』『技術者天国日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP刊)がある。

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(日経クロステック編集委員 近岡 裕)
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