「しのび逢い」「ろくでなし」「エトランゼ」…昭和歌謡独特の言い回しから当時の世相を考える

昭和歌謡をあらためて聴いてみると、日常会話では使わない「あんちくしょう」や「エトランゼ」など独特のワードが多かったことに気づいた。リアリズムを追求すると言うよりも、どこか大衆の夢や憧れ、虚構の世界みたいなものを歌っていたのではないだろうか。
対して、平成の歌詞は「うんうん、こういうことあるよね~」みたいな共感路線に徐々にシフトしていった感がある。7月の新刊、『歌詞を愛して、情緒を感じて 昭和歌謡出る単1008』(誠文堂新光社)という書籍を読んでふと、そんなことを考えた。昭和歌謡に頻発する、象徴的なワードをあいうえお順に並べ、受験生時代を思い出す「出る単」仕様にしたもの。平成も終わりに近づいたいまこそ、登場するワードから、我々が知らず知らずのうちに失ってきたものを考えてみたい……そんなわけで、著者のライター・田中稲さんにお話をうかがってみることに。
「しのび逢い」「ろくでなし」「エトランゼ」…昭和歌謡独特の言い回しから当時の世相を考える
昭和の絵師と呼ばれ、『同棲時代』などの名作で知られる上村一夫氏のイラストが、うら寂しく湿った昭和ムードを盛り上げる。上村氏の作品は当時のヒット曲、北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」のレコードジャケットにも使われていたそう。



歌詞にもレコード・カセット文化の影響が


――さっそくですが、歌謡曲にハマるきっかけのようなものはあったんですか?
私自身が1969年生まれで昭和歌謡が華やかなりし世代だったこともあるんですが、若い頃にカラオケ雑誌の編集部でアルバイトしていたことが大きいです。そこでカラオケ大会などを取材するうちに、自分がリアルタイムで体験したより、少し前の昭和歌謡にも興味を持つようになりました。
当時、好まれた言い回しというのがあるんですよね。
たとえば「ブルーライトヨコハマ」に「小舟のようにゆれて~」みたいな言い回しがあるんですけど、違う作詞家さんがつくった別の楽曲にも同じフレーズが出てきたりする。そんな感じで独特の世界があるなあ、おもしろいなあ、と思ったのがきっかけですね。
あと5歳上の姉がいるので、姉が好きなものが輝いて見えたということもあるかも。ちなみに、最初にファンになったのはヒデキ(西城秀樹さん)でした。

――まさに「ちびまる子ちゃん」のような少女時代だったんですね。隔世の感を抱いたのは、「ダイヤル」や「テレフォンボックス」などの電話関係、「レコード」「カセット」「A面」などの音楽再生関係、あとは「ラブレター」「ダイアリー」といった書き文字文化。
失われたものがこんなにあったんだ!と驚きました。


レコードやカセット文化が衰退するとは、昭和の頃には思いもよりませんでしたよね。A面にはポップでメジャーな曲が収められているのに、B面にはとんでもない曲が入ってたり……A面・B面という概念も昭和歌謡ならではですね。一方、いまのメディアって、意外と歌詞にはあんまり登場しないような気がします。「哀しみのスクロール」とか、もっとあってもいいのにね(笑)。
「しのび逢い」「ろくでなし」「エトランゼ」…昭和歌謡独特の言い回しから当時の世相を考える
このような感じで、昭和歌謡に頻発する、象徴的なワードがずらりと並ぶ。


「ジョニー」は行方不明になりがち


――あと、「幸子」などの具体的な人名が出てくるというのも、なるほど~と思いました(名前は幸子なのにね……という薄幸を強調する意味で使われることが多い)。「しのぶ」は過去を隠して生きる女で、「マリコ」は真夜中に電話しても必ず出てくれる女友達(笑)。
一方、ナンパ野郎や面倒な男性を象徴する名前が、「ヒロシ」「ジョニー」というのがおもしろいですね。


ジョニーは私が知る限り、「ジョニィ」表記含めると別々の歌で3回、行方不明になってるんですよ(笑)。音的に「ニー」と伸ばして終わるところに、フェイドアウトする性格が滲み出ている感じがします。ヒロシは当時、同じくらい人気だった「キヨシ」や「マコト」より、「付き合い広し」みたいな感じで、遊び人のイメージにふさわしい語感があるため、白羽の矢が立ったのかもしれませんね。昔は単純で誰にとっても身近な名前が多かったから、キャラクター設定がしやすかったこともあると思います。現代は当て字やキラキラネームなどで読み方がわからないことも多く、多様化しているので、名前でのキャラ設定は難しいでしょうね……。

「しのび逢い」「ろくでなし」「エトランゼ」…昭和歌謡独特の言い回しから当時の世相を考える


謎の擬音「シュビドゥバ」「パヤパヤ」に迫る。


――あと、「シュビドゥバ」「パヤパヤ」など、思わず口ずさみたくなる、謎の擬音が多かったんですね。ワケあり男女をはやし立てる合いの手、という説明にも妙に納得してしまいました。

実は某バンドのライブに行ったときに、オープニングにたまたまシュビドゥビシュビドゥバ……からはじまる曲が流れて、それが空耳で、盛り場、盛り場、って聴こえたんですよ。なので、「シュビドゥバ」=盛り場(深夜のクラブなどで、男女がイチャイチャする様子を音で示したもの擬音化したもの)という独自の解釈になりました。

――意味がありそうでない、というのも大らかな昭和歌謡っぽいですね。
アニメ「機動戦士ガンダム」の「砂の十字架」に登場する、「ライリーライリーライリーリラー」という思わせぶりなリフレインにも、実は特に意味がなかった、というエピソードを思い出しました。


こういった感覚的なワードには聴き手の数だけ、いろんな受け止め方があると思うんですが、私はけっこう考え方がネガティブなので、本書もネガティブ仕様になっているかもしれません(笑)。

歌詞に出てくるのに本当は砂漠がない「飛んでイスタンブール」


――あと、平成ほどグローバル化が進んでいなかった時代ならではの、「異邦人」「エトランゼ」という言葉も印象的でした。いまだったら、そこいら中、異邦人だらけですもんね。それから、「飛んでイスタンブール」で一躍、有名になった「イスタンブール」に実は砂漠がなかったとか……。

庄野真代さんご自身が実際に訪れた際も湿気が多く雪が降っていて、エキゾティックとは感じられない気候だったらしいです。ただ、一応歌詞に「砂漠」は出てくるけど、イスタンブールの砂漠、とは書いていないんですけどね。
昭和歌謡に登場する外国というのは、アメリカならバイクにポップコーン、みたいなど定番のイメージが多いんです。ネットでなんでもすぐに調べることができなかった時代ならでの、空想の世界というか、そんな愛おしさがあると思いますね。

――「ブルース」などの音楽用語も感覚的に使っていて、すごく自由ですよね。

外国語をそんなに正しく使わなくても気にしないというか、なんとなく雰囲気で使っていたんですね。「ブルース=好きな人との関係がままならず、気持ちがとてもブルーっす」みたいな。

「コモエスタ赤坂」の「コモエスタ」とかもすごい不思議な言葉ですよね、なんでこんなに(語感が)いやらしいんだろう?ってずっと思ってて。コモエスタはスペイン語で「ごきげんいかが?」の意味ですが、ムード歌謡では「エッチはいかが?」に読み取っていい言葉と勝手に決めています(笑)。ただし、この言葉が飛び交うことが許されるのは、遊び慣れた大人の街、赤坂に限られるのですが……。

男=「狼」で肉食系があたりまえだった!?


――恋愛観の変化でいえば、男=「狼」が象徴的ですよね。肉食系があたりまえ、草食系だなんて信じられない!という時代。あと「しのび逢い」なんてワードがあって、不倫にも寛容だったんだな~と。

何をするのも、モテたいが原動力でしたからね。スポーツカーに乗ってみたり、いまのモテたいとは明らかに何かが違います。
あと男がかなりひどくて、女がそれに甘んじてる、みたいな歌詞も多いんですよ。「ホテル」なんて、ホテル集合、ホテル解散ですからね(笑)。愛人の電話番号を男名前で書いていて……おいっ! みたいな(笑)。

女の子もやらかしてる人は、すごくやらかしてるんですけどね。「圭子の夢は夜ひらく」は14とか15の娘が、夜の街で、マー坊とかトミーとかケン坊と遊びまくってるわけですから(笑)。すごい早熟。いまの子は、恋愛にそこまでパワー使わないような気がします。

――あと、「夢追い人」「ボヘミアン」「渡り鳥」などの、安定志向とはほど遠い逸脱者、いわゆるアウトローへの憧れ的なワードが多いですよね。そこは保守化が進んだ、平成とは大きく変わったところですね。普通に生きることが難しくなった時代の変化もあると思いますが……。「ろくでなし」なども決してネガティブな意味では使ってなくて、むしろ恋い焦がれている(笑)。

それは私自身が、はぐれ者的な人が好きだからですね。自分が生真面目だから、レールを外れた人への憧れがあって、無意識にそういうワードが多くなってしまったのかも(笑)。思えば、昭和歌謡が好きなのも、そういうアウトロー的な立場や世界観への憧れがあるせいだと思いますね。

昭和歌謡=スナックのママのような包容力


――最後に、昭和歌謡ならではの魅力って何だと思いますか?
平成の曲と比べて、ストレートに心情を歌うのではなくて、聴いていると情景が浮かぶところかなあ。たとえば、「ブルーライトヨコハマ」は、横浜の繁華街を、えんえん恋人にしなだれかかって歩いているだけの歌詞なんですけど、その情景に自分の思い出を自由に重ねられるというか。何らかのメッセージがあるわけではないんですが、ちょっと距離がある分、入り込む余地をくれる。
あとは、人生のなかで頑張るのがしんどいときってあるじゃないですか。そんなときに、自分よりも失敗してる人の話を聞きたい、みたいな(笑)。けっこう、主人公が大騒ぎしたり、空回りしてる歌詞が多いので。

――ダメな自分をそのまま出している感じというか。
そうそう、スナックのママから、昔話を聞かせてもらってるような。あとがきにも書いたんですけど、馴染みの店に何度も通うような、そういう楽しみ方ができるのは昭和歌謡ならではだと思います。私は歌謡曲の歴史を詳しく掘り下げたりするようないわゆる専門家ではないので、本書もとにかく昭和歌謡好きの熱量を、伝えようというのが主旨なんです。なので、本書をお手にとってくださった皆さんが、こういうのあったあった!と盛り上がったり、カラオケ行ってみようかなあとか、歌謡曲を楽しむおともにしていただけたら本望ですね。
(野崎 泉)