※本稿は、ハーヴィー・ホワイトハウス『本能の人類史』(草思社)の一部を再編集したものです。
■熱帯雨林の奥深くで体験した通過儀礼
この問題に私が初めて魅了されたのは1980年代に遡り、パプアニューギニアの熱帯雨林の奥深くで、通過儀礼を経てバイニング人の部族に迎え入れられたときのことだった。
バイニング人の間では、通過儀礼を経なければ一人前の大人とは見なされない。特に、踊りのときに使う神聖な衣装の着用を許されない。したがって私は、通過儀礼を経た男として初めて踊ったときには、おおいに誇らしく思ったものだ。木の葉で体を覆い、樹皮布のお面をつけていたので、白人である私の手の甲の肌が白くなかったら、誰も私だとはわからなかっただろう。この衣装は伝統的に、正体を隠して変性意識(トランス)に似た状態で殺意を伴う暴力行為を実行するときに身につけることが多かった。
過去には、そのような衣装を身につける権利を獲得するには、激しい苦痛を味わう手順を踏む必要があった。背骨の底部に尖らせた骨を刺すこともその一手順で、その後その骨は、踊っている間に重いお面を支える固定器具のような役目を果たした。また、頭飾りの鮮やかな着色は、尖らせた葉で自分の舌を擦(こす)っては吐き出した血を、その飾りがぬらぬらと深紅色にきらめくまで塗りつけることで行った。
■苦難をともにすると「絆」が生まれる
私はいっしょに通過儀礼を終えたばかりの仲間たちと誇らしげに踊り、歌ったが、今日では、キヴングの指導者たちが他者を殺したり害したりするのを禁じているために、私のような若者は、通過儀礼のとりわけ苦痛に満ちた手順は免れることができた。
とはいえ、男性の儀式の秘伝を授けてもらう過程では、年長の男性たちが経験した厳しい試練の生々しい描写を聞かされ、その手順がどれほど苦しいものだったかを思い知らされた。そのような試練をいっしょに味わった男たちは、戦士になった。そして、真の戦士たちは、大胆不敵な襲撃の間だけではなく、自らのコミュニティが攻撃を受けたときにも、誰もが仲間に庇(かば)ってもらえると思って間違いなかった。
■トゲを尿道に差し込み、血を噴出させる
苦難を共有すると、戦闘で勇敢な行為を見せる動機付けとなる、きわめて強力な絆が生まれることを、人間は昔から知っていた。戦士の集団は何千年にもわたってこの知識を役立て、新兵に辛い通過儀礼を課してきた。
パプアニューギニアのセピック川流域に暮らすカニガラ人の男性は、一生傷跡が残るほど広範に肌を刃物で切り裂く(※1)。パプアニューギニアの他の地域では、少年や未婚の男性は、鼻中隔(びちゅうかく)に穴を開けることから、植物の棘のある部分を尿道に差し込んで引き抜き、血を噴出させることまで、同様に恐ろしいさまざまな肉体的責め苦を強要される(※2)。
そしてもちろん、これはメラネシアに限ったことではない。オーストラリア大陸の北のアラフラ海や珊瑚海(さんごかい)全域で、土着の集団は、堪え難いほどの苦痛を伴い、ペニスの外見を完全に変えてしまう割礼の方法を生み出した。もっとも、そうした儀式のすべてが生殖器の切除に的を絞っているわけではない。オーストラリアからさらに離れた太平洋の向こう側、北アメリカの大平原の諸文化は、皮膚の下まで深く差し込んだフックで体につなげたロープの端に体重をかけて太陽の踊り(サンダンス)を行う。
一方、アマゾン川流域の人々は今日でもなお、怒った弾丸アリたちでいっぱいの手袋をつけるという通過儀礼を行う。弾丸アリはその名のとおり、たった1匹に刺されただけで、弾丸が当たったほど痛く、その痛みは何時間も続く。このような例を挙げればきりがない(※3)。
■激痛を伴う儀式が世界中に残るワケ
人類学者たちが示したように、世界でも特に好戦的な社会も、とりわけ大きな苦痛を伴う通過儀礼を持っており、そうした儀礼ではたいてい、経験した苦難の証しとなる、けっして消えない傷跡が残る(※4)。このような激痛を伴う苦難の一般的な目的は、軍事的な結束をもたらすことであるように思える。苦痛を伴う儀式の共有を通して生み出された絆のおかげで、参加者は困難に直面したときには助け合い、必要とあれば、通過儀礼の仲間のために戦ったり死んだりさえする意欲が増す。
私たちは、その証拠を世界中で見つけた。一例を挙げよう。私はパプアニューギニアの通過儀礼について行った調査に基づき、研究仲間たちとともに西アフリカにおける同様の儀式的な試練の効果に注意を向けた。そこでは、牧畜を行う者と農業を営む者との間で、土地の利用権を巡る暴力的な衝突が頻繁に起こるようになっている。人口圧力が土地と水の利用権を巡る激しい競争を招いており、気候変動のせいでさらに緊張が高まっている。アフリカの一部(特に、マリやナイジェリアのような国々)では、イスラム教武装勢力がそうした分断にしきりにつけ込んでいる。
だが、局地的な争いが手に負えなくなるのは、どこか特定の地域の物質的な状況のせいというよりも、人々を部族のアイデンティティや先祖代々の土地と結びつけている種類の絆、特に、集団が結束するうえで通過儀礼が果たしている役割のせいであるように見える。
■犠牲を払う意欲とトラウマの関係
少なくともこれは、私が研究仲間たちとナイジェリアとの国境に近い、カメルーンのアダマワ州で398人の参加者を募って行った調査の結果だった。そこでは、この種の衝突で何千もの人が亡くなっており、さらに多くの人がこの地域から追い出されている(※5)。私たちの調査からわかったのだが、このような争いが激化したとき、互いのために戦ったり死んだりする農民の意欲は、子供時代の恐ろしい通過儀礼の共有経験と強い相関があった。
彼らは幼い少年の頃、首長の家の近くの神聖な囲い地に連れていかれ、そこに入ると、お面をつけた人物が暗がりから現れて威嚇する。少年たちはぞっとして逃げ出そうとするが、通過儀礼の指導者たちが退路をふさぐ。恐怖で病的なまでの興奮状態になったこの経験は、けっして忘れることができなかった。彼らは身体的に害されることはまったくなかった(囲い地から逃げ出そうとして自ら負ってしまった怪我は除く)が、心理的な衝撃は恒久的なものとなった。
■台湾軍の過酷な訓練の実態
もっとも、極端な通過儀礼は土着の社会や小規模社会の戦士に特有ではない。たとえば、1997~2006年に、「AUC」と呼ばれるコロンビアの極右の麻薬密売グループはたいてい、新規加入者に、捕虜の拷問や手足の切断や殺害の儀式化された行為をすることを強要し、切断した体の一部を常時携帯することを求めた(※6)。同じような手は、シエラレオネの革命統一戦線も使った。この反政府武装集団は、新参者を儀式化した殺人に参加させた。
通常の軍隊さえも、訓練の一環として新兵に身体的または心理的拷問を加えることがある。たとえば、台湾の水陸両用偵察部隊に志願した兵士は、一連の極端な試練を経なければならない。その1つでは、全裸に近い姿で尖った珊瑚の上を50メートル匍匐(ほふく)前進し、しかも途中で痛みを最大化するような運動をさせられる(※8)。その間、参加者の開いた傷口には塩水が浴びせられ、さらに痛みが募る。ミスを犯したり手抜きをしたりした参加者はスタートラインに戻され、苦痛に満ちた試練を最初からやり直す羽目になる。
こうしてさまざまな場所で手に入った証拠や、それ以外の多くの証拠のおかげで、苦難の共有を含む儀式と、集団の結束と、戦闘での勇敢な行為との結びつきは、立証されて久しい。だが、心理的にはいったいどのような仕組みになっているのか? 苦痛に満ちた試練の何が、これほど強力な絆を生み出し、人々は互いのために喜んで戦ったり死んだりするようになるのか? その答えは、「アイデンティティ融合」という集団内の注目するべき連帯の形態にあるらしい。
■家族が傷つけられたら、どうするか
アイデンティティ融合は、集団との本能的な一体感だ(※9)。これは、人の個人的なアイデンティティが集団のアイデンティティと「融合」したときに起こる。もしあなたが熱心なサッカーファンなら、おそらくわかってもらえるだろう。
あなたが応援しているチームのスタジアムについて考えてほしい。
もちろん、誰もがサッカーのクラブと融合しているわけではない。宗教団体と融合している人もいる。国家と融合している人もいる。さらには、民族集団と融合している人もいる。いっしょに歌を歌う合唱団や、いっしょにクラブに行く仲間に融合している人さえいる。
だが、たとえこの種の集団のどれ1つとも融合していなくてもなお、少なくとも家族とは融合しているかもしれない。ここでまた想像してほしい。もし家族のメンバーがひどい侮辱を受けたり、傷つけられたり、誘拐されたりしたとしよう。あなたはそのメンバーを守ったり救い出したりするために、どこまでやるだろうか? 何があっても諦めないのではないか? もしそうなら、あなたはおそらく家族と融合している。
■社会心理学者が唱えた「融合」の概念
融合した人は、その集団を熱烈に守る。
融合の概念は、ウィリアム・B・スワンがテキサスから、アンヘル・ゴメスがマドリードからそれぞれ統率する社会心理学者のチームが最初に構築した(※11)。彼らは当初、この概念を「自己への他者の包含」の尺度に基づいて考えていた。「自己」と「他者」をそれぞれ円で示し、それらの重なり具合で、人が自己の概念の中に他者がどれだけ含まれていると考えているかがわかるという発想だ。
やがてスワンとゴメスは、同じように図示する手法を使えば、自分の個人的アイデンティティが自分の属する集団のアイデンティティにどれだけ取り込まれていると人々が考えているかを突き止められることに気づいた。彼らは重なり具合の異なる小さな円と大きな円の組み合わせをいくつも描いた。そして、調査の参加者たちに、小さな円は「あなた」で、大きな円は「あなたの属する集団」だと告げてから、上の絵のうち、集団とのあなたの関係を最もよく捉えているのはどれかと尋ねた。小さな円が大きな円に完全に内包されている右端の絵を選んだ人は、融合しているという評価を受けた。
■集団を結束させるプロセスの謎
私は初めてこの融合の尺度に出合ったとき、たちまち共鳴した。なぜなら、パプアニューギニアの苦痛を伴う通過儀礼が、それを同時に経験した人々の間にあれほど強い絆を生み出す理由を、何年も理解しようとしていたからだ。それらの経験の記憶がどのように人々の個人としてのアイデンティティを形成したかに、そしてまた、通過儀礼にかかわる集団についての人々の考え方にその経験の記憶がどのような影響を与えているかに、その理由はきっと結びついていると私は感じた(※12)。
ところが、これらのプロセスが集団の絆の形成に与える影響を評価する方法が、私にはなかった。だから、スワンとゴメスの融合の概念こそ、私がずっと探し求めていたもののように思えた。
私は共同研究者たちとともに、新しい融合の概念を使ってたっぷり調査した後、この仕組みについて検証可能な仮説に行き着いた。この説によれば、融合に至る道は少なくとも2つある(※13)。1つ目は、集団の他のメンバーと生物学的な本質的特性を共有していることだ。人間社会はじつに多種多様ではあるものの、家族のメンバーが遺伝性の本質的特性(「血」「骨肉」「精神的本質」などと解釈されるさまざまな特性)を共有していると考えることは一般的だ。このような本質化された生物学的特性を共有していると思っていれば、私たちはより「融合」するのか?
■なぜ国家や民族を「家族」に例えたがるのか
最初の頃に私たちがこの仮説を検証するために採った方法の1つが、双子の調査だ。私たちは二卵性双生児246人と一卵性双生児260人を集めて、各ペアに相手とどれだけ「融合」しているように感じているかを尋ねた。驚くまでもないかもしれないが、彼らの報告に基づくと、一卵性双生児のほうが二卵性双生児よりも融合している度合いがはるかに高いという結果になった。
だが興味深いことに、融合の生物学的基盤がまったく存在しないときにさえ、人々は自らの集団の絆を説明するときに生物学的特性を持ち出す傾向がある。実際、場合によっては、生物学的特性を共有しているという認識だけでさえ、肌の色や髪の毛のタイプや顔の特徴といった、人種分類にかかわる身体的特性を共有する大きな集団との融合の基盤として使われうる。生物学的絆が持っていると私たちが見なす力のおかげで、融合した人々が血縁関係に関連した言葉を使って集団の他のメンバーについてしばしば語る理由も説明がつきやすくなるだろう。
たとえば、民族主義者は自分の国を母国とか祖国とか呼ぶし、同じ民族集団に属する男性たちは互いを兄弟と呼ぶし、フェミニストは女性を「姉妹関係(シスターフッド)」の観点で捉える。
■調査で裏づけられた「2つの道筋」
ルリオーストラリアムシクイの勇敢な行為とちょうど同じで、私たちが集団のために犠牲を払う意欲も、生物学的な血縁関係を通して進化したと考えるのが妥当だろう。だが私たちは、生物学的絆を共有していない人々の間でどのようにして融合が起こるようになったかにも興味があった。たとえば、軍の部隊に兵士が「融合」するような場合だ。この点に関して、私たちの双子調査でわかったのだが、生物学的なつながり(血縁選択を通して勇敢な行為を促すことが昔から知られていた)とは別個に、兄弟姉妹のために犠牲を払う意欲は共有経験にも促されていた。
融合への道筋は少なくとも2つあるという私たちの直感は、これによって裏づけられた。共有の生物学的つながりという道筋だけではなく、個人として人生を変えるような経験を集団の他のメンバーと共にした感覚という道筋もあるのだ。
■血のつながりではなく、記憶や瞬間で結ばれる
ここで、サッカークラブや教会や国家などでの非遺伝的な絆がかかわってくる。そのような集団との絆は主に、血のつながり(本物のつながりであれ、認識上のつながりであれ)ではなく、具体的な記憶や瞬間によって結ばれる。あなたはティーンエイジャーだった頃、親友とロックコンサートに行き、歌詞に心を動かされ、いつまでも忘れないような形で互いに結びついた記憶があるかもしれない。あるいは、抗議のデモ行進で、全員が逮捕される危険を冒したかもしれない。はたまた、みんなで応援しているチームが重要な決勝戦で屈辱的な敗北を喫して、いっしょに嘆き悲しんだかもしれない。
仲間たちとこの種の経験を1度でも共有したことがあれば、あなたはその共有経験が融合への道筋になっていることにおそらく気づくだろう。私たちは、こうした経験によってチームやバンド、大勢の友人たちなどと緊密に結びつくので、その集団になら地の果てまで忠実についていけると感じる。
私は集団の結束へのこのルートを「イメージ喚起的」道筋と名づけた。なぜならそれは、とりわけ記憶に残る有意義な特性を持つ過去の出来事と結びついた心的イメージを軸に展開しているからだ(※14)。それは、血のつながりではなく、私たちの記憶に刻みつけられた、拭い去ることのできない強力なイメージから生まれた絆なのだ。
【参考文献】
※1 Extraordinary Rituals, Series 1, ‘Changing World’, BBC2 (2018). 以下で視聴可能。
BBC Two - Extraordinary Rituals - Why would you do this?
※2 Lewis, Gilbert, Day of Shining Red: An Essay on Understanding Ritual, Cambridge University Press (1980, this ed. 2008).
※3 Whitehouse, H., ‘Rites of Terror: Emotion, Metaphor and Memory in Melanesian Initiation Cults’, Journal of the Royal Anthropological Institute, Vol. 2, No. 4, pp. 703-15 (1996); Xygalatas, Dimitris, Ritual: How Seemingly Senseless Acts Make Life Worth Living, Profile Books (2022)[ 邦訳『Ritual (リチュアル)──人類を幸福に導く 「最古の科学」』(田中恵理香訳、晶文社、2024年)].
※4 Sosis, R., Kress, H. C., & Boster, J. S., ‘Scars for War: Evaluating Alternative Signaling Explanations for Cross-cultural Variance in Ritual Costs’, Evolution and Human Behavior, Vol. 28, No. 4, pp. 234-47 (2007).
※5 Buhrmester, M., Zeitlyn, D., & Whitehouse, H., ‘Ritual, Fusion, and Conflict: The Roots of Agro-pastoral Violence in Rural Cameroon’, Group Processes & Intergroup Relations, Vol. 25, No. 1 (2020). DOI: 10.1177/1368430220959705
※6 さらに詳しくは、以下を参照のこと。Whitehouse, H. & McQuinn, B., ‘Divergent Modes
of Religiosity and Armed Struggle’, in Juergensmeyer, M., Kitts, M., & Jerryson, M. (Eds.), The Oxford Handbook of Religion and Violence, Oxford University Press (2012).
※7 Maclure, R., ‘ “I Didn’t Want to Die So I Joined Them”: Structuration and the Process of Becoming Boy Soldiers in Sierra Leone’, Terrorism and Political Violence, Vol. 18, No. 1, pp. 119-35 (2006).
※8 ‘Road to Heaven, Taiwan’, Extraordinary Rituals, Series 1, ‘Changing World’, BBC2 (2018). 以下で視聴可能。BBC Two - Extraordinary Rituals, Series 1, Changing World, The Road to Heaven, Taiwan
※9 Swann, W. B., Jr. & Buhrmester, M., ‘Identity Fusion’, Current Directions in Psychological Science, Vol. 24, No. 1, pp. 52-7 (2015).
※10 Swann, W. B., Jr., Gomez, A., Dovidio, J., Hart, S., & Jetten, J., ‘Dying and Killing Trolley Problem’, Psychological Science, Vol. 21, No. 8, pp.1176-83 (2010).
※11 Swann, W. B., Jr., Gomez, A., Seyle, C., Morales, F., & Huici, C., ‘Identity Fusion: The Interplay of Personal and Social Identities in Extreme Group Behaviour’, Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 96, No. 5, pp.995-1011 (2009).
※12 Whitehouse, Harvey, Modes of Religiosity : A Cognitive Theory of Religious Transmission, AltaMira Press (2004).
※13 Whitehouse, H. & Lanman, J. A., ‘The Ties That Bind Us’, Current Anthropology, Vol. 55, No. 6, pp. 674-95 (2014).
※14 Whitehouse, Harvey, Inside the Cult: Religious Innovation and Transmission in Papua New Guinea, Oxford University Press (1995).
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ハーヴィー・ホワイトハウス
オックスフォード大学 教授
オックスフォード大学社会人類学講座教授であり、社会結束研究センターの所長を務める。人間文化の進化的基盤に関する世界有数の専門家。40年にわたり、アラブの春の戦場から太平洋諸島の千年王国主義カルト、南米の過激なサッカーファンに至るまで、地球上で最も過激な集団の研究を行ってきた。
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(オックスフォード大学 教授 ハーヴィー・ホワイトハウス)

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