■息子2人を連れてモラハラ夫から昼逃げ
車のハンドルを握る手はじっとり汗をかいていた。
関西在住の水沢彩音さん(仮名・40代)は4年前の春、大手メーカーに勤める夫が仕事で不在の時間に、ついにプランを実行に移した。荷物を軽自動車に積み込み、実家と自宅の間を何往復もした。それは、夫から逃げ、別居を始めるための決死行だ。
この日のために、水沢さんは約3カ月間、着々と準備し、成功させた。しかし、解放感に浸る間もなく、次々に困難に直面することになる。
果たしてどんな苦難がやってきたのか。そもそも彼女はなぜモラハラ夫と結婚してしまったのか。もろもろ探っていくと、その答えは生い立ちも関係しているらしいことが判明した。
■酒浸り父親と朝晩警備員として働く母親
水沢さんの生い立ちは苦しみの連続だった。
「父はアルコール中毒で、朝からお酒を飲んでいました。ほとんど毎晩、外へお酒を飲みに行き、借金をしてくる。夜中に帰ってきては寝ている母を起こして怒鳴る。両親の喧嘩はほぼ毎日で、布団をかぶって耳を塞いでいました」
水沢さんが小学校に上がると、母親は警備員として朝と夜に働きはじめた。
夜に母親が不在のことが多くなると、水沢さんは父親にスナックなどに連れて行かれ、夕食はいつもそこで食べた。
■「自分なんて生まれてこなければよかった」
母親は朝早くに警備の仕事に行くため、水沢さんは朝食を食べる習慣ができなかった。母親はいつも忙しそうだったため、水沢さんは学校であったことや悩みを誰にも話せなかった。
父親は働かないにもかかわらず、友人知人から借金しては飲み代やタバコ代に充てていた。水沢さんの小学校の体操服を買うためのお金も飲み代に平気で使った。
「父は母に、『金がないなら母親(祖母)から借りてこい!』とよく怒鳴っていました。私のことを『ブタ』と呼んだり、日々のことに干渉したり、機嫌が悪いとすぐに怒鳴りました。
一方母親は、水沢さんに父親の愚痴を聞かせ、泣きながら弱音を吐いた。
「母は、『こんなに頑張っているのに、なんでこんなにしんどい思いをしなければならないの?』と泣きました。小3くらいからだんだん状況がわかり始めて、一緒に泣いたり、『働けるようになったら私が助けるから』と慰めたりしました」
小学校高学年になると、ときどき酔っ払って帰宅する母親を、水沢さんは介抱し、宥(なだ)め、寝かせた。
そして水沢さんが中学生になったある日、話の流れで母親から「あんたができたからお父さんと籍を入れた」と聞かされた。それを聞いてから水沢さんは、自分を責め始めた。
「自分なんて生まれてこなければよかったんだ」
「私さえいなかったら母はこんなに苦労していない」
気づけばリストカットを繰り返すようになっていた。
■やっと地獄が終わった
水沢さんが中2の時、ついに母親は子どもたちを連れて家を出て、祖母の家へ身を寄せる。そして離婚。父親が出て行き、母親が自宅に戻った。
「母は、『なかなか離婚に踏み切れなかったのは、普通の家庭として子どもを育てていきたかったから』と言っていました。でも私は、毎日目の前で喧嘩されて怒鳴り声を聞かされるよりは、早く離婚してほしかったです」
父親は51歳で亡くなった。
「母は父が生きている間ずっと『早く死んでしまえばいい』と言っていたのに、亡くなったと聞かされた時は『あなたたちと出会えたのは彼がいたからだった。それだけは感謝している』と言っていて、違和感を持ちました」
弟は号泣していたが、水沢さんの思いは「やっと地獄が終わった」だった。
「これでもう母が怒鳴られることも、怒鳴り声を聞かされることも完全になくなった。悲しいも嬉しいも、どの感情も当てはまらないような不思議な感覚でした」
高校入学後から水沢さんはすぐにアルバイトを始め、家に約3万円入れていた。高卒後は時給がよいパチンコ店に勤務。ひたすら働き、月7万~8万円母親に渡した。25歳頃「手に職を付けたほうがいい」と考え、ウェブクリエイターの資格を取得。ウェブデザイナーの仕事に就いたが、時給が安く、それだけでは警備員として働く母親との生活を維持できないため、夜はバーで働きはじめた。
■母親を1人にできない
水沢さんは29歳の時、勤務先のバーで、大手メーカーに勤める11歳年上の男性と出会い、交際に発展。
「ひとり暮らしをしたい願望はすごくありましたが、19歳で社会人になった弟が先に『彼女と同棲したい』と言って出てしまい、母を一人にできませんでした。当時は、母と離れる=母を見捨てるような気がしていました。
それでも水沢さんは、男性と知り合って半年後に婚約。2013年に30歳で結婚した。
「母は、『離れて行ってしまう日がくるなんて思っていなかった。寂しくなるけど幸せになってほしい』と祝福してくれました。彼は、バーの店員にも丁寧に接するいわゆる『紳士』でした。母に喜んでもらえるように、大手企業に勤める夫を選んだと言っても過言ではありませんでした」
新居は、実家から車で20分ほどのところに、男性が「家を建てるのが夢だった」と言って結婚と同時に建て始めていた。
水沢さんは、31歳で長男、35歳で次男を出産。一人残した母親が心配だった水沢さんは、週に2~3回は実家に顔を出していた。
■「あなたは公園で寝泊まりしているのと一緒」
生い立ちは苦難の連続だったものの、大手メーカーに勤める男性と巡り合い、2人の息子にも恵まれた。幸福な時間を一気に取り戻すチャンスが到来したかに見えたが、実際はさらなる地獄への転落の始まりだった。
結婚5年目に次男を出産後は、0歳と4歳を一人で育て、家事をする日々が始まると、水沢さんは日に日に衰弱。だが、夫はそんな水沢さんを助けようとしなかった。
ある時、「一緒に家事・育児をしてほしい」と頼んだことがあった。
夫は、「俺は無理! お前のほうが慣れてるやろ?」と平然と言ってのけた。
水沢さんはどんどん痩せていき、ついに全く布団から起き上がれなくなってしまう。
すると夫は、
「お前がしんどいのは子どもたちには関係ないんやからな」
と冷たく言い放って、いつものようにソファに寝転び、テレビを見て笑っていた。
「呼吸がうまくできなくなって苦しくて、朝がくるのが怖く、希死念慮もありました。つらそうな私を、見かねた母が心療内科を予約してくれました」
診断は、「うつ病」だった。心療内科医は、「夫さんの言動や、常に夫さんの監視下に置かれていることが原因で、うつ状態になっています。あなたは家を建てたのに、公園で寝泊まりしているのと一緒。夫さんはモラハラですよ」と言った。
それ以来、夫を観察し始めた。
「モラハラはほぼ洗脳に近いので、渦中にいるとわからないものです。
夫は妻も子供も自分を世話する使用人のように見ていたのだった。
■「子どもも私もダメになってしまう!」
「うつ病」と診断されたと伝えると、「へえ、それで?」と返された。
「この時私は初めて、夫が“普通”ではないことに気付きました。心療内科は子どもを連れて行けないので、週末に診察の間だけ夫に見てもらっていたのですが『そんな月に何回も行かなあかんの?』と嫌そうでした。1時間ほどカウンセラーさんと話す日もあるのですが、『貴重な週末の休みを潰すなよ』という態度でした」
それでも夫は、全く家事・育児をしようとはしない。水沢さんが体調の悪い時は、汚れた食器や洗濯ものが溜まっていく。すると、視覚的にも精神を蝕んでいった。
そして世の中がコロナ禍に突入すると、水沢さんの心は急速に固まっていった。
夫は在宅勤務が増え、目に見えて不機嫌な日が増えていった。
「今思い返せば、結婚当初からモラハラ要素はあったなと感じます。でも渦中では気付けませんでした。在宅勤務で化けの皮が完全に剥がれました」
夫は、コロナ禍のために子どもが幼稚園に登園できず、家の中で遊んでいると、
「会議をしているのにうるさいんだよ!」
と怒鳴った。夫は言葉の暴力を妻や子に向けてふるった。
まだ1歳の次男が何かの拍子に泣き出せば、
「この声がストレス! わかるか⁉」
と高圧的な態度で責められ、息子たちが静かにするように神経を尖らせていかなければならなくなった。
そのうちに水沢さんは、夫が帰宅するときに鍵が開く音をきっかけに、パニック発作が出るようになる。
6歳の長男が「ママ……今パパに話しかけても大丈夫かな……?」と怯えながら聞いてきた時、「このままでは子どもたちも私もダメになってしまう」という強い危機感に襲われた。
■背中を押してくれた長男の言葉
夫と暮らす家を出ることを決意した水沢さんは、その日から情報を集め、計画を立て、少しずつ実行に移した。
「まずは役所に行き、離婚の進め方について相談しました。そこで、もらえる母子手当、養育費の相場などを知り、話し合って離婚する協議離婚と家庭裁判所に申し立て、調停委員を交えてお互いの意見を調整する調停離婚があると教えてもらいました。わが家の場合は、すんなり夫がイエスと言わなさそうなので、調停離婚になるだろうと覚悟しました」
その頃、小2になった長男が「心因性頻尿」になってしまう。
「担任の先生もクラスも変わったので、『新しい環境になったことが原因でしょう』と泌尿器科で診断されましたが、長男は、夫が次男に怒鳴ることも『悲しい気持ちになる』と言っていました」
さらに別の日、長男が言ったことが水沢さんの背中を強く押した。
「パパが怖いから、僕がママからカメラを教わっているところを見られたくないねん。すぐ怒鳴るやん。僕がママの料理を手伝った時もホンマは怖かってん。なんか言われるかなって……。
『父親=威厳があって怖い』ではなく『怯えの恐怖』を長男は感じていたんですね。ずっと。私自身が小さいころから父からの言葉の暴力を受け、わが子にはそんな経験をさせまいと思ってきたのに、『これはダメだ』と自分の中で気持ちが定まった瞬間でした」
それからの水沢さんの行動は早かった。すぐに弁護士事務所にアポを取ると、「法テラス」がサポートしてくれるとわかった。
「法テラス」(日本司法支援センター)は借金、離婚、相続などのトラブルに直面した際、解決に役立つ法制度や適切な相談窓口を無料で案内してくれる国の総合案内所だ。
法テラスの弁護士に夫のDVのことを話し「逃げたいんです」とストレートに伝えた。すると、逃げる時に持っていく物や、婚姻費用が決まるまでしばらく日にちがかかるため、当面の生活費を持っていくようにアドバイスを受けた。
その後、「昼逃げ」の決行日を伝えると、
「その日以降に離婚調停の案内を夫さん宛に送ります」と連絡があった。水沢さんは味方がいると思うととても心強く感じた。
■冷蔵庫もクローゼットも空っぽ
決行日までに主にしたのは断捨離だ。押し入れやタンスなどに収められた大量のモノを手放し、気付けば夫が開けることのない寝室のクローゼットも空になっていた。
そして迎えた5月下旬、決行日の朝。計画的に冷蔵庫の食材を使い切り、空っぽの状態にして、出勤する夫を見送る。
母親の軽自動車を借りて、何往復もして必要な荷物を運び出した。
「夫が帰宅する時間が近づくにつれ、動悸が止まらなくなりました。そして夫が帰宅したであろう時間を過ぎると、案の定、夫から鬼電。着信音は消していましたが、おびただしい数の着信履歴でした。夫が実家に来ましたが、怖くて母に対応してもらいました」
翌朝、スマホを見ると、夫からのLINEが届いている。恐る恐る開封すると……。
「母が、『うつ状態が悪化しているから心配で預かったの』と言って対応してくれたので、私が離婚を考えているなんて想像もしていなかったのだと思います」
LINEの文面は、気持ち悪いくらいに“した手”だった。
「ママへ。話すのが無理ならLINEします。実家でゆっくりしてください」
「『え? 誰ですか?』って内容です。ママなんて初めて言われました。これまでの態度や、次男に怒鳴ったことなど『すべて俺が悪かった』と細かく記載されていて、『自覚あったんだ』と唖然としました。それって、わかっててやったってことですよね? 今までLINEなんて、帰宅時間を聞いても『18:30』と数字のみ送ってくるような人だったのに、長文で絵文字まで入れてくる始末。あれだけ私を奴隷のように扱ってきたのに、いざいなくなったらこのありさま。人って怖い……というか夫が怖いと思いました」
昼逃げから10日後、離婚申立書と、弁護士が水沢さんの代理人になったことを知らせる受任通知が、夫のもとに届いた。
「昼逃げする計画は、すべて自分で立てました。夫からの連絡が頻回にあったときなど、少しでもしんどいなと感じた時は、弁護士さんにすぐに相談に行って、助けてもらいました」
なお「法テラス」を通じて一時的に立て替えてもらい、後から分割で支払うことができた弁護士費用は、生活保護のため免除となった。
■父親そっくりの人を選んでしまった
父親がアルコール依存で、両親が不仲だった水沢さんは、アダルトチルドレンだった可能性が高い。子どもの頃から母親の愚痴を聞き、慰めてきた経験から、本当は母親から離れたいのに、離れることができない共依存の関係に陥っていた。
ひとり暮らしがしたいのに母親を見捨てられないばかりか、収入のほとんどを母親に渡し、母親のお眼鏡にかなうということを優先。結婚相手選びに関しても、店内での紳士的な表面的な態度だけを見て、自分が相手を本当に好きかどうか、結婚相手としてふさわしいかを吟味しなかった。
夫は、収入はよいかもしれないが、妻や子どもたちに恐怖を与えるさまは、まるで父親そっくりだった。それでも、水沢さんは母親とは違ったところがある。それは、幼い息子たちを連れて、すぐに家を出る決意が固め、綿密な計画を自ら立てて、無事決行したのだ。
その時、長男は7歳。次男は3歳。水沢さんのように「父親=恐怖の対象」と深く記憶に刻まれる前に離れられたことはせめてもの救いだったい違いない。
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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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