※本稿は、内田樹『街場の教育論』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
■大学で学ぶ「六芸」とは何か
大学教育では、教養教育と専門教育が区別されています。言葉はふつうに流布していますが、改めて「教養教育と専門教育はどう違うのか」と問いを立てると、これに答えるのはなかなかむずかしい。
昔は君子に必要な基本的な学術を「六芸(りくげい)」と言いました。これはヨーロッパもいっしょですね。自由7科という。東洋は6科、西洋は7科。文法、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽。いわゆる「リベラル・アーツ」(artes liberales)です。
でも、私の見るところではギリシャ・ローマ伝来の自由7科より、孔子の六芸の方が教養教育としてはより理に適(かな)っているように思われます。六芸とはすなわち、礼・楽・射・御・書・数のことです。
儒教ですから、当然「礼」が第一に来ます。これは祖霊を祀(まつ)る儀礼のことです。どうやって正しく死者を弔とむらうか。これが人間が第一に学ぶべきことである。私はこの考え方は深いと思います。
葬礼というのは「正しく祀れば死者は災いをなさない。祀り方を誤ると死者は災いをなす」という信憑(しんぴょう)の上に基礎づけられています。生きているもののふるまい次第で死者のふるまいが変わるというのは、要するに死者とのコミュニケーションが成立しているということです。「存在しないもの」とも人間はコミュニケーションできる。これを人間が学ぶべきことの筆頭に置いたというのは、人間についての洞察として深いと私は思います。
■孔子が音楽を愛したワケ
「楽」は音楽です。なぜ、音楽が第2位に来るのか。
孔子は音楽を愛した。政敵に追われて放浪しているときも、琴を弾じるのを止めなかった。「楽」は時間意識を涵養(かんよう)するものです。豊かな時間意識を持っていない人間には音楽は鑑賞できません。楽器の演奏も曲の鑑賞もできない。というのは、音楽とは「もう消えてしまった音」がまだ聞こえて、「まだ聞こえない音」がもう聞こえているという、過去と未来への拡がりの中に身を置かないと経験できないものだからです。
単音の音楽というものはありえません。リズムもメロディも、その楽音に「先行する楽音」と「後続する楽音」の織りなす関係の中でしか把は持じされません。そして、「先行する楽音」も「後続する楽音」も、論理的に言えば、今、ここでは聞こえていない。今、ここには存在しないのです。今ここには存在しないものとの関係を維持していなければ、音楽というものは演奏することも聞き取ることもできないのです。
■音楽を通して「時間意識」を養う重要性
音楽を聴くとき、それまで聴いた先行する楽章のすべての楽音が「いまでも聞こえる」人、これから続くすべての楽章のすべての楽音が「もう聞こえる」人は、今ここで聞こえている単独の音(というのは原理的にはありえないのですが、仮説として)を深く味わうことができます。
はじめて聴く曲であっても、それまでの楽音がずっと記憶されて、聞こえている人は、これから続くはずの楽想がある程度予測できる。その期待にぴたりと添った音が聞こえれば快感が訪れるし、期待から少しずれれば、そこにグルーヴ感が生じる。
音楽を愉悦するためには、できるだけ長い時間の中にいる必要がある。そうですね。もし生まれてから耳にしたすべての楽音を記憶している人がいたとしたら、その人は耳にするあらゆる音の中に、彼がこれまで聴いたすべての音楽の変奏と和音と対旋律と倍音を聴き取ることができるでしょう。
そして、これから作られる音楽(まだ誰も演奏したことのない音楽)を先取りして想像できる人がいたとしたら(これも仮説的存在ですが)、その人が音楽を聴くときの快楽というのは私たちの想像を絶しているはずです。
音楽については、過去と未来に時間意識の翼を大きく広げられれば広げられるほど大きな快楽が約束されている。だから、音楽は時間意識の涵養のためにきわめて重要な科目とされるのだと私は思います。
■敵ではなく自分と向き合う弓術・馬術
「射」は弓。「御」は馬を御すること。すなわち武術です。
弓術と馬術は武術の中で実は特殊なものです。それはどちらも「敵がいない」からです。弓において術の成否を決定するのは100パーセント自分自身の心身です。的は向こうからは襲ってきません。自分の身体をどこまで細かく分節できるか。筋肉や骨格や腱や神経や細胞にいたるまでを意識できるか。それが課題となります。身体運用の精度を上げるためには、どういうふうに心と体を使うのがいいのか。それを工夫するのが「射」です。
「御」も相手は馬ですから、ここにも敵はいません。馬術で要求されるのは、人間ならざるものとコミュニケーションする力です。馬でも操作を誤れば大けがをするし、具合が悪ければ死んでしまう。でも、コミュニケーションを成立させ人馬一体となれば、ケンタウルスのような「キマイラ」になることができる。人間と非人間が一つになって「共―身体」を形成することができる。それは人間が単体で発揮できる運動能力の何倍、何十倍もの能力を発揮する。
■「弓馬の道」からわかる「武術の本質」
武術の本質はこの2点に集約されると言ってよいのです。自分の身体をどこまで精密に意識化できて、どこまで細かくコントロールできるか。それが第一。第二が、他者とのコミュニケーション。非―自己と一体化することによって、パフォーマンスを爆発的に向上させる。これが武術の原理です。
「敵と戦って、倒す」ということは武術の目的ではないのです。武術の原則は「敵をつくらない」ということです。的も馬も、身体運用の精度を上げ、運動能力を飛躍的に高めるための「きっかけ」ではあっても、「敵」ではありません。射は自分自身との、御は馬との、コミュニケーション能力開発のことです。私はそう理解しています。
そして、残ったのが書と数。「読み書きそろばん」です。生身の人間相手の、「浮世の勧工場」でのやりとりのための技術です。
ご覧の通り、現代の教育では六芸のうち、礼、楽、射、御は必須カリキュラムには含まれていません。最下位に置かれた2教科だけが集中的に教えられているのです。
■教育課程から外された「四芸」の特徴
さて、現代教育課程から排除された、これら四芸の特徴は何でしょう。私は実はこれこそが教養教育の本体だと思っているのです。
とりあえず、この四芸では、どれも達成目標や成果が数値化できません。「祖霊を祀る仕方のテスト」をして、A君は祖霊が喜んだせいで家運が向上したので100点、B君は崇(たた)りで病気になったので0点というようなことは考量できません(だいいち、成績をつけられるまでに時間がかかりすぎます)。
音楽もそうです。音楽のもたらす最大の喜びは「感動」ですけれど、感動は個人的なことですから客観的に数値化できない。バド・パウエルの晩年の演奏はもう指が動かなくなって、ミスタッチだらけだけれど、「バド・パウエルが出したいと思って(出せないで)いる音」が幻想的に聞こえる聴衆は深い感動に震えるということが起こる。このような音楽性もまた数値的には考量不能です。
射もそうです。体を細部まで意識化することは比較したり競争したりすることではない。「股関節の使い方を工夫したら、大腰筋(だいようきん)の動きがうまく胸鎖(きょうさ)関節に伝わるようになりました」というような自己申告を点数化することは不可能です。
御も同じです。競馬でタイムを計ることはできますけれど、「人馬一体度」は数値化できません。御において求められているのは、自己と非自己のコミュニケーションの深度なのですから。
■教養を学ぶ「真の理由」とは
そう考えると、教養教育の定義がだんだんわかってきます。教養教育というのは、要するにコミュニケーションの訓練だということです。それも、なんだかよくわからないものとのコミュニケーションの訓練です。共通の用語や度量衡(どりょうこう)をもたないものとのコミュニケーションの訓練。
そうですよね。礼や楽は「存在しないもの」とどうかかわるかの技法です。「存在しないもの」が相手では、言葉や数値は持ち込みようがありません。射や御は「人間ではないもの」(大腰筋とか胸鎖関節というのは「人間の一部」ではありますけれど、「人間」ではありません)とどうかかわるかの技法です。ここにも人間的尺度は持ち込みようがない。
私たちがふだんなにごともなく使っている人間的用語や人間的尺度が「使えない」という条件で、何とかコミュニケーションを成立させる。その訓練が教養教育ということのほんとうの目的ではないか。私はそんなふうに考えます。
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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院理事長、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。
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(神戸女学院理事長、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長 内田 樹)

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