◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」

 昭和から平成、そして令和へと時代が移るにつれ、高校野球は公立校と私立校の力の差が顕著になっている。かつて甲子園に何度も出場した「強豪」ですら存在感が薄れ、「古豪」という過去の存在になりつつある公立校も少なくない。

 このような状況で、40年以上も甲子園から遠ざかりながら輝きがあせない県立校がある。埼玉の上尾だ。強豪私立ひしめく埼玉の春・夏・秋の県大会で、16~25年の10年間に準優勝1度、4強が6度、8強が4度。昨秋も準決勝に進み、センバツの21世紀枠「関東・東京」の候補に選ばれた。

 上尾の名を強烈に印象づけたのが、準決勝まで勝ち上がった75年夏の甲子園だ。ハイライトは、原辰徳(元巨人監督)を擁し優勝候補に挙げられた東海大相模との準々決勝。7回まで2―4とリードを許しながら、8回に3点を挙げ逆転勝ちを収めた。胸に「上尾高校」の4文字。クラシカルなユニホームで粘り強く戦う姿は高校野球ファンの心をつかみ、今も離さない。

 21世紀枠でのセンバツ出場は叶わなかった。それでも候補校になったことで、全国から応援のメッセージが学校に届けられた。「いろいろな方が『上尾高校の野球、ユニホームを見たい』と言ってくださる。

頑張らなければいけませんね」と高野和樹監督(59)は話す。思いも新たに臨んだ春の県大会は、3回戦で強豪私立の西武台に対し6点のビハインドをはね返して逆転勝ち。「これぞ上尾!」という粘りだった。

 夏の埼玉大会は4回戦で敗れた。それでも“諦めない姿勢”が上尾の原点。全国のファンが、甲子園に戻ってくる日を待っている。(アマ野球担当・浜木 俊介)

 ◆浜木 俊介(はまき・しゅんすけ) 約3000席の一般内野席がファンで埋まる上尾市民球場での上尾の試合は、一見の価値あり!

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