NHKで好評放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」(総合 毎週日曜 夜8:00~ほか)。戦国時代、主人公・豊臣秀長(=小一郎/仲野太賀)が、兄・秀吉(池松壮亮)を支え、兄弟で天下統一を成し遂げるまでの軌跡を描く物語は快調に進行中だ。

8月30日放送の第33回「北庄城の別れ」では、秀吉のライバル、柴田勝家が決戦の末、妻の市(宮﨑あおい)と共に壮絶な最期を迎えた。ここまで勝家を好演してきた山口馬木也が、勝家の最期や役に込めた思いなどを語ってくれた。

-壮絶な最期を迎えた柴田勝家ですが、最後に城の天守での大立ち回りというクライマックスが待っていました。撮影はいかがでしたか。

 当初は、お市様を安全な場所に置いて、僕が1人で立ち回りをする予定でした。ところが、監督から「手をつないだままできませんか」という要望がありまして。とはいえ、場所は狭いし、鎧を着て片手には刀を持っている。その状況で手をつないだまま立ち回りをするのは難しいと思ったのですが、監督の熱い思いに応えるため、必死に知恵を絞りました。しかも、僕は勝家としても、俳優としても、お市様=宮﨑さんにけがをさせないことを第一に考えていましたが、芝居を始めると意外なことに「自分が守られている」というものをつないだ手に感じたんです。

-すてきなお話です。

 不思議な体験でしたが、全てにおいてうそがなかったなと。もちろんお芝居なのでうそではあるのですが、演じているときはうそなくできた、という手応えがありました。

それはやっぱり、宮﨑さんのおかげです。他にも、お市様が勝家に手料理を振る舞う場面では、お市様が生まれて初めて作る料理なので、脚本には「不味い」と書かれていたんです。でも僕は、「勝家は、不味いとは思わないはず」と考え、スタッフの方に相談したところ、絶妙な案配の料理を用意してくださって。しかも僕は、その料理をきれいに平らげた後、無意識のうちに残ったご飯粒を残らず食べていたんです。終わってから宮﨑さんが「すごく愛を感じた」とおっしゃって。そういうことが何度もあり、いい意味で想像もしなかった方向に進んでいきました。

-そして勝家は、市と一緒に北庄城の天守から身を投げる最期を迎えました。

 実は、勝家が最期を迎えるときに“走馬灯”が見られればと、その材料を集めるため、福井にある勝家の縁の地を訪ねました。その旅の中で、西光寺にある勝家とお市様が一緒に眠っているお墓を見たとき、「この先も、2人は一緒にいられるんだな」と思えたことが、「一緒に身を投げる」という場面を演じる上で大きな助けになりました。

-市役の宮﨑あおいさんとの共演はいかがでしたか。

 宮﨑さんとの共演は初めての上、僕の家族全員、「篤姫」(宮﨑が主演を務めた2008年放送の大河ドラマ)が大好きだったので、非常に緊張しました。そんな方と添い遂げる役ということでとても幸せでしたし、胸を借りるつもりで一生懸命演じさせていただきました。

-勝家の最期を印象付けるすてきなエピソードをありがとうございます。ところで、勝家のビジュアルは残された肖像画にそっくりで、視聴者からも好評でしたね。

 僕も勝家といえば肖像画のイメージだったので、「肖像画に近づけてください」と扮装部にお願いし、あの格好になりました。衣装は以前、映画『雨あがる』(99)でもご一緒した(衣裳担当の)黒澤兄弟さんが作ってくださったものです。それを見たとき、「特別な役作りはいらないのでは」と思えました。それくらい、考え抜かれた素晴らしい衣裳を作ってくださいました。

-劇中では、秀長と秀吉に対する「認めたくないが、認めざるを得ない」という勝家の複雑な心情が見事に表現されていました。秀吉役の池松壮亮さんとのお芝居はいかがでしたか。

 仲野太賀さんと池松壮亮さんは、周囲に対する気配りを欠かさない素晴らしい俳優です。そんな方たちをどう憎めばいいのか、非常に悩みました。あれこれ考えていたらふと、僕自身が仲野さんと池松さんの才能に嫉妬していたことに気づいて。僕がお二人と同じくらいの年齢のとき、あんなことができただろうか、ましてや今の僕にもできるだろうかと。

ならばその感情を生かして、常に嫉妬していようと。でもそこから、徐々に豊臣兄弟のことが好きになりかけていたんです。そうやって、最後は彼らにバトンを渡そうという気持ちになりました。約一年の撮影を通じて、自然にそこまでたどり着けた気がします。

-最終的に勝家は、秀長にバトンを渡すような形で最期を迎えます。その心境の変化をどのように捉えましたか。

 脚本を読んだときから、「こうありたい」という思いはありました。ただ、それが自分の中できちんと腑(ふ)に落ちたのは、お市様の手料理をいただくシーンを経験したときです。一緒に食事をして、「こんな幸せがあるのなら、このままでもいい」と思えたんです。それと同時に、全てがクリアになり、豊臣兄弟にバトンを渡すことが腑に落ちました。僕は勝家を演じるにあたっては当初、「最強の“老害”」でいようと思っていましたが、あの食事のシーンをきっかけに、「次の世代にバトンを渡さなければ」と心境が変化しました。

-そうだったんですね。

 ただ、その点については池松さんの方が苦しかったかもしれません。お互いにプライベートな話をするくらい親しくなっていたので、どう決別すればいいのか…。でも、「虚実皮膜」という言葉があるように、いろいろなものが混然一体となり、役の真実味が増していくのが面白かったです。

-主演の仲野太賀さんとの共演はいかがでしたか。

 俳優には「カメレオン型」「憑依型」などさまざまなタイプがいますが、仲野さんがすごいのは、人をお芝居で感動させてくれるんです。お芝居で言葉を交わしてみると、泣けてくるし、心を射抜かれる。それは、いわゆる“名せりふ”だけでなく、「直ちに持って来い!」みたいな何気ない一言でも同じです。脚本を読んでいるときは全く予想もしなかったところで、心を射抜かれる。それは、技術に頼ったお芝居をしていないからでしょうね。結局は人と人とのやりとりなので、やっぱりお芝居には人柄が表れるんだなと。そういうことを、仲野さんとのお芝居を通して改めて感じました。

-最後に、勝家が深い忠誠心を持って仕えた織田信長役の小栗旬さんとの共演についてお聞かせください。

 信長に対する勝家の忠誠心については、まったく心配していませんでした。なんといっても、小栗さんは若い頃からトップ俳優として活躍されてきたカリスマですから。一点の曇りもなく、勝家として仕えることができました。怒鳴られたり足蹴にされたりするシーンも、他の家臣役の皆さんから「ずるい!」と羨ましがられ、「自分も蹴られたい!」という人が続出していました(笑)。

(取材・文/井上健一)

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