2026年8月21日、法務省がNetflixで配信中の恋愛リアリティー番組「ラヴ上等2」とのタイアップを中止すると発表した。東北大学特任教授で人事・経営コンサルタントの増沢隆太さんは「民間企業では批判を含めた話題性が利益につながる場合もあるが、行政にとって最も重要なのは国民からの信頼だ。
炎上によって得られる注目と失われる公的信用を同じ尺度で考えてはいけない」という――。
■「火をつけた」発言に法務省が決定打
Netflixで独占配信中の恋愛リアリティー番組「ラヴ上等」シーズン2をめぐる騒動が、社会的な波紋を広げています。
「元ヤンキーや元暴走族総長といったバックグラウンドを持つ男女が学校で共同生活を送り、本気の恋や喧嘩を通じて互いに向き合う」というコンセプトの本作ですが、「人に火を付けた」という出演者による過去の加害行為の暴露や、入れ墨などを大々的に映し出すことに厳しい批判が寄せられました。
さらに、この番組に対して法務省が「更生保護の啓発」という名目でタイアップを行っていたという事実が、炎上状態まで事態を悪化させる決定打となっています。
今回の炎上劇の背景として、昭和期に通用していた「不良の武勇伝」に対する社会の目が劇的に変化しているという「時代性」を指摘しておかなければなりません。
かつては「やんちゃしていた人間が改心して成功を収める」「多少悪いくらいのほうが格好いい」といったストーリーラインは、一定のエンターテインメントとして世の中に広く受け入れられていました。
■加害を武勇伝とするのは「更生」ではない
しかし、現在のコンプライアンス社会で最優先されるのは、被害者の人権と過去の加害事実そのものです。
社会が求める「更生の承認」とは、被害者への十分な贖罪と、地道に社会の一員として生きる姿勢を意味します。刺青や過去の違法行為を武勇伝のように誇示し、エンタメとして売り出す姿勢は、もはや「更生」ではなく「犯罪の美化・二次加害」と受け止められても無理はありません。
かつての評価や許容の背景には、被害者側の視点がエンタメの文脈にほとんど組み込まれていなかったという、当時の社会構造そのものの未成熟さもあったといえます。
今、それと同じトーンを現代で再現しようとしても、「悪いことをしたけれど更生した」という物語より、「元から悪いことなどしなかった」真面目さこそが評価される時代です。ましてや被害者が不在のまま語られる一方的な武勇伝は、厳しい批判を免れません。

そうした中で、法と正義を司る国家機関である法務省が、この時代の変化を著しく読み違えたことの責任は極めて重いと言えます。企画そのものの是非以前に、「いまの社会が何に対して“NO”を突きつけるのか」という感覚の欠如こそが、今回の炎上の根底にあるのではないでしょうか。
■被害者側の視点も考えられていたのか
派手なコンテンツに目を奪われがちですが、最も責任を問われるべきなのは、このタイアップを最終決定した法務省側の意思決定プロセスです。報道によれば、法務省保護局は「更生」というテーマの一致に着目し、タイアップに至ったとされています。
しかし番組全体がどのような文脈で展開され、視聴者や実際の被害者側がどのように受け止めるかという多角的な視点が、判断の過程で十分に検討されていたかはきわめて疑問です。「更生」という言葉の表面的な一致だけで表現全体を評価してしまうと、番組の演出手法や全体のトーンといった、実際に視聴者の印象を大きく左右する核心的な要素が見落とされてしまいます。
さらに火に油を注ぐ格好となったのが、炎上直後の初期対応です。プロデューサーのMEGUMIさんはインスタグラムのストーリーズを通じて「出演者への誹謗中傷はやめてほしい」と呼びかけましたが、世論の反発は静まるどころかむしろ強まる結果となりました。
過去の加害の歴史や被害者への配慮に先に触れることなく、出演者保護という自分たちの都合を前面に出した意見の発信が、事態の沈静化にはつながらないことは、容易に想像できたのではないでしょうか。
■Netflixだけが得をする歪な構造
沈静化どころか、さらなる燃料投下になる可能性すら予見できていなかったのだとすれば、そのプロデュース能力自体にも疑問符がつきます。結果として法務省はポスター発表から約2週間でタイアップを中止すると発表しました。
炎上そのものが露出と関心を生み出し、それが収益へと変換される「アテンションエコノミー」の構造の中で、誰が得をし、誰が損をしたのかを整理していくと、そこに存在する「リスクの非対称性」が見えてきます。

Netflix側にとっても、今回の炎上が無条件でプラスに働いたとは言えません。しかし、批判を含めた圧倒的な話題性そのものが、配信プラットフォーム事業者にとって一定の商業的価値を持つことも事実です。
法的に致命傷とならない範囲であるならば、話題性はプラットフォームの利益へと還元され得るからです。批判の感情すらも再生数へとつながる構造の中では、炎上は必ずしも完全な損失とはなりません。
一方、法務省は「税金を使って、元ワルの武勇伝化にお墨付きを与えた」という批判を浴び、行政機関としての信用を大きく損なうことになりました。プロデューサーや出演者に関しても、自分たちの内輪の価値観しか見えていないような視野の狭さと、長期的なコンプライアンス意識の低さを露呈し、将来的なリスクを背負い込む結果となっています。
■がん患者向けのポスターに批判が殺到
一つの炎上事件でありながら、関係者が負っているリスクの重みは決して均等ではなく非対称的であり、巧みにリスクをコントロールできている者と、そうではない者の差が浮き彫りになっているのではないでしょうか。
炎上のコストを最も重く背負う主体と、炎上によって話題性や利益を得られる主体が一致していないのが、この「リスクの非対称性」の本質です。
同様の構造的な失敗は、他の省庁においても発生しています。厚生労働省が映画とのタイアップで作成したがん患者向けのポスターで「ママがもうこの世界にいなくても」というタイトルを大きく掲げたことに批判が殺到し、8月24日には謝罪と撤回に至りました。
個別の経緯や背景はそれぞれ異なるでしょうが、コンテンツの性質の精査や潜在的リスクの検証を怠ったまま公的機関が安易に関与してしまう構造自体は、完全に共通していると考えられます。
多少過激な表現や世間の耳目を集めそうな企画であっても、話題になれば政策の認知が上がるだろうという、行政の置かれた特別な立場やそのリスクに対する甘い見通しは、結果として大手エンタメ企業のプラットフォーム構造に利用されたとすら映ります。

公的信頼という、大きな対価を支払う結果となったのです。
■世間から注目を集めることはリスクも伴う
少なくとも役所がお墨付きを与えるということの意味合いは、民間企業の単なる営利目的の広告宣伝とは明確に異なりますし、本来の広報活動(Public Relations)が目指すべき趣旨とも異なるはずです。この企画者だけでなく、それを決定した役所側は、自らの安易な判断に対する責任を認めるべきでしょう。
公的広報において優先されるべきは、政策本来の意図を正確に伝え、組織に対する国民の信頼を損なわないことです。SNS等で「バズること」や世間の目を引くことは、むしろ「慎重に扱うべき極めて高いリスク要因」であると捉える危機管理能力が求められます。
単なる企画者にとどまらず、行政組織としてどこまで多角的な検証を実施できたのか、その真価が問われています。
民間企業と行政組織とでは、「炎上」という同一の現象に対するリスク許容度が根本から異なります。その危機管理の視点を緩めたまま、行政が民間の「話題性」に不用意に乗っかることは、公的信用という行政にとって核心的な資産を損なう重大リスクとなるのです。

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増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)

東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家

東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」としてNHK・ドキュメント20min.他、数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。
理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。

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(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)
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