千葉県鴨川市の名勝・仁衛門島へ行ってきたという友人の話を聞いた。

仁衛門島は鴨川市太海の沖合に浮かぶ小島なのだが、代々「平野仁右衛門」という名の島主が所有している有人島で、島にはその「仁衛門家」の方々のみが住んでいる。
自分の家の敷地を観光客に公開しているようなイメージだ。観光客は有料の手漕ぎ船で対岸から島へ渡るそうだ。

「景色がすごい」「時間が止まったような雰囲気がたまらない」と、その感動を熱く説明する友達だったが、最も気をひかれたのがケータイで撮影した1枚の画像を見せてもらった瞬間だった。

そこに映っていたのは トリスウイスキー(サントリー)のキャラクター・アンクルトリスでもおなじみ、時代を超えて愛される日本イラストレーター界の先人・柳原良平のイラストと「NIEMONJIMA」という文字を組み合わせたオリジナルTシャツだった。島へ渡る手漕ぎの船を描いたイラストがなんとも可愛らしい。島の売店の片隅で1,500円で売られていたとのことだ。


悔しがる私に友人は「もうあと3枚ぐらいしかなかったよ」と言う。「売り切れたら作らないらしいよ」とも。

すぐにでも行きたいところだったが、それからあっという間に3年あまりが経った。頭の片隅にずっと「あのTシャツが欲しい」という気持ちが引っかかり続けたつらい日々だった。

「ずいぶん時間も経ってしまったし、もうTシャツは残ってないかもしれないな。でももしかしたら……」今回、ようやく仁衛門島へと上陸してそんなモヤモヤに決着をつけることができた。


JR内房線の太海駅で下車し、静かな漁師町の景色の中をしばらく歩いていくと、仁衛門島へ渡る手漕ぎ船の船着き場がある。船は、島が公開されている時間帯はひっきりなしに行き来していて、数分待っていればすぐにくる。

あっという間に島につくと、すぐ目の前に売店が。急いで駆け寄ると、友人に見せてもらった写真通りのTシャツが販売されていた! しかし、今あるのはロングTシャツのみの様子。2,500円也。

同じイラストをあしらった手ぬぐい、タオルが各500円で売られている。
その他に、仁衛門島の上空からのショットを使ったピクチャー盤レコードに「鴨川音頭」が録音されたもの、貝殻に目をつけてワンちゃんぽくしたもの、まったく島と無関係そうな恐竜の絵が描いてある湯のみなど……。買い逃したら二度と再入荷はないデッドストックという雰囲気が強く漂う。

Tシャツを買おうとすると、島の受付兼、売店の管理をされていた方が「ロングしかないけどいい? サイズもMしかないよ」と言う。ここにあるだけですか? と聞くと「うん。それで全部。半袖はもうなくなっちゃった」と言う。
また作ることはないんですか? とたずねたが、「うーん……。いつか、作るかもしれないけどなあ。だって、最低でもダースで作らなきゃいけないからねえ。売れるんなら作るけど……」というお返事。ロングTシャツも、私が買った後、残り3枚になっていた。

島では、戦に敗れた源頼朝が身を寄せたという「頼朝の隠れ穴」や、芭蕉を始めとした俳人・歌人の碑などの見どころのほか、仁衛門家の住居も見ることができる。
住居の前の受付に仁衛門家の方が座っていたので柳原良平グッズが作られた由来をたずねてみた。

「グッズねえ。柳原良平さんの。ええ、ございますね。あれは確か、ずいぶん前に描いてもらったんだったと思いますよ。いつだったでしょうかねー。
うーん、いや最近、物忘れがひどくてねえ……ごめんなさい」

とのこと。言葉遣いの上品な方だった。

その後、柳原良平氏の作品を管理している「美術著作権センター」に問い合わせてみたところ以下のような回答をもうらことができた。

「柳原良平先生は大昔、確かに千葉県鴨川市太海の名勝・仁衛門島へ行かれたこともありました。島を所有されている方から依頼されて描いたイラストがグッズ類に使われているのでしょう」

しかし、それ以上の詳しいことは仁衛門島の所有者様でないとわからない、とのことで振り出しに戻ってしまった……。

なにはともあれ、柳原良平による貴重なレトロ土産が買えるスポット、ぜひ訪れて売店をのぞいてみて欲しい。(おそらく)再販の予定はない品々ばかりだ。また、海が本当にきれいで、波に削られた岩肌の美しさも印象的だった。仁衛門島はバーベキュースポットとしても人気だそうで、取材当日もバーベキューを楽しむ家族連れを何組も見かけた。観光スポットとしてももちろんおすすめである。

のんびりした太海の風景自体、とても素晴らしい。つげ義春の代表作「ねじ式」で、機関車が勾配のある狭い路地を疾走してくるシーンがあるのだが、その有名な場面のモデルこそこの太海の景色なのだ。描かれたものと今も変わらぬ風景を同じアングルから眺めることができる。つげ義春ファンにもぜひたずねてみてほしい。

■仁衛門島
住所:千葉県鴨川市太海浜445
(スズキナオ)