ほぼ無傷で連合軍艦隊に大損害を与えた決定的勝利

 第一次ソロモン海戦は、1942(昭和17)年8月8~9日にソロモン諸島南東のガダルカナル島沖で日米艦隊が激突した海戦です。日本軍が飛行場設営中だったガダルカナル島上陸に対して上陸進攻したアメリカ軍を阻止する目的で、ラバウルにいた重巡洋艦5、軽巡洋艦2、駆逐艦1の三川艦隊を出撃させます。

もし輸送船団を攻撃していたら… 第一次ソロモン海戦に「完全勝...の画像はこちら >>

 日本側は夜戦で連合軍艦隊(重巡洋艦6、軽巡洋艦2、駆逐艦8)と交戦。重巡4隻を撃沈、重巡1、駆逐艦2隻を損傷させました。一方で、日本側の損害は重巡3隻に損傷を受けたのみで、戦闘だけで言えば、日本軍の完全勝利と言える戦いです。

 ただし、日本艦隊は近くにいるであろうアメリカ空母からの空襲を恐れて、輸送船団を撃破しないで撤退したため、アメリカ軍によるガダルカナル島進攻そのものは阻止できませんでした。

 そのため、一つの「イフ」が生まれます。「もし輸送船団を撃破できていれば、ガダルカナル島に上陸したアメリカ海兵隊は物資や資材を失い壊滅する。同島の飛行場も確保できず、日本軍のガダルカナル島奪還も可能となる」というもので、長く議論されてきました。

 これは妥当なのでしょうか。仮にそのようにしていたら、日本軍はガダルカナル島の戦いで勝利できたのでしょうか。これを検証していきます。

アメリカ空母が撤収し、輸送船団の撃破に成功していたら…

 戦闘が日本軍勝利で終わったのは8月9日0時12分。日本軍は「ただちに反転して、敵輸送船団を攻撃」という意見と「敵空母からの空襲を受けるから離脱すべき」という意見に分かれていました。

日本艦隊は弾薬を残していましたし、連合軍の艦隊は壊滅していましたから、再突入での輸送船団撃破は可能だと考えられます。

もし輸送船団を攻撃していたら… 第一次ソロモン海戦に「完全勝利」はあり得たのか?
連合軍艦隊のうち北方部隊の旗艦であった米重巡「ヴィンセンス」。この海戦で撃沈された(画像:アメリカ海軍歴史遺産司令部)

 このとき、アメリカ空母は、日本側基地航空隊の空襲による艦載機の損耗や燃料不足のため、離脱しようとしていましたが、日本艦隊が輸送船団を攻撃するためガダルカナル島周辺に戻ってくる場合には、艦載機による追撃が行われる可能性は高いでしょう。実際、空母「ワスプ」のシャーマン艦長は追撃を再三主張していました。

 この場合、航空機の援護がない日本艦隊は大被害を出していた可能性もありますから「艦載機を恐れて避退」という史実の判断が間違っていたとは言い切れないわけです。

 では、「輸送船団を撃破した上に、史実通りアメリカ空母3隻が離脱・撤退していた」完全勝利シナリオが実現できたなら、日本軍はガダルカナル島を奪還できたのでしょうか。筆者は「奪還できなかった」と考えます。

 日本艦隊が連合軍輸送船団を撃破した場合、前述の通り上陸した海兵隊は窮地に陥ります。しかし、この時点で連合軍はガダルカナル島に1万1000人、対岸のツラギ島などに数千人の海兵隊を上陸させています。対して、日本軍の陸上兵力はほぼ壊滅しています。

 アメリカ軍の性質として、1万数千人が補給困難になっていたとして、日本軍に降伏などするわけありません。むしろ「友軍に補給」するために、アメリカ空母は補給後に戻ってくるでしょう。

 また、ソロモン諸島の南東に位置するエスピリトゥサント島の連合軍航空基地から、ガダルカナルまでは1000km程度しかありません。

爆撃機なら余裕で往復できますし、飛行場が未完成であっても物資の投下や駆逐艦・潜水艦による補給で、海兵隊を支援するものと考えられます。

 こうなると空母戦力再建中の日本軍は、投入できる艦隊が重巡しかないため、すぐに反撃することは困難です。基地航空隊で陸兵を爆撃しても戦果には乏しいでしょう。ガダルカナル島の飛行場は、すでに日本軍が完成寸前まで仕上げていたこともあり、物資不足のなかでもアメリカ軍が使用可能にできる可能性も充分にあります。日本軍は史実通り、8月18日にガダルカナル島奪還のため陸軍の一木支隊先遣隊を同島に上陸させると考えられますが、兵力差がありすぎるため、史実通り撃退されるでしょう。

たとえ一時的にガダルカナル島を確保できたとしても…

 結局、日本軍の本格的反撃は史実の第二次ソロモン海戦の8月23日頃まで行えず、そのころにはヘンダーソン飛行場は完成して、以下史実通り。下手をすると、輸送船団を撃破した代償として、重巡を空襲で失っただけかもしれません。

もし輸送船団を攻撃していたら… 第一次ソロモン海戦に「完全勝利」はあり得たのか?
ソロモン諸島の地図(アメリカ海軍による日本艦隊の進路図)。右下に半分だけ描かれているのがガダルカナル島。本文中のエスピリトゥサント島やニューカレドニア島は、ソロモン諸島のさらに南東に位置している(画像:アメリカ海軍歴史遺産司令部)

 連合軍輸送船団が揚陸前に攻撃できるなら、勝敗に影響した可能性はありますが、1万人以上の陸兵が上陸しているわけですから、結局制空権を取れなければ陸兵を送り込めず、ガダルカナル島の奪還はできなかったと考えられます。

 なお、連合軍内部でもガダルカナル島攻撃は反対論がありました。さらにイフを重ねて、ガダルカナル島の日本軍飛行場が完成するまで、連合軍が手出ししなかったなら、同島の占領目的である米豪分断作戦は成立したのでしょうか。

 筆者はこれも困難だと考えます。先述したように、エスピリトゥサント島やニューカレドニア島からガダルカナル島は空襲可能であり、日本軍はレーダーによる早期警戒や見張り員による早期警戒が難しいことから、基地航空隊同士の戦いでは不利であり、かつ補給線が長すぎることで損害が拡大し続けたでしょう。

 仮に全てが奇跡的に上手く行き、フィジー島やサモア島まで占領できたとしても、迂回すればオーストラリアに増援を届けることは可能であり、オーストラリアが連合国から脱落したり、降伏する可能性は皆無と考えられます。

 つまり、ガダルカナル島に手出しをする作戦自体が、国力の劣る日本が消耗戦を始めるという意味で、不適切な作戦だったと考える次第です。

【沈むアメリカ艦隊】第一次ソロモン海戦の記録(写真)

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