※本稿は、池上彰『AI時代に自分の頭でどう考える? 奪われるのは仕事か、思考か』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■AIに仕事を奪われにくいブルーカラー
最近アメリカでよく使われるようになってきた表現があります。「ブルーカラービリオネア(ブルーカラーの億万長者)」です。
この言葉は、配管工や電気工事士、建設作業員、自動車修理工といったブルーカラー職の中から、従来のイメージを超える高収入層が生まれている状況を、やや誇張気味に言い表したものです。その背景には、これらの仕事がAIやロボットでは代替しにくいことに加え、慢性的な人手不足が重なって賃金が押し上げられていることがあります。
日本でも似た現象が起きています。タクシー業界を見てみましょう。
かつてタクシーの運転手は、空車のまま街を流して客を探すという非効率な仕事の仕方を強いられていました。しかしGOやS・RIDEのような配車アプリが普及してからは、スマートフォンで呼ばれた客のところに直接向かえるようになり、無駄な時間が激減しました。その結果、月収100万円を超えるタクシー運転手まで登場しているといいます。
■事務職や管理職より職人が稼ぐ時代に
以前なら「タクシー運転手の仕事はAIに奪われる」と言われていたのに、逆にAIのツールを活用することで収入が大幅に上がったのです。皮肉と言えば皮肉ですが、これはAIとの「うまい付き合い方」の一つの実例でもあります。
話を戻しましょう。ブルーカラービリオネアという言葉が象徴しているのは、職業の価値観の大転換です。
かつて日本でも、子どもが「大工になりたい」「配管工になりたい」と言うと、親は反対しがちでした。しかしいまや、事務職や管理職こそがAIに代替されやすく、職人仕事こそが安定しているという時代が来つつあるのです。
■一流人材が集まるコンサル業界に異変
経済学者のケインズは「技術の進歩によって自動化が進めば、労働者は自由な時間を持てるようになる」と予言しました。一方マルクスは「額に汗して働く者こそが最も尊い」という趣旨のことを言っていました。かつては相反する思想に見えていたこの二つの言葉が、AI時代においては奇妙に重なり合っているのです。
ホワイトカラーの仕事の中で、特に変化が激しいのがコンサルタント業界です。
コンサルタントというのは、企業の経営課題に対してアドバイスを提供し、高額の報酬を得る仕事です。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ボストン コンサルティング グループ、デロイト トーマツ グループといった大手コンサルティング会社には、海外の一流大学を出た優秀な人材が集まり、日本でも近年は東大生の人気就職先の上位に入るほどです。
しかしアメリカではいま、企業がコンサルタント会社に対して「AIが出せないようなアドバイスをしてくれ。そうでなければ発注しない」と言い始めているといいます。
■24時間働けるAIに人間は勝てるのか
これは当然の流れです。コンサルタントがやってきた仕事の核心部分、つまり「過去の事例を集めて分析し、ベストプラクティス(ベストな実践手法)を提案する」という作業は、実はAIが非常に得意とするところです。膨大なビジネスデータを瞬時に参照し、類似ケースを引き出し、論理的な提案を文章でまとめる。こうした仕事は生成AIの独壇場と言えます。
しかもAIは、疲れることもなく、膨大な資料を短時間で読み込み、24時間休まず分析を続けることができます。これまで若手コンサルタントが、睡眠時間を削って何日もかけて作っていた市場分析資料やプレゼンテーションの叩き台を、AIは数分で作成してしまう。企業側からすれば、「高額なコンサルティング料を払わなくても、かなりの部分はAIで代用できるのではないか」と考え始めるのも無理はありません。
■「頭を使う仕事」が真っ先に侵食される
その結果、コンサルタント業界では「人間にしかできない価値とは何か」が厳しく問われるようになっています。
たとえば、経営者の本音を引き出し、社内の複雑な人間関係を調整しながら改革を進めること。あるいは、企業の文化や歴史、現場の空気感まで踏まえた上で、「この会社に本当に必要な変化は何か」を見極めること。こうした仕事は、単なるデータ分析だけでは成り立ちません。
しかし、こうした仕事以外では、AIとの差別化は難しくなっています。
かつて最も「頭を使う」と思われていた仕事が、最も素早くAIに侵食される。非常に皮肉な現象がいま起きつつあるのです。
■「就活生の親」に向けた企業CM
仕事の変化は、就職活動の風景も変えています。
最近、テレビコマーシャルを見ていて気づいたことがあります。伊藤忠商事、三菱地所、日本郵船、日本製鉄――こうした企業の広告が増えているではありませんか。
不思議なのは、これらの広告の内容が「商品のPR」ではなく、「うちの会社はこんな大切な仕事をしています」という企業活動の説明になっていることです。
これはどういう意図があるのか。就職活動を経験した世代の人に聞いてみると、納得のいく答えが返ってきました。いまの大学生は内定を得ると、親に「ここに就職することにしたんだけど」と相談・報告するのだそうです。その親世代が企業名を聞いて「えっ、聞いたことのない会社!」と難色を示さないように、親に向けてPRしているというわけです。
日本郵船は私の世代には超一流企業として有名ですが、いまの若者にはなじみが薄い。佐川急便は知っていても日本郵船は知らない。
これは面白い現象です。AIの普及とは直接関係ないように見えますが、根っこではつながっています。AIで多くの業務が変わりつつある中で、「この会社に就職して将来は安泰か」という不安が高まっている。だからこそ子どもも親も、就職先の選択に慎重になる。その不安に寄り添う形で、企業側も「うちは安定して社会に必要な仕事をしています」とアピールせざるを得なくなっているのでしょう。
■炭鉱、砂糖、繊維…次はコンサル?
ただし、そのPR を鵜呑みにしていいかどうかは、また別の話です。
「いま一番人気の就職先が、実は危ない」――私はよくそういう話をします。
戦後間もない1940 年代末、東京大学を出た優秀な学生の最人気就職先は「炭鉱」でした。石炭業界です。次が砂糖会社。戦後の食糧難で砂糖は貴重品でしたから、砂糖業界は安定した人気産業に見えた。
しかしその後何が起きたか。石炭産業はエネルギー革命で衰退し、繊維産業は人件費の安いアジア各国に移転していった。「いま一番人気」の産業が、数十年後には斜陽産業になっていたのです。
翻っていま、東大生の人気就職先の上位はコンサルティング会社です。しかし先ほど書いたように、コンサルタントの仕事こそAIに代替されやすい職種の一つです。
「いま一番人気の仕事が、実は最も危うい」という逆説は、AI時代においても当てはまるかもしれません。
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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。
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(ジャーナリスト 池上 彰)

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