〈「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」〉プーチン初の択捉島上陸、ロシアが今さら安倍氏を称賛する“本当の狙い”
〈「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」〉プーチン初の択捉島上陸、ロシアが今さら安倍氏を称賛する“本当の狙い”

ロシアのプーチン大統領が、日本が返還を求める北方領土・択捉島に初めて上陸した。水産加工場でイクラを味わい、病院や学校を視察する姿は、あたかもロシア国内の地方視察そのものだった。

同じ頃、ラブロフ外相が口にしたのが「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」という異例の“安倍礼賛”だ。かつてプーチン氏と安倍氏は首脳会談を重ね、経済協力をてこに平和条約締結と北方領土問題の進展を模索した。ではなぜ、日ロ関係が冷え切った今、ロシアは安倍氏を持ち上げるのか。プーチン氏の択捉島上陸とラブロフ氏の発言から浮かび上がるのは、日本に突きつけられた残酷なメッセージだった。(前後編の後編)

前編〈「日本から尻尾を振ってきた」〉プーチン択捉島上陸で露呈した対ロ外交の惨状…経産省は面目丸つぶれ、外務省は「それ見たことか」

あえて訪問を避けていたプーチンの「歴史的な日」

ロシアの最高指導者による北方領土訪問は、今回が初めてではない。2010年、メドベージェフ氏が大統領として初めて国後島を訪れた。当時、プーチン氏は首相だったが、実質的な権力は握り続けていた。

日ロ関係を長く見てきた者にとって、両氏の役割分担は明白だった。メドベージェフ氏が強硬な役回りを引き受けて日本を刺激し、プーチン氏は一段高い位置から関係全体を管理する。

メドベージェフ氏は首相時代にも北方領土を訪れ、日本を挑発する発言を繰り返した。一方、プーチン氏は島の開発や軍備増強を進めながら、自ら足を踏み入れることは避けてきた。

最高指導者自身が訪問すれば、日本との領土交渉を事実上否定する強いメッセージになる。プーチン氏が島を訪れないことには、将来の交渉余地をわずかに残す意味があった。

プーチン氏は大統領就任直後、平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本へ引き渡すとした1956年の日ソ共同宣言の有効性を確認した。この共同宣言が存在する限り、少なくとも形式上、領土問題を動かす余地は残されていた。

だからこそ、プーチン氏が訪問を避けることには意味があったのだ。

領土をめぐる2つの転換点

しかし、状況は大きく変わった。

最初の転換点は2020年のロシア憲法改正だった。領土の割譲を原則禁止する条項が盛り込まれ、島を日本へ引き渡す余地はほとんど消えた。

次の転換点が2022年のウクライナ侵攻だ。日本が欧米と歩調を合わせて対ロ制裁を導入すると、ロシアは平和条約交渉の中断を発表。元島民による墓参などの北方四島交流も停止した。

憲法改正によって法的な障壁が築かれ、ウクライナ侵攻と対ロ制裁によって政治的な接点も失われた。北方領土を日本へ引き渡す可能性は、ほぼ閉ざされた。

プーチン氏の択捉島訪問は、この二つの転換を経た後の論理的な帰結だった。

予兆はあった。

プーチン氏は2024年1月、極東ハバロフスクで開かれた会合で国後島の観光開発について質問を受け、「とても興味深い場所だと聞いている。残念ながら一度も行ったことがないが、必ず訪れる」と明言していた。

外務省関係者が「正直、すっきりした」と語った理由

このため、今回の訪問を知った日本政府関係者の受け止めは、驚愕というより「ああ、ついに来たか」だった。訪問は既に、時間の問題とみられていたのだ。

プーチン氏の訪問によって、安倍政権が進めた対ロ外交の限界も改めて浮き彫りになった。

プーチン氏と安倍氏は27回の首脳会談を重ね、経済協力をてこに平和条約締結と領土問題の進展を模索した。その象徴が、北方四島での共同経済活動だった。海産物の養殖、温室野菜、観光、風力発電、ごみ処理などが検討された。

しかし、日本は事業への参加がロシアの主権を認めることにならない「特別な法的枠組み」を求め、ロシアは自国法の適用を譲らなかった。両国の溝は最後まで埋まらず、事業はほとんど実現しないまま、ウクライナ侵攻後に協議も途絶えた。

外務省は当時から、経済協力を先行させる戦略に懐疑的だった。

安倍政権のブレーンだった今井尚哉氏は、経済協力をてこに北方領土交渉を動かそうとした。これに対し外務省は、日本が資金や技術を提供しても、ロシアに経済的利益を与えるだけで、領土問題では何も得られない恐れがあるとして、たびたびブレーキをかけた。

当時、外務省関係者はこう話していた。

「今、交渉を進めても2島、もしくはその半分しか返ってこないかもしれない。択捉島と国後島は未来永劫ロシア領として確定してしまう。それで良いわけがない」

今回のプーチン氏の訪問を受け、この関係者はこう吐き捨てた。

「正直、すっきりした。今井さんのやり方が否定されたわけだから」

島への支配を深めていた「ギドロストロイ」

その「すっきりした」という言葉の裏側にあるのは、外務省の懸念が現実になったという自負だけではない。北方領土返還への道が一段と遠のいたという、重い現実でもある。

日本が「共同」の仕組みを模索していた間にも、ロシアは島の統治を着々と進めていた。

その中心的な役割を担ったのが、ロシア政府の資金を取り込んだ巨大企業グループ「ギドロストロイ」だった。工場や道路を整備し、産業と雇用を生み出すことで、島への支配を深めていった。

日本は経済協力を領土交渉の呼び水にしようとした。しかし実際には、ロシアによる既成事実の積み上げを止めることができなかった。

茂木外相「地域問題について会話」…ロシア外相は否定

プーチン氏の訪問を前に、日本とロシアの外交姿勢の隔たりを象徴する出来事もあった。

7月、フィリピン・マニラで開かれたASEAN関連外相会議の公式晩餐会で、茂木敏充外相がラブロフ外相と接触した。

茂木氏は翌日の記者会見で「二国間関係や地域情勢について話した」と説明した。2022年のウクライナ侵攻以降、両国外相の直接接触が明らかになるのは初めてだった。

日本側には、対ロ制裁下でも意思疎通の経路が残っていると示す狙いがあった。だが、ラブロフ氏はプーチン氏が択捉島を訪れた翌日の8月14日のテレビインタビューで皮肉交じりに反論した。

「全員が着席していた夕食会の最中に、後ろから肩を触られました。振り返ると日本の同僚が立っていて、『会えてうれしい』などと話しました。私は立ち上がる暇さえありませんでした。握手をして彼は席に戻った。これが『二国間関係や地域問題について話し合った』ということなのですか」

争点は接触の有無ではなく、その意味付けだった。ロシア側は、数十秒の儀礼的な握手を「対話」や外交成果に数えることを拒んだのである。

「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」

同じインタビューで、ラブロフ氏は安倍氏についてこう語った。

「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした。日本の国益はロシア連邦との協力なしには確保できないということを理解していたからです」

一方、安倍氏の後継者たちについては「米国とともに日本の軍事化を開始することで国益を確保する必要があると考えている」と批判した。

ロシアが称賛しているのは、安倍氏その人だけではない。対ロ制裁よりも経済協力と首脳外交を重視した「安倍路線」である。

安倍氏を持ち上げれば持ち上げるほど、関係悪化の責任を、その路線を放棄した現在の日本政府に負わせることができる。ウクライナ侵攻ではなく、日本の対ロ制裁と防衛力強化こそが関係を壊した––––。そうしたロシア側の物語を補強するための「安倍礼賛」だった。

訪問前日、プーチン氏も安倍氏ら過去の日本の指導者とは「建設的な関係」を築いていたと振り返り、現在の日本政府が姿勢を変えたと主張していた。

プーチン氏の発言、択捉島への上陸、ラブロフ氏による安倍氏への称賛は、一連の対日メッセージだった。メドベージェフ氏に強硬な役回りを任せ、自らは最後の一線を越えないという時代は、完全に終わったのである。

日本に向けた最も強い政治的メッセージ

8月13日、プーチン氏は択捉島の水産加工場を歩き、イクラを味わい、病院や学校を訪ねた。領有権について、改めて声高に宣言する必要はなかった。

ロシア国内の地方視察と同じように振る舞うこと自体が、日本に向けた最も強い政治的メッセージだった。

プーチン氏にイクラを振る舞った水産加工場も、一企業の成功を示すだけの施設ではない。

ロシアが北方領土で進めてきた統治政策の縮図である。

その中心で利益と影響力を拡大したのが、「北方領土の帝王」ともいうべきアレクサンドル・ヴェルホフスキー氏だった。

旧ソ連軍の建設技術者として島に渡り、ソ連崩壊後にギドロストロイを興した。漁獲から加工、輸送、販売までを自前で担う企業帝国を築き、サハリン州選出の上院議員として政界にも足場を築いた実業家である。

ロシアは北方領土を軍事力で占拠した後、長い時間をかけて道路を造り、産業を育て、住民を定着させてきた。

占領から統治へ。軍事拠点から生活の場へ。ロシアが北方領土で進めてきた戦後統治戦略も、完成の段階に達していた。筆者には交渉の余地がもうほとんど残されていないようにしか見えない。

文/東銀座コンフィデンシャル

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