■最高級メロンが「胸のジョーク」になった
2026年5月、高市早苗首相は訪豪の際、日本産農産物PRの意味で静岡産クラウンメロンを手土産にした。1月にオーストラリアが日本産メロンの輸入を解禁したことを踏まえた選択だった。
7月3日公開のポッドキャスト「Bush Deep」に出演した豪アルバニージー首相はこの贈り物に関して「奇妙だったが、なかなかよかった」と振り返った。
司会の女性コメディアン、ニッキー・オズボーン氏が、両手で胸の前ですくうような仕草をしながら、首相に「(メロンを)密輸したの?」と尋ねる。
首相は胸のあたりで手を動かしながらこう答えた。
「彼女は2つ持ってきたよ。ねえ、普通(女性は)そうでしょ(She brought two. As you do.)」
メロンは英語の俗語スラングにおいて、女性の大きな胸を比喩的に表現する言葉として認知されているが、訪豪した高市首相をめぐる、この一連のやりとりに対して現地で「失礼・下品ではないか」と騒動になった。
だが、豪首相府は、オーストラリアン紙やヘラルド・サン紙などを傘下に持つ豪州最大級の新聞グループ、ニューズ・コープに、「その主張は誤りだ」と強く否定する声明を出した。
■謝罪は「別の発言」についてだけだった
日本政府側からは何のリアクションもなかったが、8月に入り、山上信吾・元駐オーストラリア大使がオーストラリアン紙に寄せた論説で、この案件を取り上げたことをきっかけに騒動が再燃する。
まず、野党党首アンガス・テイラー氏が高市氏への直接謝罪を求めた。首相は国会で「質問の主張(謝罪請求)を拒否する」と述べ、こう続けた。
「先の高市首相の訪問では、経済的威圧に直面した際に互いを支え合う決意を示す、経済安全保障協力に関する共同宣言を含む実質的な成果を発表した」
■労働党の女性議員たちは批判しなかった
批判の声を上げたのは現地保守系の野党議員で、政権を担う中道左派の労働党ではなかった。自由党のジェーン・ヒューム上院議員(副党首)は、現地テレビのインタビューでこう語った。
「発言そのものがひどかった。性差別的で、不気味だった」
首相側近のある閣僚は朝の情報番組でアルバニージー首相を擁護し、山上氏の解釈を「完全な誤解だ」と全面的に否定した。
首相周辺は、高市氏について侮辱的なことは何も言っておらず、挑発的な発言はすべて司会者によるものだと反論している。首相はもともと話すときによく手を使うとも語り、それが誤解を招いたと。現地メディアから取材依頼を受けた現地日本大使館は静観し続けた。
■「不快感を表明しておくべきでした」
こうした流れをどう読むか。世界屈指のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」日本部長でオックスフォード大学准教授のクリスティ・ゴヴェッラ氏は、より大きな文脈を指摘する。
「今日の極めて不確実で困難な外交環境のなかで、日本の指導者たちは、安定を保つために、主要な同盟国やパートナーとの関係において実利的なアプローチを取る傾向にあります」
前出の山上氏は筆者の取材にこう答えた。
「文書にするかどうかはともかく、(日本大使館などは)一定の不快感は表明しておくべきでした。対等な主権国家同士の関係では、オーストラリアのような友好国であっても(そうした措置は)必要ですし、むしろ友好国だからこそ、胸襟を開いて、自分にとって愉快でないことはしっかり指摘しておくべきです」
さらに山上氏は、この一件の本質をこう表現する。
「要するに、日本が軽んじられたわけです。アメリカの大統領や中国の国家主席からの贈呈品だとしたら、オーストラリアはこんな扱いをしたでしょうか。日本の首相、しかも女性の首相であるからこそ、ジョークのネタに使われた。残念ながらそれは否定できないと思います」
■イタリアは国を挙げてトランプに猛反発
軽視されたにもかかわらず、何の反応も示さなかった日本。それと対照的な対処をしたのがイタリアだった。
今年6月、トランプ米大統領が「メローニ首相はG7で私に写真を懇願してきた」「気の毒に思って応じた」と語ると、メローニ首相は数時間のうちに動画で反論した。メローニ首相は「イタリアも私も、誰にも物乞いなどしない」と毅然と述べた。
イタリアのタヤーニ外相は予定していた訪米を取りやめ、マッタレッラ大統領は電話で連帯を伝え、政敵である中道左派の元首相レンツィ氏も擁護に回ったほどだった。
案件内容はまったく異なるが、なぜ、日本は即座に抗議しなかったのか。
前出ゴヴェッラ氏は日本とイタリアの違いを指摘する。
「トランプ大統領による批判が、メローニ首相という公職と、イタリアの国民的自負心とに結びつけて受け止められたのとは異なり、アルバニージー首相の発言は、日本国内ではほとんど関心を集めず、国全体への攻撃というよりは、思慮を欠いた冗談として解釈されたように見受けられます」
■「口に出して言うのははしたない」
山上氏は、イタリアと同じように抗議が行われなかった理由を2つ挙げる。
ひとつは、日本人が不当な扱いを受けても公の場で声を上げない傾向が強いこと。
「不快には思っても、それを口に出して言うのははしたない、そこまで言わなくてもいい、あえて問題を大きくする必要はない。それが日本人のたしなみだと捉えている人もいます」
これは日本とイタリアの差というより、日本と日本以外の差だと山上氏は言う。同じ東アジア人でも、中国人や韓国人は嫌な思いをすれば、はっきりと主張する。
もうひとつは、当事者本人が動いたかどうかだ。
「メローニ首相本人が怒り、自ら発信したことで、周りもそうだそうだと輪が広がった面があると思います」
一方、高市首相は声を上げていない。
「日本のメディアで(現地での騒動が)報じられていないくらいですから(※)、高市さん本人が知らなかったのではないかと思うんです。本人から反論せよという指示がなかったから、周りも様子見になった。むしろ鎮静化させて、カーペットの下に隠す方向に動いた」
(※8月半ばに、豪政府は日本政府に対し『指摘されているような(性的な)意味合いを込めて発言したわけではない』と釈明したと日本のメディアが報道)
この判断・行動が世界基準ではおかしい、と山上氏は指摘する。
「日本の民主的手続きで選ばれた首相です。これが高市さんであろうが、鳩山さんであろうが、石破さんであろうが、このような扱いを受けた時、日本のメディアは報じるべきです」
■なぜ日本は誰もが沈黙を貫いたのか
ゴヴェッラ氏は、日本側が動かなかった事情をこう見る。
「日本の多くの政治家や公人は、国内外にもっと差し迫った問題があると感じているようです。加えて、日豪二国間関係の重要性が増していることを踏まえれば、両政府には互いに結束を保つ強い誘因があります」
日豪は、中国などからの経済的威圧に直面した際に互いを支え合う決意を示す共同宣言を出しており、それに配慮したのかもしれない。
日本国内には別の事情もある。野党と主要メディアは今、高市政権への批判を強める局面にある。就任直後の支持率が時間とともに落ちるのは、岸田政権や石破政権でも見られた通常のパターンで、現在の支持率低下も想定の範囲内だ。ただ、消費税減税などを巡り、一部で退陣論が語られはじめた高市首相は、メディアからの批判・攻撃の対象にはなっても、擁護の対象にはなりにくかったのかもしれない。
日本側から一切の抗議がなかった理由は他にもある。性的な含意のあるやりとりに対して、日本で女性の権利を訴える人々や識者も声を発さなかったのは、「高市首相は連帯すべき相手ではない」との見立てがあったからではないか。高市氏は、夫婦別姓に反対し、女性天皇に反対し、改憲を掲げている。政策的に相いれない相手へのサポートはできなかったのだろう。
政府、メディアなどはそれぞれの理由で沈黙を貫いた。その結果、自国の首相が友好国の首脳に“侮辱”されても、誰一人声を上げない珍現象が起きてしまったことになる。
山上氏は言うように、「おかしなときはおかしいと指摘する。それが本当の意味での緊密なパートナー」であるべきだろう。
■ディスインフォメーションに使われたメロン騒動
このメロン騒動について、筆者が7月27日に英字紙ジャパン・タイムズに寄稿した論考の一節が、「高市首相本人の発言」として匿名アカウントにより拡散された。これを受け、ロイター通信のファクトチェック部門から筆者に直接、事実関係の確認を求める連絡が入った。
日本政府は何も発表せず、日本のメディアもこの騒動をほとんど報じなかった。公式発表がない情報空間では、ディスインフォメーション(誰かを欺き、世論を動かす目的で意図的に作られ、拡散される情報)が訂正されないまま流通する。今回のように、実在する人物の発言を偽装する手口はその典型だ。
このメロン騒動が日豪関係の根幹を揺るがすことは、おそらくないだろう。だが外交が無事であることと、世論が無事であることは別だ。SNSの時代には、こうした騒動は「ウェッジ・ポリティクス(分断政治)」、つまり人々の対立を意図的に煽って社会を分断させる手法に使われる。国内では、アルバニージー首相を叩きたい側にも、高市首相を叩きたい側にも使える。国外では、日本と豪州を分断したい国にとって、格好の材料になりうる。
では、あのメロン発言があった時点で、日本は何をすべきだったのか。山上氏の答えは具体的だ。
「本来だったら(現地)の大使が言うべきです。何らかの形でね。ユーモアを混ぜて、半分混ぜっ返す形でいいんですよ。大人の対応で、しかし、しっかりと釘を刺す」
山上氏自身、豪スカイニュースのインタビューに、あえてメロン色のジャケットを着て臨んだ。自身のYouTubeチャンネル出演時はメロン色のネクタイをつけた。
■クアッドと戦略的思考
今年5月26日にニューデリーで第11回外相会合が開かれ、ルビオ米国務長官はクアッド(日米豪印の戦略対話)について米国の世界戦略の要と位置づけ、年内の首脳会合実現に向けて各国が作業していると述べた。
「今こそ連携を加速して、年内の首脳会合を実現する。それが最優先課題であって、日本の首相からもらったメロンをネタにして野卑な笑いを浮かべている場合ではないでしょう」(山上氏)
【参考文献】
首相官邸「日豪首脳夕食会」(クラウンメロン贈呈、日本産メロンの輸入解禁)
ポッドキャスト「Bush Deep」シーズン2第1話(2026年7月3日公開)
豪州統計局「Cultural diversity of Australia」(2021年国勢調査)
豪州統計局 QuickStats(2021年国勢調査)
豪州選挙管理委員会 グレインドラー選挙区
アルバニージー首相公式サイト
ファクトチェック
AAP FactCheck「Podcaster's quip about Japan PM's melons misattributed to Albanese」
メロン発言をめぐる豪州報道
Newcastle Herald(AAP配信。国会での謝罪拒否)
The Nightly(労働党女性議員の沈黙、日本大使館の無回答)
Region Canberra(首相府による否定声明)
The Conversation「View from the Hill」(閣僚の反論、首相周辺の説明)
One News Australia(アラン州首相の反応)
「Ditch the Witch」看板をめぐる報道
Pedestrian.TV
Bendigo Advertiser
メローニ首相とトランプ大統領(2026年6月)
AP
NBC News
The Hill
クアッド
Stimson Center(2026年5月26日、第11回外相会合)
筆者取材
山上信吾・元駐オーストラリア大使(2026年8月、オンライン取材)
クリスティ・ゴヴェッラ氏(オックスフォード大学准教授、CSIS日本部長。2026年8月、書面回答)
ロイター通信ファクトチェック部門からの照会および回答(2026年8月)
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池田 和加(いけだ・わか)
フリーランスジャーナリスト
東京・ブダペスト在住のフリーランスジャーナリスト。家族政策、若者文化、デジタル社会を軸に日本語・英語で執筆活動を行う。
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(フリーランスジャーナリスト 池田 和加)

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